14、鋭くて美しくて、扱いを間違えると少し怖い。

「これだけですか。まあ、うちは構いませんけど」


 再びバレクス薬草工房に顔を出した行商人パウルは、鼻で笑いながら少ない薬を買い取った。ディーゴーとフランツが瀕死になって作っても、結局いつもの半分にも満たなかった。


「毎度あり!」


 ダリミルは苦々しい顔でパウルを見送った。これも全部ルジェナのせいだ。


「結局、ルジェナ、戻ってこなかったね」


 責任を感じているのかいないのか、のんびりと事務所でお茶を飲むリリアに、ダリミルは不機嫌そうに答えた。


「逃げたんだろ。こんな季節にユスの実なんか取れるわけないからな」

「住むところがないって言ったけど、お願いしたら泊めてくれるところくらいあるよね。私でもそうするもん」

「まったく、最後まで根性のないやつだったな」


 そう言いながらダリミルは、事務所の窓から外を見た。今日も雪がちらついている。


 ——構うもんか。五人必要なら五人雇ってやる。


 今は休耕期だ。探せば働き手は何人でもいるだろう。次こそ、あのパウルに持ちきれないくらい薬を渡してやる。帳尻さえ合えばいいんだ。


「ダリミル、お茶冷めるよ?」

「お、そうだな」


 ダリミルは、窓から目を逸らしてリリアの隣に腰かけた。


          ‡


 薬の精査が終わった後は、エーリク様と私で熱冷ましの種類について話し合った。


「大事なのは、汗が出る場合の熱と出ない場合の熱の区別だな。ルジェナはどう使い分けている?」

「汗が出る場合は、それ以上の発汗する薬草は使わず、体の巡りを整える薬草を使います」

「たとえば?」

「シエンですかね」

「悪くない」


 向かい合って座りながら、思いつくままそんな話をする。すごく楽しかった。

 ダリミルは私が薬について何か言うのを嫌がったから。「赤毛の役立たず」のくせに偉そうに言うなと。

 エーリク様と向かい合っていると、そのことが遠く感じられる。

 エーリク様は続ける。


「宮廷薬師の中でも、そこは意見が分かれるところなんだが、なんでも汗をかけばいいというのはもう古いと思うんだ」


 宮廷薬師。

 ふと出た言葉に顔を上げた。


「エーリク様は宮廷薬師なんですか?」


 そうだろうな、と思って聞いたのだが、いいや、と首を振られた。


「違うんですか?」


 なんとなく、一番偉い薬師は宮廷薬師だと思っていたので意外だった。エーリク様は懐中時計を出して眺める。


「その辺のことはおいおい説明するよ。そろそろ昼だな。ここで食べよう」

「あ、はい。ありがとうございます」


 お礼を言ったものの、ここで? と首を傾げる私にエーリク様が付け足す。


「ミレナが運んでくることになっている。ついでに私の護衛騎士を紹介するよ。私の乳兄弟でね。ベルナルド・レフ・ウードリーというんだが、変わった男なんだ」

「変わった男の人、ですか?」

「ああ、そりゃもう」

「あなたに言われたくありませんね」

「えっ!?」


 背後から男の人の声がしたので振り向くと、いつの間にか人がいた。エーリク様は機嫌よさそうに笑った。


「さすがベルナルド。気配を消すのはお手のものだね」

「あなたは気づいていたでしょう。人が悪い……失礼しました」

「あの、初めまして、ルジェナ・レジェクです」

 

 立ち上がって挨拶をする私に、


「ベルナルドで結構ですよ」


 と、座るよう促したベルナルドさんは、エーリク様とは別の系統の整った顔立ちだった。

 だけど、やはりと言うべきか、険しい目付きと薄い眉に威圧感がある。

 きっちりと櫛目を通して後ろに撫でつけた、その乱れのない髪型同様、話をしている間、少しも表情が変わらないのだ。

 

 ——まるで根に毒を持つ花みたい。鋭くて美しくて、扱いを間違えると少し怖い。


 ベルナルドさんは淡々と続けた。

 

