第13話
オルスは深いため息をつきながら、合羽を着る。外に出ると、小雨が降っていた。周りの水たまりに、小さな波紋ができる。雨音は聞こえない。
「やる気がでないな」
歩き出す。石畳の間を、水が流れる音ぐらいしか聞こえない。繁華街に向かう。人がいない。賑わう声は全くない。
魔王がいた時の頃を思い出してしまう。客引きもいなくなった。宿屋も土産屋も、いつもだったら中が見える程、扉を開いているのに、今では閉じている。
正門を出る。両脇に二人の兵士が、小さな小屋の中で座ってみているだけだった。
ぬかるんだ道には、もう慣れていた。城の周辺を巡回していく。去年の今頃は、道ばたの至る所に、麦が落ちていた。大量の麦を乗せた馬車が、水車のある工場へと向かっているはずである。だが、全く見かけない。麦は今も畑に植えられているままだ。農家の前を通る。大きな屋根だけの下に、大量の麦が置かれているはずが、今は何もない。
オルスは窓から家の中を見た。人の気配がない。オルスは先に進んだ。
「ちくしょう!」
怒鳴り声が聞こえた。聞こえた方角に駆けていく。前方に、牛小屋が見えた。
「なんで片付けなかったんだよ!」
「ごめんなさい。もう、麦がないのよ。これじゃあ、もうすぐ死んじゃうわ」
そこには、夫婦が立っていた。夫はこめかみに血管が浮き出て、握りこぶしを作っている。妻は両手を顔で覆い、肩を震わせ、泣いていた。
「どうしたんですか?」
オルスは優しい声で二人に近づいた。夫婦の足元に、牛が倒れている。目を見開いたまま、動いていない。口元から吐瀉物が出ていた。
「オルスか……いや、なんかすまない」
「誰かに殺されたのですか?」
「違うんだ。こいつが、腐った麦を食わせて、それで病気になった。生き残っている最後の牛だ。これじゃあ、乳も搾れねえし、畑仕事もできねえ」
「もう、前から食べさせてないのよ。立つことも座ることもできなかったのよ。水だけじゃ、生きられないのよ」
「わかってるよ、そんな事!」
「けんかはやめてください。この事を、貴族や国王にお知らせします」
「お願いだから、麦をくれ。オルスだってわかるだろ。もう、俺達の働き分じゃあ、パン一つ買うのがやっとなんだ。あまりにも値段が高すぎる」
「わかりました。少ないですが、パンを少しおわけします。今はそれぐらいしかできません」
「ありがとう」
オルスは巡回後、食堂に行き、余ったパンがないか食料係に聞いた。
「まあ、あると言えばあるが」
「分けてくれ。住民が死にそうなんだ」
手提げ袋に一〇個程度のパンを詰め込み、先ほどの酪農家の所へと向かった。
オルスが家に帰ってきた時、スープとパンしかない事に気が付いた。
「ここ最近の雨のせいでね。良い野菜が取れないらしいのよ。で、値段が上がってね」
「まあ、しょうがないよ」
新しく住んでいる家は、前の家よりも部屋数が多かった。
「お父さんもね、困っているのよ。仕事が入らないのよ。みんな食糧にお金をかけるでしょ。だから、建物には金を出さくなったって」
「他の仲間は、大丈夫なの?」
「給料が減るのは、仕方ないって。みんな我慢している」
そこへ、父親が二階から降りてきた。
「オルス、給料は出るのか? 悪い噂を聞いたけど」
「かなり減らされるよ」
オルスは新聞を入念に読んだ。クレチア王国に関しての記事は、全く出ていない。
「それよりも、クレチアがこっちに攻め込むかもと聞いたんだが、本当なのか?」
「本当だよ。境界線の所に、小さな城を作っている。行軍もしている」
「なんで。今まで仲良かったじゃないか」
「そういうものらしい。もしかしたら、逃げる必要があるかもしれない」
「どこに。俺たちの住む場所は、ここしかないぞ」
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