真夜中なのに義妹が僕の部屋から帰ろうとしない

風親

心霊現象注意報が発令されました。

「アニキ。風呂、空いたよ」

 義妹の未来は僕にぶっきらぼうにそう告げた。

 パジャマ姿でタオルで濡れた頭を拭きながら、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すためにリビングを通過する。

「なに? アニキ。またゲームしてんの?」

 今日は、グラスに入れたオレンジジュースを飲みながら、心底馬鹿にしたように僕に話しかけてきた。

「ゲームばかりやっているから、勉強もできないし、彼女もできないんだよ」

 そんな言葉に、和室でテレビを見ている僕の両親も笑っていた。

 未来は、元々、遠い親戚の娘だった。

 両親がなくなったので、我が家で引き取ったちょっと可哀相な一つ下の女の子……だった。

 しかし、今や僕よりもずっとレベルの高い名門女子高に入った未来は容姿も端麗で学校どころから町内でも人気がある。そんな未来のことを自慢の娘として僕の両親も溺愛している。

 もはや何もかもが平凡な実の息子である僕の方が、かなりないがしろにされてしまうくらいだった。

 そんな未来の僕への態度は時々、かなり辛辣だ。

「可哀相だから、一緒に遊んであげようか」

 未来はにやにや笑いながら、僕の隣へと座った。

「世界を相手に戦おうとしていたのに、仕方がないな」

 可愛そうな義妹だし、冷たい対応をするのもどうかと思ってコントローラーを手渡した。決して、なんかいい匂いがするとかそんなものに惑わされたわけじゃない。

「それで、アニキは彼女できたの?」

 ゲームの操作はかなり適当なままで、未来はそんなことを聞いてきた。これは僕に精神的なダメージを与えるためだな。決して、そんな言葉に動揺したりはしないぞ。

「……か、関係ないだろ」

 挙動不審な答えになってしまった。

「いないよねー。こんなゲームばかりうまくなって」

 嬉しそうに未来は言う。僕にゲームの勝敗なんてどうでもよくて精神的なダメージを与えることだけが楽しみだったんだなと気がつかされる。

 ピコーン。

 もう、ゲームには興味なさそうな未来が立ち上がりそうなところで机においていた僕のスマホの通知が鳴った。

「心霊現象注意報だって」

「えっ。また?」

 未来はとても嫌そうな声をあげていた。

「半年ぶりくらいかな」

 心霊現象が活発になった近年になって多発する時期の予報を、政府が流してくれるようになった。

(まあ、もう家に帰っているんだし、そんなに怖いことはないかな)

