第132話 共存(第三者視点)

(それにしても――)


 意識を、回想から自分の中にいるもう一つの魂――リズリーに向けた。


『意外だったか?』


 少し小馬鹿にしたようなリズリーの声色に、ソルマンはわずかに眉を顰めたが、


「この肉体を取り戻そうと躍起になっていたお前が、余に協力するとは思わなかった」


 と、思った感想を口にした。


 肉体を乗っ取ったさいに記憶を共有したため、リズリーが今までどのように生きてきたのかは分かっている。


 軟弱な国王と評したヴェルトロに甘やかされて育ってきた男。さらに長い時間を費やし、準備した計画を台無しにした元凶だ。


(このような男が、余の子孫だとは……救いようのない愚か者だ)


 力で周囲をねじ伏せてきたソルマンが、最も嫌うタイプだ。


 ソルマンに肉体を乗っ取られたリズリーの魂は、ずっと抵抗を続けていた。

 意外にもその抵抗は激しく、肉体の支配権を奪われないよう抑えつけながら行動するのは、辛いものがあった。


 しかしリズリーの抵抗は、ソルマンがルヴァンの転生体――アランの首を締めあげた時に止まる。


 一時は霊具を切り離され、リズリーに肉体の支配権を奪われたが、奴は途切れようとしていたソルマンの魂をとっさに掴んで離さなかった。


 今まで敵対していた子孫が、自分を現世に引き留めたのだ。

 

 頭の中に、リズリーがイメージとして現れた。にやりと口角を上げる表情は、以前まで激しい抵抗を見せていた人物とは思えないほど、友好的だ。


『あの男が苦悶で顔を歪める姿が、実に楽しかったからな。奴に報復できるなら、僕はあなたに協力してもいい』


 あの男――今世ではアランと名乗るルヴァンの転生体のことだ。確かに、リズリーがあの男から受けた屈辱を思うと、申し出に納得がいく。


 もう一押しとばかりに、リズリーは自分が協力するメリットをあげる。


『僕を抑え込むのも辛いんだろう? 僕が協力すれば、あなたはもっと自由にその強大な力を振うことが出来るはずだ。あんな精霊魔術師と呼ばれる雑魚以上に』


 格下だと思う相手に自分の弱点を言い当てられ、ソルマンは苦虫を噛みつぶしたように顔を顰める。


 自分の計画をぶち壊した元凶の提案に乗るのは、不愉快だった。しかし気持ちの問題だけで、申し出自体にはメリットしかない。


 そう結論付けると、自分も丸くなったものだと笑いながら口を開いた。


「いいだろう。しかし、何の見返りもなく、余にこの肉体を捧げるつもりはないのだろう? お前は代わりに何を望む?」

『望みは二つだ。一つは、この肉体を共有する形でいい。僕も時々表に出して欲しい』

「霊具が手元から離れても繋がりが途切れぬよう、余と契約を結ぶのならば認めよう」


 そうしなければリズリーの意識が表に出た瞬間、憑依の要である霊具を捨てられるかもしれないからだ。


 条件を付けられたが、リズリーは一瞬の迷いも見せず頷いた。


 何故なら、リズリーにも利があったからだ。


 彼は肉体を奪われながらも、ソルマンの行動をすぐ側で見ていた。


 父が持ち得ない強さが、みるみるうちに貴族たちの心を捉え、国民の信頼を勝ち得えていく様を。


 皆の不満を上手く操り、自分の有利な方へ誘導していく狡猾さを。


 現在も、精霊魔法が使えないのは変わりないのだが、ソルマンが強行した精霊狩りのお陰で、王国内の恵みは戻りつつあり、今や国民は完全にソルマンに心を掌握されていた。


 だが国民の誰もが、リズリーの中身が変わっていることに気づいていない。つまり今までの功績は全て、リズリーによるものだと思っているのだ。


 エヴァを連れ戻せなかった一件で落ちたリズリーの評価は上がり、皆が自分の名を讃える様は、見ていてとても気持ちが良かった。


 ソルマンの力を利用する手はない。


 リズリーの返答を受け取ったソルマンは、自身の魂とリズリーの魂を繋げた。


 相手が受け入れさえすれば、魂同士を繋げることは簡単なのだが、糊を付けた紙を剥がすことは難しいのと同じく、一度繋げた魂の繋がりを断つことは相当難しく、かなりの苦痛が伴うことをリズリーは知らない。


