第131話 執着(第三者視点)

 フォレスティ王国に宣戦布告をし、飛び去ったソルマンの姿はバルバーリ城内にあった。


 飛翔魔法は大精霊の力を利用したもの。


 アランが指摘したとおり、魂を現世に留めておくため極力使いたくない力ではあったが、フォレスティ王国に入国を禁じられているこの肉体で侵入するには、この方法しかなかった。


 とはいえ、大精霊の力は非常に便利であることは確かだ。


 ソルマンの魂と繋がっているため、力を引き出すための呪文が必要ない。呪文によって使う魔法が悟られずに攻撃できることは、戦いを優位に進めるに役立つ。


 現にフォレスティ国王の隙をつき、オドを奪い取ることに成功したのも、走るよりも早く移動できる飛翔魔法のお陰だった。


(今頃、あの若造も生死の狭間を彷徨っているだろう。バルバーリ国王と同じようにな)


 この肉体の持ち主の父親――ヴェルトロ王が突然倒れたのも、闇の大精霊の力でオドを奪ったためだ。

 一応まだ使い道はあるかと思い、延命措置はとらせている。


 兄であるフォレスティ国王が倒れ、絶叫するアランの表情を思い出し、ソルマンは僅かに口角を上げた。しかしすぐさま、薄い笑みは怒りへと変わる。


(……これで終わらせるものか)


 彼の思考は、はるか昔へとさかのぼる。

 三百年前、突然バルバーリ王国内の精霊の数が爆発的に増えたあの日まで――


 当時ソルマンは、大精霊の力と自身のオドを使い、エルフィーランジュから生み出される大量の精霊を、バルバーリ王国内に閉じ込める結界を張っていた。


 そのため、本来なら全世界に散らばるはずの精霊が、バルバーリ国内に溢れかえったのだ。


 精霊が大量に増えることなど、今までになかった。

 だが、すぐさま原因に思い当たった。


 精霊女王エルフィーランジュが消滅するとき、大量の精霊を生み出すことに――


 ソルマンは、すぐさまエルフィーランジュの元に向かった。

 しかし屋敷のどこにも、彼女の姿はなかった。


(エルフィーランジュが死んだのなら、遺体は残らない……しかし身につけていた物は残っているはずだ)


 それを確認するまでは、彼女が死んだことを認められず、周囲を徹底的に捜索し、やがて屋敷の敷地内を流れる川の下流で、地面に突き刺さった短剣を見つける。


 違和感を抱いたソルマンは、短剣が刺さっていた地面を掘り返させた。


 出てきたのは、血にまみれた女性物のみすぼらしい服と、美しい宝石が一際輝く指輪。


 指輪に見覚えがあった。

 エルフィーランジュが、左手の薬指に身につけていた物と同じだったからだ。


 彼女の指輪は即刻処分したから、どこにもないはず。それに女物にしては、サイズが大きい。

 となると、答えは自ずと出た。


(これは……あの男が身につけていた物だ)


 ルヴァン・チェストネル・テ・フォレスティ――フォレスティ国王であり、愛する女を血と地位で縛り付けていた男の顔が、脳裏を過る。


 精霊の数が他と比べて多すぎるこの場所。

 墓標のように突き立てられた短剣。

 目映いばかりの輝きを散らす指輪と、血塗れの女物の服。


 ソルマンの中で、一つの結論が導き出される。


(エルフィーランジュは……あの男に殺されたのだ。ここで……)


 一年前、心労による体調不良で、ルヴァンは突然王位を弟に譲り、公の場に姿を見せることはなくなった。


 だがそれは嘘だった。


 探していたのだ。

 ソルマンが救い出したエルフィーランジュを。


 そして――


(見つけ出した彼女を殺した)


 エルフィーランジュは目が視えないため、嵐の夜にこんな場所まで一人で来られるはずがない。


 恐らく、屋敷で療養していた彼女を見つけ出し、無理矢理ここまで連れ出したのだろう。そして帰ることを拒まれ、逆上して殺したのだ。


 エルフィーランジュは救いを求め、ソルマンに微笑みかけた。そんな彼女が、自らの足で逃げ出すなど考えられない。


 多少は環境の急激な変化によって、ソルマンを拒絶するような態度を見せるが、落ち着けば自分に感謝し、愛を返してくれると信じていた。


 だがそれももう叶わない――


(ルヴァン、殺してやる……いや、殺すなど生ぬるい。滅ぼしてやる、フォレスティごと……)