 僕としては、そんな認識だったので一人でゲームを続けようとした。

「ア、アニキ。も、もう一戦しようか」

 一度は明らかに立ち上がった未来が、また座りながら意外な提案をしてきた。

「えー。未来って全然、やる気なかったじゃん」

「そろそろ本気だしちゃおうかなって、何よ負けるのが怖いの?」

 まあ、そう言われたらこの生意気な妹をこてんぱんに負かせてあげたくもなる。僕は受けて立ってあげることにした。

「それじゃあ、そろそろ終わりにしようか」

 時計は0時に近くなっていた。両親からもそろそろ二人とも寝るように注意されたところだった。

 結局、僕は未来に10戦以上して一度も負けることはなかった。

 うん、満足したけれど、これはいい男のすることではないかもしれないとちょっと反省した。

「あー。うん」

 『そんなんだから、モテナイのよ』というようないつもの辛辣な言葉を待ち構えていたけれど、特にそんなことはなくしおらしい感じだった。

「そういえば、あれは? まだ続いてる?」

「あれ?」

「ちゅ、注意報よ。注意報。珍しいから気になるでしょ」

「あー。……まだ続いているみたいだね」

 僕はスマホを手にとって確認する。大して気にもとめずにゲーム機を片付けると、僕は自分の部屋に戻って寝る支度を整えていた。

 コンコン。

 もうベッドに入ろうかというところで、ドアをノックする音が聞こえた。

「ア、アニキ。今度はカードゲームしない?」

 おずおずと未来がドアをわずかにあげて、そんなことを提案してきた。

「もう真夜中だよ。……それにしても、まだそのカードゲーム持っていたんだ」

 まだ未来がうちの子ではなかった小さい頃に何度か遊んであげた記憶があった。もうこんなゲームとっくに捨てていそうなイメージだっただけに、驚いていた。

「懐かしいでしょ。ね。ね」

 仕方がないので、遊んであげることにしたけれど、さすがに僕も気がついてしまった。

「それで? 幽霊が怖いの?」

 カードを手に持ちながらそう聞いてみた。

「こ、怖くなんかないし」

 小学生男子みたいな返し方をされてしまって、ちょっと反応に困ってしまった。

「いや、怖くなんかないんだけど、前回の注意報の時、珍しいなってむしろ面白がって深夜に外見たら、こう……人魂みたいのに混ざって、人の顔が……いきなり目の前に現れてさ」

「苦手な人は早く家に帰って、カーテンを開けないでくださいっていう注意報なのに……」

 呆れたように僕が言ったら、未来はすねてしまった。

「いや、あれは誰でも怖いって。仕方ないじゃん。全くもう!」

 何に怒っているのか分からないけれど、未来は深夜だというのに大きな声をあげていた。

「そういえば、未来ちゃん。小さい頃、お化けとか怖かったもんね。田舎の爺ちゃんの家でトイレについて行ってあげたことがあるのを思い出した」

「え? いやいや、そんなことないでしょ。……え? ほんと?」

 本当に忘れていたらしい。未来は本当に目を丸くしていた。

「はい。僕の勝ち。じゃあ、もう早く布団かぶって寝なよ」

 カードゲームも僕の勝利に終わった。カードを片付けながらさすがにもう寝ようとする。未来も話しをしてちょっと気が紛れたようで笑っていた。

「あ、ああ。そうね。もう注意報も終わったよね……」

 未来は自分のスマホを取り出して確認しようとする。いや、自分の部屋に戻ってからして欲しいと思う。

「け、警報になっているんだけど……」

 画面を見た未来の顔が青ざめていた。

 そのまま、数分。固まったまま、一歩たりとも僕の部屋から出ていく気配はなかった。

「え? 未来ちゃん」

 このままだと僕の睡眠時間がなくなってしまう。僕はちょっと意地悪をして追い出そうとひらめいた。

「もう。寝るから電気消すよ。『お兄ちゃん。今晩は一緒に寝てちょうだい』って言ってくれるなら部屋にいてもいいけれど」

 僕は、思いっきり気持ち悪い演技をして、未来を挑発した……つもりだった。

「お、お兄ちゃん。今晩は一緒に寝てちょうだい。お願い」

 あっさりと即答されてしまった。しかも、思っていたのより妙に可愛らしい。これで、無理やり部屋から追い出したりしたら、それはそれで一生何かを言われそうだと怖くなった。

「え。ああ、じゃあ、電気消すよ」

 部屋の明かりを消した瞬間に、未来は僕のベッドに飛び乗って布団の中に潜り込んできた。

(こ、これはやばい)

 枕を隣にして寝るどころではなくて、完全に抱きつかれてしまう。髪の毛のいいシャンプーの匂いを嗅ぎながら、柔らかい胸の感触が押し付けられて変な気分になってしまう。

 でも、震えている未来にそれ以上、いけないことをするのは何とか耐えてしっかりと未来を抱きしめる。

 安心したのか、未来の震えは収まって僕の胸の中で時々寝息を立て始めているようだった。

 ふと外を見るとカーテン越しに人魂らしい光が飛び交っているのが見えた。

(ちょっと綺麗だな)

 少し怖いけれど、この不思議な現象を楽しむように窓をしばらく見ていた。

(!)

 するとカーテンの隙間から、こちらを覗き込んでいる人の顔が見えた。ここは二階で、ベランダもない方角だった。間違いなくこれは幽霊だ。

 これは未来が怖がるのも分かる。

 そう思いながら、未来を刺激しないようにしながらも、もし何かあった時には逃げられるように僅かに体を強張らせながら備えていた。

「え?」

 しかし、その幽霊は、まるでグッジョブとでも言いたそうに親指を立てて僕を称賛しているようだった。

 僕の方も幽霊に親指を立てて返した。

「……もしかして、未来のお父さん?」

 なんとなくちょっと見知った顔だと思った瞬間には、その幽霊は消えていた。

 まもなく心霊現象警報は解除された。

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