第56話 対面の条件

「そうか。なら聞かせて欲しい。あなたの考えを」


 陛下の真っ直ぐな視線を受けながら、私は強く頷いた。


「確認ですが陛下。バルバーリ王国はあくまで、精霊女王の力を求めているのですよね? でなければ、今まで追ってこなかったあの国が、今更私を取り返そうとするはずがありませんよね?」

「ああ、恐らくは」

「ならば、私はこう考えるのです――」

 

 私は二人に伝えた。


 バルバーリ王国の滅亡が回避され、リズリー殿下と結婚するマルティを含む王家に、仕返しができる方法を。


 私があの国に追われない方法を。


 話が終わると、二人はしばらく考え込むように小さく唸っていた。だけど先に結論を出したアランが首を横に振る。


「駄目だ。そんな要求、あいつらが飲むわけがない。そんな面倒くさいことをするくらいなら、エヴァを力尽くで取り返す方を選ぶよ」

「で、でも……試しに言ってみる価値はあると思うの!」

「確かに、エヴァらしい優しい提案だ。だけど……あいつらにエヴァの優しさが理解出来るとは思えない! 試すだけ無駄だ!」 


 アランは頑なだった。

 絶対に自分の考えを曲げない、という強い意思が感じられる。


 私の身の安全を心配しているのもあるだろうけれど、それ以上にバルバーリ王国への強すぎる憎しみが伝わってくる。


 過去、何度もあの国に精霊を奪われたという恨みから来ているのかもしれない。


 このままでは決着が付かないと思われたその時、


「アラン。お前の偏った主観で、試すだけ無駄だと切り捨てるのはどうかと思うが?」


 感情の起伏を感じさせない冷然とした陛下の声が、アランの勝ち誇った表情を強張らせた。陛下はそんな弟を両手の指の腹を合わせながら、真っ直ぐ見据える。


「どうせ今更エヴァを隠したところで、彼女がここにいることはバルバーリ王国側も分かっているはず。それにバルバーリ王国側に精霊を視る目をもつ者がいれば、彼女の存在は隠しきれない。それは、他国に渡っても同じだろう」

「……で、でも、精霊を視ることができる人間は稀だし、見つけた人間はフォレスティ王国が確保している。バルバーリ王国が見つけ出すのは簡単じゃないはずだ」

「可能性がゼロじゃない時点で、最悪の事態を想定しておくべきだろう」


 アランがウッと言葉を詰まらせた。


 そっか。


 私からは大量の精霊が生み出されている。ルドルフやカレイドス先生のように精霊を視る目をもつ人から見れば、どこに私がいるかはバレバレなのね。


「ならば、エヴァの提案に乗っても同じだろう。提案が拒否された時、彼女を他国に逃がせばいい。どうだろうか、アラン」


 アランは黙ったままだ。唇を真一文字に結び、膝の上で握った拳を睨みつけている。納得いってはいないけれど、陛下のお考えにも一理あると思い迷っているのが伝わってくる。


 陛下は考え込むアランを一瞥すると、今度は私の方に視線を向けた。


「エヴァ、私はあなたがバルバーリ王国からの使者と対面すること、そして先ほどあなたが言った提案を認めたいと思っている。だが、一つだけ条件をつけさせて貰いたい」

「条件……でしょうか?」

「ああ。あなたを守る大切な条件だ」


 私を守る?


 穏やかならぬ発言に、思わず両肩に力が入る。


 アランも初めて聞く情報なのだろう。先ほどまでの思案を放棄し、陛下の顔を凝視している。


 私たちから注目された陛下の唇が動いた。


「あなたにはアランの婚約者になってもらう。他国の王族の婚約者ともなればバルバーリ王国の連中も、そう簡単に手を出せないはずだ」


 あなたがバルバーリ王国王太子の婚約者であったがために、救い出せなかった我々と同じようにね、と付け加えたイグニス陛下の表情は、威厳ある声色とは正反対にニヨニヨと緩んでいた。

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