 憎しみと復讐心を抱きながら、ソルマンは土で汚れてもなお輝きを放つ指輪を握りしめた。


 報復を誓い、王都に戻ったソルマンは、エルフィーランジュの存在を知る者たちに、彼女の死を告げた。


 フォレスティ王国と戦争を起こすつもりだと口にすると、側近の一人が思いがけないことを口にする。


「では、クロージック伯爵家に育てさせている娘の処遇は如何なさいますか?」


 それを聞き、エルフィーランジュと一緒に連れてきた彼女の娘の存在を思い出した。


 母親と同じ銀髪に、憎き男から受け継いだ青い瞳の娘だったはず。

 歳はすでに三歳を超えているだろうか。


 当主が代替わりしたとクロージック卿が城に挨拶へ来た際、同行した卿の妻が庭でティオナを見つけ、気に入った様子だったため、連れて帰らせたのだ。


 このとき、クロージック家はバルバーリ王国では珍しく、フォレスティ王国から妻を娶っていた。環境の変化によって心神を衰弱しているエルフィーランジュのことを思うと、この娘も城内にいるよりも、同郷の人間に世話をさせた方が良いと考えたのだ。


 娘は、エルフィーランジュへの切り札なのだから。

 

 そこで気付く。

 娘の価値を――


(この娘を起点とし、代々の長女の血を繋げていくことで、いずれまた彼女に会える) 

 

 エルフィーランジュは本来、肉体を纏った状態で必要とされる土地に降臨し、役目を終えれば消えてしまうため、広い世界から彼女を見つけるのは困難だ。


 だが子を成した場合、その血筋の中に――代々の長女の血筋の中で転生することになる。


 その血筋を管理しておけば、世界が再び精霊女王を必要としたとき、転生した彼女を見つけ出すことは容易だ。


 なにせ精霊女王は、精霊魔法が使えない無能力者として生まれてくるのだから。


(ルヴァンを殺したところでエルフィーランジュは戻ってこない。ならば余が今すべきは、いつ転生するか分からない彼女を待ち続ける方法を探すことだ)


 幸いにも、エルフィーランジュが大精霊と呼んでいた存在が、手の内にある。無限の可能性を感じさせるあの精霊たちの力を使えば、自身を現世に留めておく方法が見つかるかもしれない。

 

 現にこの精霊と自分のオドを使い、バルバーリ王国に精霊たちを閉じ込める結界を張ることができたのだから。


 ソルマンはすぐさまクロージック卿を呼び、預けた娘の長女の血筋を途絶えさせないこと、そしていずれ生まれる無能力者の女児を、バルバーリ王家に嫁がせることを条件に公爵を与えると、自身を現世に留めるための研究に没頭するようになった。


 彼は知らなかったが、フォレスティ王国に報復すると息巻いていた国王が、別のことに目を向けたことは、周囲の人間にとっても喜ばしいことだった。


 確かにフォレスティ王国は目障りな存在ではあるが、かといって王妃を誘拐するなど前代未聞。


 幸いにも、バルバーリ国王が自国の王妃を誘拐した件に、フォレスティ王国は気付いていないようなので、このまま全てをなかったことにした。


 ソルマンは残りの人生をかけ、長きに渡り生き続ける術を研究し続けた。


 この頃から、エルフィーランジュに拒絶されていた理由を、心神喪失ではなく、あの男に穢された身をソルマンに捧げたくなかったからだと考えるようになっていた。


(あの時ルヴァンに殺されたのも、生まれ変わり、綺麗な身を余に捧げるために必要なことだったのだ) 


 妄想を真実だと思い込み、さらに研究にのめり込んでいくようになる。


 残りの人生を費やした結果、肉体を保持することは叶わなかったが、魂を現世に留め、別の人間に憑依する方法を見つけることに成功し、今に至る。


 フォレスティ王国に宣戦布告へやってきたとき、初めて目の前にしたエルフィーランジュの転生体を思いだす。


 自分の知っている彼女ではないが、絶えず生み出されている精霊たち、そして底が見えない膨大なオドの量は、ソルマンが三百年前、初めて目にし、惹かれ愛した女そのもの。


 自分と同じ能力があり、強烈に惹かれてやまない存在。


(彼女だけだ。彼女だけが、余に欠けた何かを満たせる)


 ソルマンが決して持ちえない何かを、エルフィーランジュはもっている。

 その何かにソルマンは惹かれてやまない。


 三百年の時を超えても、その気持ちは変わることはなかった。


 その何かが、分からないというのに――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る