第122話 上位精霊の怒り
今私がもつ精霊女王の力――
確かに、前世の記憶を取り戻した今、私が使える力が、本来精霊女王がもっているはずの力と違うことは理解している。
その代表が、上位・下位精霊が、私の強い感情や気持ちを読み取り、願いを叶えようと動くこと。
精霊に力を借りるには、オドを使わなければならない。
しかし、精霊女王のオドは、精霊を生み出し力を与えることだけに使われる。
だから、他の精霊たちへの伝達役兼司令塔である大精霊がいない状態で、私がどれだけ強く願っても、上位・下位精霊たちは動いてくれないはずなのに。
それにまだ気になることはある。
フォレスティ王国に存在するという、ルドルフを筆頭とする精霊魔術師たちの存在や、精霊を視る目を持つ者が、精霊女王やソルマン王以外に存在していること。
上位精霊たちが気に入った人間とはいえ、契約を結び力を貸すなんて考えられない。それにソルマン王以外の人間の中に、精霊を視ることができる者は、精霊女王が生み出されてから三百年前に消滅するまで聞いたことがない。
無意識のうちに、背筋が伸びる。
「死後、ルヴァンの魂は世界の理に則り、転生するはずだった。だけどその途中、上位精霊たちに捕らえられたんだ」
「え? 上位精霊たちに⁉ ど、どうして?」
上位精霊が、特定の人間の魂を捕らえるなんて、一体なにがあったというの?
「端的に言うと、上位精霊たちはエルフィーランジュを殺したルヴァンに怒っていたんだ」
上位精霊たちは、エルフィーランジュがルヴァンに対して抱く気持ちが、特別なものであることに気付いていたらしい。
それは理解というよりも、彼の傍にいる精霊女王の雰囲気が今までと違う、だけど決して悪いものではない、といった非常にぼんやりしたものだったみたい。
でもそれによって、上位精霊たちはルヴァンも特別な存在だと認識していたのだという。
しかしルヴァンの存在がなくなってから、精霊女王から発される雰囲気がとても良くないものへと一変した。
「恐らく、ソルマンに誘拐された後のことだろう。上位精霊たちは、何となく分かっていたんだ。精霊女王が苦しんでいることをね。そんな中、ルヴァンが彼女を殺したことで、精霊女王を苦しめた元凶が彼であると、上位精霊たちは思ったんだ」
だからルヴァン王の魂を捕らえ、責め立てたのだという。
何故、精霊女王の傍にいなかったのか。
何故、精霊女王を守らなかったのか。
何故その手で、精霊女王を輪廻の理に還したのか――と。
だけど上位精霊たちの言葉を聞き、怒ったのはルヴァン王だった。
「ルヴァンは逆に上位精霊たちを責め立てたんだ。『何故そこまで知っていて、精霊女王を救わなかったのか』とね。精霊女王を苦境から救い出せる力があったはずなのに、何故助けなかったのかと」
うっ……た、確かに……
ルヴァン王の気持ちは痛いほど分かる。私がルヴァン王の立場でも、同じことを思うはずだし、十人に訊ねたら十人とも同じ思いを抱くはず。
でも同時に、精霊女王としての記憶と経験があるからこそ、上位精霊たちの反応が予想できた。
「精霊女王が苦しんでいるって分かっていても、上位精霊たちは動けなかったと思うわ。今回のような特殊な状況だと、大精霊の命令がなければ何をすればいいのか分からない、いえ、動くべきなのかすら判断できないから」
「その通りだよ。今のエヴァの言葉どおりの回答を、上位精霊たちは口を揃えて言ったんだ」
アランは、呆れた気持ちを声色に滲ませた。
だけど私には、上位精霊たちを責める気持ちはない。
精霊女王が生まれてからずっと、そのルールで動いてきたのだから。
ルヴァン王は上位精霊たちの返答を聞き、更に怒りを露わにしたらしい。
七日で消滅するはずだった精霊女王を世界に引き留めてしまった罰は、いくらでも受ける。
しかし彼女が苦しんでいることを知りつつも、大精霊の命令がないからと見て見ぬふりをした精霊たちに、果たして罪はないのかと。
ルヴァン王だって分かっていた。
人間の常識が、精霊たちに通用するわけがないって。
だけど言わずにはいれなかった。
精霊たちが動いていれば、精霊女王とその娘が救われる道もあったかもしれないのだから。
彼の訴えは、無視されると思われた。
だけど、
「上位精霊たちは、ルヴァンの言葉を受け入れたんだ。大精霊たちも消えてどこにいるか分からない。もしこのまま大精霊が戻らなければ、再び降臨した精霊女王を守り切れない。だからもう二度と同じ過ちを繰り返さないため、自分たちが変わる必要があるんだと誓ったんだよ」
「そんなことを上位精霊たちが? 信じられない……」
「でも彼らは誓いを守ろうとした。精霊女王を理解するために、まずは彼女と似ている存在である人間を理解しようとしたんだ。その結果生まれたのが――」
アランの表情が少しだけ緩む。
私と真っ直ぐ向き直ると、少しだけ誇らしげに口を開いた。
「精霊魔術師という存在だ」
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