「普通」の恋って何だろう?
緋雪
第1話
「え?
「うん。なんかなあ、親父がヤバそうで」
「ふ〜ん。病気なの?」
「前から良くはなかったらしいんだが」
「そっか。じゃ、たまには、元気な顔見せてあげなよ」
朔は何も疑ってないようだった。
「あ、俺、今日、帰るね。明日1限からあるから」
朔は大学生だ。時々、自分の部屋に戻る。
「一緒に暮らすわけにはいかないもんね」
そう言いながら上着を着る。行かせたくない気持ちが俺の理性を吹き飛ばす。
「泊まっていけ」
帰ろうとする朔の背中から抱きしめる。
「あはは」
「暫く会えないんだぞ?」
「大袈裟だなあ。でも、そんな柊ちゃん可愛い」
朔は振り返って軽くキスをする。バニラ味。
「冷凍室のアイス食ったろ?」
「バレた? じゃ、逃げま〜す」
愉快そうに笑うと、朔は帰っていってしまった。
「
父が言った。まだ70代前半とは言え、病には勝てそうになかった。随分痩せて、一気に老け込んでいた。
「次課長クラスになると、そう簡単にもいかないんだよ。父さんが一番わかってるでしょ?」
「お前の務めている会社は大きい。お前の代わりは幾らでもいる。」
「そうかもしれないけど!」
「うちの会社を継げるのは、お前しかいない。そんなこと、お前もわかってるだろう?」
そんなことは最初からわかっていることだった。
「こっちに戻ってきて、早く結婚して、家庭を持って。私だって、早く孫の顔が見たいわ」
母もそう言った。
「……少し、考えさせて欲しい」
俺はそう言うしかなかった。
実家から逃げるようにして帰ってくると、朔が台所で何かしていた。
「来てたのか」
「うん。
「そうか」
「お父さん、帰ってきて会社継げ、って?」
「え?」
「誠子さんに聞いた」
「そうか……」
上着をハンガーにかけただけで、疲れ果てて、俺は、そのままソファに寝転んだ。
「お疲れ様。何か飲む?」
「ミネラルウォーターでいい」
「はい、どーぞ」
ミネラルウォーターを持ってきた朔の腕を引っ張って、抱きしめた。
「あはは。強引だなあ。おかえり、柊ちゃん」
朔は軽くキスをする。それを逃すまいと、朔の唇を深く長く奪った。
ピーピーピーピーと音がした。
「ご飯炊けたね」
俺の唇から離れて、朔が笑う。
「お風呂入れてくる。先にご飯食べちゃおうよ」
何で、こいつはこんなにマイペースなんだろう? 何で俺をもっと強く求めてくれないんだろう? そう感じながら、朔の提案に従った。
「ねえねえ、今のセリフさ、新婚さんみたいじゃない?」
楽しそうに笑う。
「新婚さん」……母の言葉が重くのしかかっていた。
俺は商社の営業次課長をしている。34歳。もう結婚するには遅いくらいの歳になりつつあり、同期や友人たちからも、「結婚しないのか?」と言われるようになっていた。どう見ても男だし、いや、ホントに男なんだけど。
朔は大学3年生。21歳だ。中性的な顔で、身長は俺より10センチ近く低いが170はあるだろう。いかにも、な、イケメンというよりは、少し少年っぽさを残す。どちらにせよ、女の子にキャーキャー言われているらしい。男女問わず友達は多いが、どう見ても男。いや、こっちも間違いなく男なんだ。
男が男を愛することを、漫画や同人誌の中ではBLとか持て
「誠子さんが言ってた。『伯父さんは柊平に会社を継がせたいって言ってるし、伯母さんも早く結婚して、孫の顔を見たがってる』って」
「そうか」
誠子にもらったおかずで、夕飯を食べながら、朔の話を聞く。誠子は、俺の2歳違いの
「柊ちゃん、どうするの?」
「そうだなあ……」
「お父さんの会社継げても、柊ちゃん、結婚無理でしょ?」
「だよなあ……」
「結婚できても、相手が女の人じゃねえ……」
「ホントに。困ったもんだな」
洗い物を済ませた朔が、背中から抱きつく。
「いいよ。今日のところは、難しいこと考えるのやめよ」
「そうだな」
「一緒にお風呂入ろ。で、思いっきりやろう!」
「元気だな」
朔の髪をクシャクシャにしながら、俺は笑った。
とりあえず、今は、考えたくない。今は、朔と果てるまで愛し合いたかった。
誠子に飲みに誘われた。
「伯父さんの会社、継ぐの?」
「継ぐだけならできるんだがなあ」
「そうよねえ」
誠子は、俺と朔との関係を知っている。俺の恋愛対象が男でしかないことも。家族も知らないことを、唯一、誠子だけが知っている。
「どうしても後継者を作らないといけない程の会社なのかな」
俺が言うと、誠子に真面目な顔で叱られた。
「伯父さんが一生懸命、先代から受け継いだ会社よ。そんな風に言ったらダメでしょ」
「悪かったよ。言い過ぎた。だけど、俺が継いだところで、そこまでだぞ? そこから先は無理だぞ?」
「そうよねえ」
二人してため息をついた。
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