「して、もう一つの望みは何だ」


 魂を繋げたことで負担が軽くなったのだろう。ソルマンの警戒が緩くなったことを感じながら、リズリーが答える。


『マルティを解放してやって欲しい』


 マルティは現在、ソルマンによって父親であるクロージック家当主ヤードとともに牢に閉じ込められている。


 リズリーを唆してエヴァを国外追放させ、バルバーリ王国の衰退のきっかけを作ったからという理由だ。


 ソルマンに肉体を奪われているとは知らず、リズリーの名を呼び、救いを求める哀れな姿を思い出す。


『これからフォレスティ王国に戦争を仕掛けるならば、優秀な精霊魔法士は必要だ。彼女はエヴァの力があったとは言え、聖女と呼ばれる程の力の持ち主。大量の精霊が入った霊具を与えれば、素晴らしい活躍をしてくれるだろう』


 ソルマンは黙っていたが、構わずリズリーは続ける。


『確かにマルティも僕も、あなたの計画を台無しにした。僕はあなたに肉体を共有することで、そしてマルティは自身の力をあなたに捧げることで償おう』

 

 ソルマンの計画を知っていれば、決してエヴァを追放する愚行は犯さなかったと、リズリーは付け加え、深々と頭を下げた。


 リズリーの言葉を聞き、ソルマンも考える。


 ここであの女を処刑しても気分は晴れるだろうが、それだけだ。

 ならばソルマンの計画を台無しにしたツケを、マルティの全てをもって払わせるべきだと。


(あの小娘の処遇は、全てが終わってから考えてもいいだろう)


 働きが不服であれば、クロージック家ごと廃すればいいのだから。


「いいだろう」


 ソルマンは了承すると、すぐさま近衛兵にマルティを呼びに行かせた。酷い身なりだったことを思い出し、身を清めてここに来るよう付け加える。


 しばらくすると、


「し、失礼いたします……」


 聞き逃してしまうほど小さな声で、マルティがおずおずと部屋に入って来た。最後にリズリーが見たときよりもやつれ、顔色も悪い。


 マルティはソルマンの前に立つと、床に両膝をつき、深く頭を下げた。細くなった両肩は時折震え、目の前の男に対する恐怖が全身から滲み出ていた。


 しかし、


「マルティ」


 聞き慣れた抑揚に、マルティはハッと顔を上げた。


 視界に映ったのは、笑みを浮かべながらこちらを見つめるリズリーの姿、自分がよく知る婚約者の表情だった。

 驚きのあまり、目の前の男が恐怖の対象であったことも忘れ、声を出す。


「り、リズリー殿下……なのですか?」

「そうだ、僕だ。ああ、こんなにも痩せ細ってしまって……」


 ソルマンから肉体の支配権を譲って貰ったリズリーが、マルティに語りかけた。


 安堵で心が緩んだのか、マルティが床にへたり込む。そんな婚約者にリズリーは申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「辛い思いをさせてすまなかった。だが時間がないんだ。マルティ、よく聞いて欲しい。君を引き回したあの国に、復讐したいと思わないか?」

「え?」


 突然問われ、マルティは目を丸くした。

 

 しかし、自分がもっていた全てを奪った義姉に、死ねと短剣を投げつけたアランに、自分を引き回し笑いものにしたフォレスティの国民を思い出し、怒りに身が震えた。


「復讐したい……ですわっ‼︎」


 喉の奥から声を絞り出しながらリズリーを見上げた途端、婚約者の表情と雰囲気が一変した。


 リズリーだった者が、威圧的に睨みつける。


「ならば、お前の全てを余に捧げよ。働きによってはお前の罪を許し、クロージック家を存続させてやってもいい」


 目の前の男が何者かを、マルティは知らない。だが自身の生死を握る、圧倒的強者ということは分かっていた。

 

 拒否権などない。


(なら……利用するだけだわ)


 義姉とアラン、そしてフォレスティ王国への復讐のために――

 リズリーもそれを望んでいるのだと。


「……マルティと、そうお呼びくださいませ。私の全てをあなたさまに捧げます」


 胸に手を当て、媚びるように見つめ返すマルティに、ソルマンは満足げに口角を上げた。


 きっと、幼稚な算段を巡らしたのだろうと思うと、愉悦がこみ上げる。自分を利口だと勘違いした浅はかな女は、嫌いではない。


 ソルマンはベッドの上に腰掛けた。そして、まだ床に座り込んだままのマルティに視線を向ける。


「ならば、行動をもって余への忠誠を示せ」

「……仰せのままに」


 マルティはそう言って立ち上がると、首元のリボンを解いた。

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