13、君、すごいよ!

 お屋敷は四棟に分かれていて、それぞれ中庭を向いて建っている。上から見ると綺麗な正方形になっているらしい。

 その正方形から少し離れたところに、研究室と温室がある。


「森は深いから、一人では行かないようにね」


 エーリク様は窓の向こうを指して言う。


「はい!」


 禁猟地の森にひとりで足を踏み入れる勇気のない私は即答する。絶対迷うからだ。

 研究室は、工房の調剤室の十倍はある広さだった。

 私のエプロンに目を止めたエーリク様は、思い付いたように言う。


「ルジェナ用の調剤用のシャツも作らなくてはね。今はすまないがそれで」

「調剤用のシャツ! 嬉しいです」


 工房では作ってもらえなかったのだ。

 エーリク様は腕を組んで頷いた。

 

「手始めにここにあるもので、薬を作ってくれないか。種類はルジェナに任せる」

「……はい」


 フランツさんの言葉を思い出した私は、一瞬だけ身を固くした。


 ——ルジェナさんの調剤だけじゃ不十分なところがあったので、いつも俺が手直ししてました。


 不安が顔に出ていたのか、エーリク様が柔らかく付け足す。


「同僚に、調剤の不備を指摘されたんだっけ。だけど、ルジェナ」


 その青い瞳は私を包み込むように細められていた。


「知り合って間もない私でさえ、ルジェナがそんな間違いをするとは思えないんだ」


 そんなふうに言ってもらえるとは思っていなかった私は、瞬きも忘れてエーリク様を見つめる。

 エーリク様は続けた。


「だから、その指摘が何を指しているのか、二人で検証してみないか? その意味でもいつも作っている薬を、いつもの手順で作って欲しい。そうだな、分量も、いつも一回で作る分にしよう。できるかな?」

「はい!」


 嬉しかった。

 この方は本当に私の力になろうとしてくれている。


 ——ありがたい。


 大きく息を吸った私は、切り替える。


「それでは簡単な熱冷ましを作ります」

「いいね!」


 エーリク様は目を輝かせた。


「基本であり、いろんなバリエーションがある。王道だね!」


 この人は薬に関することはなんでもわくわくしている気がする。思わず微笑んだ私は、それだけで肩の力が抜けた。

 落ち着いて当たりを見回す。


「これ……とこれ……お借りしますね」

「どうぞ」


 部屋の中に無造作に積まれていたチャルというキノコの粉末と、シールという薬草を乾燥させたものを手に取った。

 チャルはすでに粉末だからいいとして、シールは薬研やげんでごりごりと挽いて粉砕する。

香りが立ち昇って、私は表情を緩める。


 ——うん、いい薬になりそう。


 それらの材料を、匙を使って適量合わせる。

 材料の組み合わせとバランスはすごく大事だ。ディーゴーさんはきっちり計るけれど、私はいつも手に感じる僅かな重みで決める。

 工房では、決められた作業時間で決められた量を作ることが求めらていたからだ。

 一瞬、私の工程に不備があるならここかなと思ったけど、今はそれを考えない。


 ——考えるのはあと。今は研ぎ澄まして。


 あっという間に最初に砕いた材料から薬ができたが、私は追加の材料を手にする。

 エーリク様が、興味深そうにそれを眺めているのがわかった。

 が、ここからさらに集中を必要とするので、私はエーリク様さえ意識から遠ざける。

 おんなじ薬草でも、一枚目の葉と二枚目の葉では、効果の出る分量が違う。

 仕上がりに差が出ないように、ここでしっかり分別する。


「これは少ない……これは多い……」


 太陽の浴び方や、育った土の栄養状態などで、薬草に含まれる薬効は微妙に質や量が違う。

 ディーゴーさんはそれを試薬石で計っていたが、私は目と、匂いで感じ取る。

 

「……へえ」


 エーリク様の感嘆したような声が聞こえたが、耳に入るようで入らない。

 とにかく手を止めず、まったく同じ効能の成分が同じ量だけ含まれている熱冷ましを五包作った。


「ふう……できました。熱冷まし、五人分です」


 集中を解いて、そう言うと。


「ルジェナ!」


 感極まった口調のエーリク様が、すぐ近くまで来ていた。私の肩を掴んで言う。


「君、すごいよ!」

「え? え?」


 ——近い!


「あ、これは失礼」


 エーリク様も無意識だったのだろう、すぐに手を離して続けた。


「君、薬草に含まれている効能の濃さ、試薬石なしでわかるんだね」

「え、あ、はい」

「しかもこの短時間でこれだけ作れるなんて、一般的な薬師の五倍は早いよ」

「あ、でも肝心なのは質です。どうぞ精査してください」

「了解。ちょっと待ってくれ」


 エーリク様は五包の薬をひとつずつ小皿に入れ、水に溶かして試薬石をつけた。

 

「えっ」


 そして驚いた声を出す。


「だ、だめでしたか」


 思わずそう言うと、エーリク様は目を見開いてこっちを向いた。


「逆だよ、完璧だ」


 エーリク様は感心したように皿を見つめる。


「びっくりするくらい、どれも同じ成分が同じだけ含まれている。どこも不備なんてない」

「本当ですか!」


 よかった、と私は力が抜けそうなくらいほっとした。

 エーリク様はいつもとは違う目の輝かせ方をして笑った。


「君のいた薬草工房は今頃すごく困っているんじゃないか? いい気味だと思うけどね」

 

          ‡


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る