逆シミュラクラ

 なんでもないものに視線や気配を感じたことはあるだろうか?びっくりして振り向いてみれば、マネキンとか、木とか、家具とかそういうものだった、というような経験はあるだろうか?実は、そういう現象は簡単なおまじないで消すことができる。


 ……というようなことが書かれた本に出会ったのは中学生の頃のことだ。たまたま遠方で受診する羽目になった眼科の待合室で読んだ本で、装丁もよく覚えていない。こうして体験談を書くにあたって、うろ覚えの文章をかなり補完したが、とにかく大意は間違っていないと思う。


 その本によれば、そのおまじないとは次のようなものである。

・気配の原因であるマネキン等の顔ぐらいの高さの位置に、三つの点を描く

・点の配置は上に一つ、下に二つ。つまり三角形の頂点を描くように置く


 当時からシミュラクラ現象のことは知っていたので、それを利用した一種の科学手品だろうか?なんて考えながら、それなりに興味をそそられていた僕は、それを試してみることにした。対象は実家の玄関にある傘立てだった。夜に何かの用事で廊下を通ったりすると、その先にある傘立てのあたりから妙に不気味な気配を感じることがあったので、まさにおあつらえ向きの対象だった。


 わざわざ丸シールを買って、タイミングを見計らった。タイミングというのはつまり、日が暮れていて、家族が出払っていて、ある程度帰るまでの時間が読めるタイミングだ。大っぴらに家族の前でそんなおまじないを試すなんていうのは考えられない年頃だったし、気配が混ざらないほうがいいだろうという何となくの感覚もあった。


 「点」を「丸シール」に読み替えたことは大して問題ではないだろうと考えていたけど、ちょっと迷ったのはそれを貼る高さだった。問題の傘立ては、(機能を考えれば当然だけど)大人の膝ぐらいまでの高さしかないものだったからだ。頭をひねったが、それについては妥協して、適当な高さに貼ることにした。


 実際に三つのシールを貼り付けてみると、これが想像以上に上手くいって、正面から見ても背中を向けても気配は感じなかった。


 満足してシールを剥がすと、ちょっと戸惑うことがあった。シールがなくなってからも、気配は一向に復活しなかったのだ。それなりに不気味ではあったけど、何かの具合で物の配置が変わった結果だろうと自分を納得させた。


 それ以降、いろいろな家具やら物陰やらに対して同じおまじないを試したけど、どれだけ繰り返しても気配の消える現象が再現されることはなかった。反対に、傘立ての気配は復活しないままだった。なにぶん全てが曖昧な感覚の話であるので、深く考えないようにしている。

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