7、変わり者の匂いがする

「こら! クルト!」

「失礼ですよ、クルト」

 

 エーリク様とミレナさんが同時に嗜める。


 ——えっ、今の私のことだよね? ききききき綺麗?! 


 村ではあまり言われたことない言葉なので私は、照れるべきか驚くべきか困るべきか、どの感情を味わっていいのかわからなかった。つまり混乱した。

 ミレナさんはクルトさんの襟足を猫のように掴んで言う。

 

「ごめんなさいね、クロバーサの森には美しい魔物が住んでいるって噂を、王都で聞いたことあったのよ」


 私はすぐに納得した。

 クロバーサの美しい魔物。多分魔女のことだ。

 つまり私の祖母と母だ。

 村のおかみさんたちが二人と同じ化粧品をこぞって買いに来るくらい、美しいと評判の祖母であり母だった。

 私もついでのように、大きくなったらお母さんたちみたいになるよ、と言ってもらえることがあったけど、子供心にそれはお世辞だとわかっていた。

 祖母や母のように見るものを魅了する切れ長の瞳じゃないから。おそらく父に似た、丸い茶色い瞳の私は、愛嬌はあるとはたまに言われたが、祖母と母とは似つかない。


 ——気にしないでください。むしろ、祖母と母に並べてもらえて光栄です。


 察するところ、あのとき私を助けてくれたのはエーリク様なのだろう。

 対する私は正体不明の行き倒れ。

 クルトさんが不審がるのもわかる。

 そう思ったものの、今の私はそれを伝える術もない。目でミレナさんに訴える。

 ミレナさんは頷いて、クルトさんを部屋の隅まで持っていった。結構強い。

 そこまで考えて私はやっと不思議に思う。


 ——そもそも、ここ、どこ? 


 村にこんなお屋敷があったなんて知らなかった。というか、なかった。

 ここ、サシット王国クロバーサの村は、周囲を森と耕作地に囲まれた小さな村で、なんでもひとつしかない。


 学校も教会もひとつだけで、修道院はない。

 村を縦に流れるオルマ川には、水車小屋がひとつだけ、道沿いには、宿屋がひとつだけ。

 大きなお屋敷も、領主様のがひとつだけで、私が倒れた森と反対側にある。


 ——最初はここが領主様のお屋敷で、エーリク様が領主様かと思ったけれど、それにしては若すぎるよね?


 エーリク様は、フランツさんと同じくらいに見える。領主様はすごくお年を召していると聞いたことがあるから、領主様ではないだろう。この屋敷の豪華さからして、貴族であることは間違いないだろうけど。


 ——領主様のところに来たお客様かな?


 私の疑問をよそに、エーリク様はあっさり告げる。


「ここは最近手に入れた私の別荘だ」

 

 ——別荘?


「場所はそうだな、君たちの言うところの禁猟地のもっと奥だ」


 ——禁猟地!


 焦る私に、エーリク様は安心させるように付け足した。


「心配いらない。私が連れてきたんだから罪には問われない。君たちの領主にも話は通してある。しばらくこの辺りで試したいことがあってね。ちょうど移動してきたところだったんだ」


 私はほっとした。

 ユスの実探しをしていた辺りは共有地なのだが、禁猟地に勝手に入ると罰則があるのだ。


「まずは回復が先だ。ゆっくり休めばいい。その前にひとつだけ」


 エーリク様は、不貞腐れたような顔をして立っているクルトさんに言った。


「クルト、あれを」

「はい!」

 

 クルトさんが部屋の隅から何かを持ってきた。

 私に見えるようにベッドの上に掲げる。


 ——籠?


 あのとき、森で失くした籠だった。

 エーリク様は言う。


「これ、君のか? ああ、声は出さなくていい。そうだったら頷いてくれ」


 私は小さく首だけ動かして、頷いた。


「そうか、よかった!」


 エーリク様はほっとしたように笑った。


「これが転がってきたから誰か遭難していると思ってね。探したら、君がいた。君のじゃなかったらまた戻らなきゃいけないところだった」


 私のではなかったらまだ誰か遭難しているから、もう一度探すつもりだったのか。


 ——本当にいい人だなぁ……でも。

 

 かすかにしか覚えていないが、助けてくれたときは貴族らしい格好をしていた。

 それが今は、頭の後ろで無造作に髪をまとめ、ディーゴーさんやフランツさんが着るような調剤用のシャツによく似た服を着ている。

 品のよさはにじみ出ているが、どこか変わり者の匂いがする。

 

 ——薬師さんなのかな? いや、まさか。


 貴族がそんなことをするわけがない。たまたまそんな格好なのだろう。


 ——ああ、そうだ。それより、ユスの実が取れなかったんだ。困ったな。


 ぼんやりした頭で私は薬草工房のことを思い出す。しかし、いい考えが浮かぶわけもない。

 と、エーリク様が言う。

 

「少し触れさせてもらうけどいいかな」


 ——触れる、とは? 


 意図はわからなかったけど、丁寧に確認してくれたし、ミレナさんも何にも言わないので多分悪いようにはならないのだろう。ぼんやりした頭で私は頷いた。

 

「ありがとう、では、手首から」


 エーリク様は私の腕をつかんで手首の内側に指を当て、真剣な顔で何かを聞き取るかのように息をとめた。それから他にも額や首筋を指で軽く触れ、やがて笑顔になった。


「うん、熱はまだあるけど、大分回復しているみたいだ。薬を調合するから後でミレナに飲ませてもらって」


 この人、お医者さんだったのかと、私は納得した。

 村にはお医者さんはいなくて、代々続く産婆さんが代わりをしている。

 だかど、王都には難しい病気を治すお医者さんが何人もいて診察して薬を出すと聞いたことがあった。

 しかし、診察を終えたエーリク様は私の顔をまだじっと見ていた。


 ——き、緊張するんですけど。


 整った顔立ちの変わり者に見つめられて、私は動くに動けない。


「エーリク様? どうしました?」


 ミレナさんが不思議そうに問いかけた。


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