第136話 マルティの降伏勧告
アランと一緒の馬にのり、肉眼でバルバーリ軍が見える場所までやってきた。
フォレスティ王国軍の前衛の兵士や魔法士たちは、この場所からさらに離れた場所で待機しているみたい。
バルバーリ軍と衝突した際、フォレスティ本軍の盾となって敵を迎え撃つ役目を担って。
「バルバーリ軍から使者がやって来ます!」
戦況を観測していたフォレスティ兵からの報告が飛んできた。
皆の視線が、馬に乗ってこちらに向かってくる人物に集中する。この戦場に全くそぐわない乗馬用のドレスを身につけた、一人の女性に。
私は息を飲んだ。
「ま、マルティ……?」
顔まではハッキリ分からないけれど、間違いない。
バルバーリ王国内で、再び聖女として民から崇められ権力を取り戻してきていると聞いていたけれど、まさか使者としてこの場に出てくるなんて。
遠目でしか見えないけれど、背筋も伸び、纏う雰囲気もどこか自信に満ちている。
マルティは、フォレスティ軍の少し前で立ち止まると、馬上から叫んだ。
事前に拡声の精霊魔法を使っていたみたいで、辺り一面に、マルティの勇ましい声が響き渡る。
「哀れなフォレスティ王国の者たち、そして愚民を羊飼いのごとく率いる指導者どもに、我が国の統治者、リズリー・ティエリ・ド・バルバーリのお言葉を伝える」
たったこれだけの言葉の中に散りばめられた、フォレスティ王国に対する無礼な発言の数々に、怒りがこみあげてくる。
だけどさらに続けたマルティの要求を聞き、頭の中がこれ以上ないくらいの熱でいっぱいになった。
「直ちに降伏し、国王イグニス・フィオーレ・テ・フォレスティを含むフォレスティ王家の者たちを差し出せ。それによって、無益な争いを回避することができるだろう。フォレスティ王家の者たちは三百年前、バルバーリ王家に刃向かった。本来一つであったはずのバルバーリの民たちを分断し、バルバーリ王家が守るべき民を奪った。だから今こそ、フォレスティ王家に奪われたバルバーリの民を救い、フォレスティ王国を解体することで、バルバーリ王国を本来あるべき正しき姿に戻す」
リズリー殿下――いえ、ソルマン王の言葉を語るマルティの声は、罪人となり泣き叫んでいたときなどなかったかのように生き生きしていた。
それを聞き、確信する。
マルティも協力しているんだわ。
自らの意思で――
私の傍で、
「はははっ、救う、か。ソルマンはさしずめ、自分を救世主だとでも思っているのかな?」
と、ノーチェ殿下が力なく笑っていらっしゃった。
怒りを通り越し、呆れたご様子だ。
マルティの瞳が、同じ馬上にある私とアランの姿を捕らえた気がした。クロージック家でよく聞いた意地悪い声が私の名を呼んだことで、予感が当たったのだと気づく。
「エヴァお姉さま、そこにいるのでしょう? リズリー殿下は、フォレスティの王族を差し出す代わりに、あなたがバルバーリ王国に戻るなら、兵を引き上げてもいいと仰っているわ。あなた一人がバルバーリ王国に戻るだけで、この戦争は回避されるのよ? 良い条件だと思わない?」
「戦争を……止める?」
この身を差し出すだけで?
マルティの言葉に、心が一瞬酷く動揺した。
だって相手は大軍。
分かっていたことだけれど、いざそれを目にすると、これから始まる戦いへの不安が勝ったから。
そしてソルマン王が何をしてくるか分からない以上、被害が大きくなることは覚悟していたから。
だけど私一人の存在で、回避されるなら。
フォレスティ王国を守ることができるなら――
マルティの提案に、心が揺れる。
だけど、
「マルティの言葉に惑わされては駄目だ、エヴァ。嘘に決まってる」
強い言葉とともに、アランに後ろから強く肩を揺さぶられた。相手の要求を飲むべきかと考えてしまった弱い心が、力を取り戻す。
そう……だわ。
あのソルマン王が、私がバルバーリ王国に戻ったからと言って、フォレスティ王国への侵攻を止めるわけがない。
だってソルマン王の目的には、アラン――ルヴァン王への復讐も含まれているのだから。
私の気持ちが立ち直ったことを感じ取ったのか、アランも大きく頷き返してくれた。
すぐ傍にある愛する人の存在に、口元が緩む。
私は真っすぐマルティを見据えると、大声を張り上げた。声を届けたいという願いに精霊が応えてくれたみたいで、辺り一帯に私の声が響き渡る。
「マルティ‼ 私はバルバーリ王国には戻らないわ! この地で……大切な人たちと一緒に生きていくと決めたの。もう二度と、あなたの奴隷にはならない! もう二度と、バルバーリ王国に縛られたりなどしないわ‼」
もうこれ以上、あなたたちの好きにはさせない。
もうこれ以上、大切なものを奪わせない。
私の決意は、マルティに鼻で笑われてしまう。
「愚かなお姉様。あなたのせいで、たくさんのフォレスティの民が死ぬわ。フォレスティの民達よ、恨むならこの国に不幸と戦争を運んできた女――エヴァ・フォン・クロージックを恨むのね? そしてアラン殿下」
マルティが、憎しみと嘲笑が混じり合ったような声で、私の後ろにいるアランに要求を突きつける。
「リズリー殿下に恥辱を与え、この私を罪人として引き回したことを謝罪するなら今ですわよ? もし今ここで土下座をして謝罪をし、今後私のためだけに尽くすというのなら、あなただけは生かして貰うよう、リズリー殿下に進言して差し上げます」
それを聞いた瞬間、かつてない怒りが沸き上がり、全身が熱くなった。思考が怒りで焼き付いたように、真っ白になる。
だけど、後ろから響くアランの声に、ハッと我に返った。
彼が、高らかに笑っていたからだ。それはもう、可笑しくて可笑しくて仕方ないと言わんばかりに。
「ふっふふっ、あははははっ‼ 面白い提案だな、マルティ嬢。だが、お断りさせて貰おう。この命すべてをもって尽くしたい相手はここにいる。あんたはお呼びじゃない」
そう言うとアランが私を後ろから強く抱きしめた。
さらに追い打ちをかけるように、私たちの傍にいたノーチェ殿下が、言葉を発する。
「ということだ。申し訳ないな、バルバーリ王国の使者よ。弟にはすでに心を決めた女性がいるようだ。フォレスティ王家としても、先ほどの申し出も含めお断りさせて頂こう」
笑いながらマルティの申し出を断っていたノーチェ殿下の声色が、恐ろしいほど静かなものへと変わる。
「フォレスティはバルバーリに屈しはしない。お前たちに屈するくらいなら、戦って死を選ぶ。そう主に伝えるがいい。偽りの聖女よ」
「っ‼ その発言……処刑台の上で後悔することね」
マルティはそう吐き捨てると、彼女の後ろに控えていたバルバーリ兵が動き出し、道が出来た。
その間を、人を乗せた馬が走って通り抜けていき、マルティの横にまでやってきた。
私を含めた皆の視線が集まる。
リズリー殿下――ソルマン王の姿に。
「愚かな選択をしたものだ」
私たちをあざ笑う声が戦場に響いた。
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