「ベルナルド・レフ・ウードリーと申します。エーリク様の護衛騎士であり、ルジェナ様のこともお守りするよう命じられております。なんなりとお申し付けください」

「はい、ありがとうございます……え? 私の?」


 戸惑いながら私は、ベルナルドさんとエーリク様を交互に見つめる。エーリク様はあっさり答えた。


「忘れたの? ルジェナは私の婚約者だよ。護衛はいるでしょう」

「いりますか?」


 思わず聞き返してしまった。

 貴族とはそういうものなのだろうか。大変だ。

 そりゃいるよ、と答えてからエーリク様は付け足した。

 

「言い忘れていたけど当事者である私とルジェナ以外で本当のことを知っているのは、ミレナとベルナルドだけだ。他の者には、本当の婚約者だと言っているから注意して」

「わかりました。あれ? クルトさんもですか?」


 私がここに来た事情を知っているクルトさんなら、婚約が偽であることを知っていてもいい気がしたのだ。

 エーリク様は朗らかに言った。


「うん。婚約したと教えたら真っ赤になって言葉を飲み込んでいたよ」

「……いきなり拾った平民の娘と婚約したと聞いたら驚きもするでしょう。あれはあれなりにあなたに忠義を捧げていますから」

「わかっているよ。遠回しに私が魔女の魔性に魅入られてしまったのだと心配していた」

「本当に人が悪い」

「まあ、ルジェナと接していくうちに、魔性とは程遠いことがわかってもらえるんじゃないかな」


 エーリク様がそう言い、ベルナルドさんはちらっと私に視線を動かし、頷いた。


「そうでしょうね」


 よかった……と思おう。


「それで、ミレナが来る前にもう少しルジェナに話しておきたいんだけど」

「なんでしょうか」

「森で助けた君に一目惚れして婚約を申し込んだ。君は悩みつつも承諾してくれた。そういうことにしておいて」

「わかりました」

「君付きのメイドを一人つける。ヨハナというんだけど、ヨハナには本当のことは悟られないように」

「はい」

「他に質問は?」

「あの、失礼な質問かもしれませんが……」

「なんでもいいよ、言って」

「エーリク様の爵位というか、そういうのをお聞きしてよろしいでしょうか?」


 王立研究所を作れるくらいだから、王族の末端の方だろうとは思っていた。

 今の国王陛下はお妃様一筋らしいけれど、先代や先々代の国王陛下は側妃の方がたくさんいて、お子様もたくさんいらっしゃったとおじいちゃんから聞いたことがある。

 エーリク様もそういった傍系のおひとりなのだろうと、私は確認のために思い切って聞いた。


「ん?」


 しかし、エーリク様は首を捻る。私は慌てて付け足した。


「あ、おっしゃりたくないのなら、もちろんそれで結構です! ただ、婚約したのに知らないなんておかしいかなあと思って……知らないまま婚約したことにしましょうか?」


 ベルナルドさんがじろっとエーリク様を見つめた。


「伝えていなかったんですか?」

「名乗ったからもうわかっていると思っていた」


 あ、そういうことなのか!

 私は急いで頭を下げる。


「すみません! 田舎者でそういうことには疎くて! 領主様の名前も存じ上げないくらいなんです」


 不敬なことを申し上げてしまったとドキドキしながらそう言うと、下げた頭の上からエーリク様とベルナルドさんの声が聞こえた。


「いや、ちゃんと説明しなかった私が悪かった」

「そうですね、殿下が悪いです」


 ——殿下?


 まさか、と顔を上げた私に、エーリク様はいつものように笑って言った。


「バルツァルは私を引き取ってくれた公爵家の姓でね。私の父は、エアネスト・ドリー・クハシュ。このサシット王国の王だよ」

「……」

「とは言え私は庶子でね。王太子のカーティスを見守ることこそが私の使命だと思っている。ルジェナ、私はそのためにも『万能薬』を完成させたいんだ」

「……」

「ルジェナ? ルジェナ?」


 びっくりして息ができなかった。


「当然、そういう反応になりますよ」


 ベルナルドさんが冷ややかに言うのが聞こえた。

 


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