8、これ、ユスの実ですか?
エーリク様はハッとしたように答えた。
「失礼。知り合いに似ている気がしたんだ」
すると、ミレナさんまでエーリク様と同じように私を見る。
——こんな身分の高そうな人たちの知り合いに私が似てるの?
すごく気になったが、聞くことも叶わない。
「今考えることじゃないね」
エーリク様は微笑んで、
「とりあえず君は、治るまで寝ているように」
そう言い残して出ていった。
クルトさんが慌てて追いかけようとして、私の前で立ち止まる。
「勘違いするな」
——ん?
「お前、今、エーリク様のことお医者さんだと思っているだろ」
驚いて目を見開くと、クルトさんは意地悪く笑った。
「それ、全然違うから! でも教えてやんない! 気になりながら寝てろ!」
「クルト!」
ミレナさんが怖い顔でクルトさんを叱った。
クルトさんは大慌てて部屋から出て行った。
「まったく……エーリク様があなたに優しいから嫉妬しているんですね。後できつく怒っておきます」
嫉妬? なんで? と思いながらもベッドから動けない私にはどうしようもない。ミレナさんは言う。
「まずは薬を飲んで眠りましょう。お元気になったらエーリク様とまたお話する機会あるでしょうから、あなたのことはそのとき聞かせて。まずは喉と足を治さないと」
ミレナさんは私に薬湯を与えた。よくわからないまま、私はまた眠ってしまった。
‡
ルジェナが眠りについた後、ミレナは空になったグラスを手に廊下へ出た。
「エーリク様?」
なぜかそこにはエーリクがいた。なにか思い付いたのか、楽しそうに目を輝かせている。
「あの子は?」
扉の向こうに視線を送ってエーリクは言う。ミレナは答える。
「薬を飲んですぐ眠りました。回復に向かっているのでしょう」
「よかった……ミレナ」
「はい?」
「例の計画、あの子に協力してもらうのはどうかな」
ミレナは驚きを顔には出さず、考えた。結論はすぐに出た。
「本人の了承があるなら、よろしいかと」
「よし、一度聞いてみよう。回復したら話が出来るようにしておいて」
「かしこまりました」
‡
そして、数日後。
「あーあーあー。よし、声が出る!」
私はすっかり元気になった。
「喉も治ったし、足の腫れと痛みも引いた!」
ご厚意に甘えて豪華な浴場で入浴させてもらい、いつの間にか洗濯済みになっていたいつものエプロンと縞のスカートを身に付ける。杖と瓶、そして父の形見のペンダントも、もちろんちゃんと置いてくれていた。
「失礼します」
「どうぞ」
ぴかぴかの格好で応接室に入り、勧められるままエーリク様の向かい側のソファに座る。ふわふわだとはしゃぎたいのを我慢して、まずはお礼を言う。
「エーリク様、この度は大変お世話になりました」
「元気になってよかったよ。名前と年齢を聞いてもいいかな」
「ルジェナ・レジェク、十八歳です」
「ルジェナでいいかな?」
「はい」
エーリク様は今日も調剤用のシャツを着て、無造作に髪をまとめている。
でも声はとても優しい。あと、やっぱりとても整った顔立ちだ。心なしか周りの空気がキラキラしている。感心して眺めていると、エーリク様が聞いた。
「家族が心配してるだろう? ルジェナの無事を知らせるから家を教えてくれ」
「それは……その」
「どうした? 思い出せないとかか?」
エーリク様の声が心配そうなものになる。私は慌てて否定した。
「そうではないです! ちゃんと、覚えているんですけど、いないんです」
「いない? 家族が?」
「はい」
「家族同然の人は? 婚約者とか、結婚を約束した相手とか」
「い、いません!」
祖母や母が患者として出会った相手を伴侶に選んだことでもわかるように、村の男性は「魔女の家系」を敬遠しがちだった。なんだか尻に敷かれそう、というのがその理由だ。
そんな理由で遠ざかる男なんて相手にしなくていいと、祖母からも母からも祖父からも言われてきたから気にしていなかったが、それでなくても「赤毛の役立たず」の私だ。
婚約者などいるはずもない。
ハンスさんはいずれいい相手を紹介してやろうと言ってたけれど、出来ればひとりで生きていきたかった。
魔女の家系は不思議なことに、血が絶えると新しくまた別の家に魔女が生まれると言われている。私が子を持たなくても心配ない。
本当に、土地が選んでいるのだ。
「ルジェナ?」
「あ、すみません! つい、じっくり考え込んでました。絶対に婚約者はいません」
「なんかやけにきっぱり言うね? まあ、その方がありがたいけど」
——ん? ありがたいとは?
どういうことか聞こうとしたら、ノックの音がした。エーリク様が返事をすると、ミレナさんがワゴンを押して入ってくる。
「お茶をお持ちしました」
「やあ、ミレナ。ありがとう。ルジェナ、食べながら話そうか。ミレナも座るといい」
「恐れ入ります」
そう言ったミレナさんは、ケーキとお茶を一切の無駄な動きなく置いてから、私のとなりに座った。
「召し上がれ」
「ありがとうございます……でも、あの、これ」
手渡されたケーキを見た私は、さっきのエーリク様の発言など忘れるくらいの衝撃を受けた。
——まさか。
白いクリームの上に、見覚えのある赤い実が乗せられていた。
嘘でしょう、と思いながらミレナさんに聞く。
「あの、これ、ユスの実ですか?! しかも生食?」
「あら、そうよ。クリームに合わせると美味しいんですよ」
思わず窓の外に目をやったが、今日も雪が降っている。
「え? 冬ですよね? まだ、冬ですよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます