第43話 私は――

 私はカレイドス先生に連れられて、城に戻った。

 彼が一緒にいるのは、どうしても私を一人で帰すことは出来ないと言われ、半ば強引に付き添いを申し出られたからだ。


 カレイドス先生の顔は城内でも知られていて、止められるどころか、侍女や使用人たちが横を通り過ぎるたびに足を止め、彼に会釈をしていた。まあ元々、王宮精霊魔術師として働いていたし、ルドルフの息子さんだから、お城の中でも有名なのだろう。


 先生がいたので、私の自室ではなく、数ある応接室の一室に通して頂いた。椅子に座り、膝の上で握った拳を見つめながら、先ほどの彼の言葉を思い出す。


『貴女さまのご帰還を三百年間、待ち侘びておりました。我らフォレスティの至宝、そして世界の根幹たる精霊の母――精霊女王エルフィーランジュ様』


 間違いなく、私を見ながらそう言った。


 確か、私の身体から精霊が湧き出しているって言っていたかしら。それは以前、アランから聞いた精霊女王の特徴――精霊を生み出すことと一致している。


 いや、でも私は、精霊魔法すら使えない無能力者。精霊女王なんていう偉大な存在だなんて、あり得ない。

 絶対に……ぜったい……


 驚きと混乱で、心臓がバクバクいっている。頭の中が熱くて、上手く考えがまとまらない。


 何かの間違いのはず。

 ええ、そうに決まっているわ。


 きっと先生も、間違ってしまいましたって笑いながら、引き続き私に精霊魔法をご指導してくださるはず……

 その時、


「エヴァ、お帰り。街はどうだった?」


 明るい声とともに部屋に現れたのは、アランとルドルフだった。


 カレイドス先生がアランを見て立ち上がったので、私も同じく立ち上がって彼らを迎える。だけど、喉が震えて上手く言葉が出せず、口を薄く開いただけだった。


 私の異変に気付いたのか、アランの笑顔が一瞬にして消える。


 何があったのかと唇を真一文字に結ぶと、早足で私の前にやってきた。跪いて挨拶をしようとしていたカレイドス先生の行動を手で制止すると、私の両肩に手を置きながら顔を覗きこむ。


「どうしたんだエヴァ? 顔色が凄く悪いみたいだけど……」

「あ、アラン、私……わたし……」


 何て説明したらいいのか分からず、続く言葉が喉の奥につっかえて出てこない。


 しかしルドルフには、ピンとくるものがあったのだろう。

 カレイドス先生と私を交互に見比べると、先生に静かながらも固い声色で尋ねる。


「……視たのか? 精霊を」


 端的な言葉だったけれど、カレイドス先生には充分伝わっていた。大きく頷くと、私の方に視線を向ける。その瞳は、僅かに輝いていた。


「……視ましたよ、父さん」

「一体何があった? 何故、エヴァ嬢ちゃんとお前が一緒にいるんじゃ?」

「たまたま私の話を聞いたこの方が、精霊魔法を教わりたいとやって来られたのです」

「……なるほどな。それで、話してしまったわけじゃな」

「はい」


 心底納得したように、ルドルフが大きく息を吐き出した。アランは私から視線を反らし、下唇を噛んでいる。


 二人のこの反応……もしかして、全部知ってたの?

 私が知る以前から、ずっと。


 ルドルフがカレイドス先生の耳元で何かを言うと、先生は大きく目を見開き、あっと小さく声を上げた。そして二人ともアランの前に跪き、深く頭を下げた。


「アラン様……わしの配慮が足りず、このようなことになり、誠に申し訳ございません」


 益々深く頭を下げる二人を見つめながら、アランはクシャリと前髪を搔きあげた。青い瞳は、どこか苦しそうに細められ、眉間には深い皺が寄っている。


 しかし深いため息をつくと、肩を落とし、謝罪する二人に向かって優しく声をかけた。


「……顔を上げて欲しい。全ては、問題を先送りにしようとしていた俺が悪かったんだ。エヴァの生活が落ち着いたら話すと約束していたのに……。逆に背中を押して貰った礼を言うよ、カレイドス・セイ・アンドレス」

「め、滅相もございません! 何の事情も知らず、大切な情報を許可なくエヴァ様に告げてしまい……」

「いや、きっと早く話せという天からの思し召しだろう。あの知らせの件もあるからな……」


 あの知らせの件、と言ったアランの表情が、先ほど以上に苦渋に満ちている。何か、とても悪い知らせがあったみたい。


 だけどそれを問うほどの心の余裕は、私にはなかった。


「か、カレイドス先生が、私から精霊が生み出されているって言うの。アラン、し、知ってたの? これって、これって――」

「ああ、そうだよ」


 言葉を詰まらせながら、文脈の繋がらないチグハグな質問をする私を落ち着かせるように、彼の手が両肩をそっと撫でると、正面から真っ直ぐに私と向き合った。


「エヴァ、君は精霊の母たる存在、精霊女王エルフィーランジュの生まれ変わりだ」

「う……そ……だって、だって、私は精霊魔法が使えない無能力者なのよ⁉ そんなのありえないっ‼」

「俺たちと同じ精霊魔法を使えない、という意味では、精霊女王は無能力者なんだよ」

「え……?」


 意味が分からない。

 精霊女王なのに無能力者だなんて。


 認めることが出来なくて、大きく首を横に振りながら、私はアランの上着を掴んだ。何かの間違いじゃないかと、実は揶揄われているのではないかと、彼の顔を覗きこむ。


 だけど、どこか悲しそうに微笑むアランから、嘘や冗談は見られなかった。

 低く、ゆっくりとした声が、私の鼓膜を震わせる。


「遅くなってごめん。ちゃんと話すよ。エヴァのこと、そして何故、俺たちがクロージック家に潜り込んでいたのかを――」

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