第2話

「私の友達にね」

誠子が3杯目のレモンサワーを一口飲んで、話し始める。

「トランスジェンダーの子がいるのね」

「うん。一度会ったよな、誠子の結婚式の時か。俺には女の子にしか見えなかったが」

「そう。綺麗だし、凄く可愛い恰好してるしね、いつも」

「うん」

「彼女も、家族にはトランスジェンダーだってこと言えてないんだって」

「そうか」

俺もハイボールを飲み干した。


「ちょっと前に、その子のお父さんが亡くなったのね。そしたら、彼女は喪主なわけ」

「うん」

「自慢の長くてサラサラだった髪も男の人みたいに短く切って、化粧も落として、男の人の喪服きて、男として家族、親族と話さないといけなくて、『俺』とか『僕』とか言わないといけなくて、本当に辛かった、って」

「辛かっただろうな……」

「思うのよね。何で、男の人は男の人じゃなきゃいけなくて、女の人は女の人じゃなくちゃいけないのか、って。なんでそこまでして、生物学的な性別を押し付けないといけないのかって」

「……」

「実際、彼女は、外側は男の人でも、中身は女の人なのよ? 柊平しゅうへいさくちゃんみたいに同性しか愛せない人たちだっているのよ? なんで、現実として受け止めないんだろうね、みんな」

「さあ……どうなんだろう」

「柊平は腹立たない? 私は腹が立つ」

「誠子にそう言ってもらえてるだけでも嬉しいよ。ありがとな」


「その子ね、お父さんが亡くなってから、お姉さんと妹さん、弟さんにカミングアウトしたんだって」

「え?」

「お母さんには流石に言えなかったらしいんだけど」

「大丈夫だったの?」

「ううん。妹さんと弟さんはショックだったらしくて、もう会いたくないって言われたらしい」

「そうか……」


「でも、お姉さんは、どこかで気付いていたみたいなの。だから、解ってくれたって、泣いてた」 

「一人でも解ってくれる肉親がいると全然違う。俺も誠子には感謝してる」

「あとの弟妹も少しずつ……時間はかかっても、解ってくれるようになればいいなあ、って」

「そうだな……」

俺は姉貴や妹に言えるだろうか? 母親に言えるだろうか?


 ため息をついた。



「柊ちゃんは、どうしたい?」

ベッドの中、俺に背を向けて、朔がポツリと呟く。

「どうしたい? とは?」

「俺はいいよ? 柊ちゃんがそうしたいなら……」

「どういう意味だ?」

「帰って、親父さんの会社継いで、女の人と結婚しても」

「何言ってるんだ? こら、朔、こっち向け」

「柊ちゃんの人生の邪魔者にはなりたくないんだ」

「こら、朔、何だ、突然?」


 無理矢理、朔をこっちに向かせた。朔の頬を涙が流れる。引き寄せて思いっきり抱きしめた。

「何馬鹿なこと言ってる? 朔が邪魔なわけないだろ。そんなこと考えたこともない」

「だって、お父さんの会社どうするのさ? 柊ちゃんの後継ぎどうするのよ?」

また朔の頬を涙が流れて落ちる。

「馬鹿だな。俺がどうやって女に反応できるの? 無理だろ?」

「だって……」

「心配しなくていい。朔、お前だけだから。愛してるから」

「俺も。柊ちゃんしか愛せない」

朔は、俺の胸に顔を埋めて泣いた。


 誰に解って貰えなくてもいい。俺には朔しかいない。覚悟を決めた。

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