「普通」の恋って何だろう？

第3話

「何？　何言ってるの、あんた……？」

姉が震える声で言う。妹は黙っている。言葉も出ない感じだ。

「俺には恋人がいる。男の、だ」

「嘘？　何？　どういうこと？　いつから？　ねえ、どうして今まで隠してたの？　どうして今になって言うの？」

姉がヒステリックに言う。

「もし、父さんの会社を継いだとしても、その後の後継ぎは、俺には作れないってこと。もう隠さずに言ってしまおうかと思って」

「……女の人じゃ無理ってこと？」

「うん。」　

「……なんでそんなことに……」

「父さんと母さんに話すよ」

「待って、待って待って！　せめて、お父さんには伏せておいて」

「父さんに嘘をついて、俺の代で結局会社を潰すの？」

「……お父さんに言うつもり？」

「お兄ちゃん、お父さんの気持ちも考えてあげて。そんなこと言ったら、お父さん、どれだけショックを受けるか。病気も一気に進行するかも知れない」

妹が泣きそうな声で言った。　

「そう……だな。」

「私はお兄ちゃんのこと、理解してあげたいよ。今は突然すぎて、まだ無理だけど……」

「そ、そうね。今は、もうそういうセクシャルマイノリティの人たちへの理解も随分進んできたわ。それは、わかるの。頭ではね」

姉も言った。

「でも、まさか、自分の弟が……って思うのよ。気持ちがついていかない」

「だよね」

「だから、私達の気持ちが落ち着くまで少し待ってくれないかな？　お母さんには一緒に話す」

「父さんには？」

「……お兄ちゃん、それは酷（こく）過ぎると思う。お父さん、まさか、お兄ちゃんの代で会社が終わっちゃうなんて、全く思ってないよ」

「そのことなんだけど……俺、帰ってこなきゃダメかな……？」

「何言ってるの？　百歩譲ってよ？　女の人じゃ無理っていうんだったら、養子でも貰えばいいじゃない。なんで、その彼氏とやらに拘（こだわ）るの？」

「……姉さん、それ、同じこと自分に言われたら、どう思う？」

「どう……って、私は普通の生活してるじゃない。普通なの！」

「じゃあ、俺は『異常』なんだね？」

「そ、そんなこと言ってないでしょ？」

「『普通』に考えてもいいさ。自分には本当の恋人がいるのに、家のため、親のために帰ってこい、別の男と結婚しろ、子供ができないなら養子取れって、言われてるのと同じなんだぞ、今、俺」

「……」

姉は黙った。妹も俯（うつむ）いたまま黙っている。

「そう易々（やすやす）と『理解してる』、とか言わないでくれ」

　部屋に帰った。今日は朔は来ていない。きっと今日の俺は酷い顔をしているだろう。朔にそんな顔を見せなくて良かったと思った。

「新田（あらた）、彼女いねえの？」

同期会の飲み会で仲間から聞かれる。

「そうだな〜」

適当に誤魔化そうとする。

「お前、ホントは、彼女じゃなくて彼氏いるんじゃねーの？」

酔っ払って、からかうように言う。

「馬鹿言うなよ、いい子いたら紹介してくれよ」

「お前、女とできるんだろうな？」

あははははは

この所謂（いわゆる）「普通の」会話がどれくらい苦痛か、考えてみたことがあるのか？俺は早くこの場を去りたいと思った。

　なんで恋人が同性ってだけで、隠さなきゃならないんだろうな……。

　用があるからと、早目に飲み会を抜け出し、朔に電話する。

「どうしたの？　こんな時間に電話。珍しいね。」

「今、どこにいる？」

「自分の部屋。」

「会いたいんだ。」

「どうしたの？　何があったの？」

「会えないか？」

「わかった。柊ちゃんち行くよ。」

「いや……外なんだ。朔んちの方が近い。」

「無理だよ。うち、壁薄いから。……どうしたの？」

「早く……早く、朔に会いたい。」

だだをこねる子供のようだと自分で思いながら、感情を抑えることができなかった。

「柊ちゃんの部屋に行くよ。それじゃダメ？」

「わかった。」

「そっか。それでか。」

感情のままに、いつもより激しく求めてしまった。

「すまない。」

朔のふわふわした髪を撫でながら言う。

「いいよ。気にしないで。俺も、同じシチュエーションなら、キツイかもしれないじゃない。」

「朔は、女の子たちとも仲がいいからな。疑われることも少なくないんだろうけどな。」

「そうでもないよ。」

そう言って、朔は黙った。

「そうか……ごめん。」

俺は朔を抱きしめた。朔も、同じ、なのかもしれない。こいつの方がずっと若い分、周りに遠慮なくいろいろ言われているのかもしれない。

「大人気なかったな、悪かった」

「いいよ。俺は、柊ちゃんが一番大事だもん。会えたら嬉しいに決まってるでしょ」

朔は楽しそうに笑った。

何でなんだろう。何で、俺たちみたいな関係を散々美化したがる反面、実際にいたら「異常」だとか思われなきゃならないんだろう。何で隠さなきゃならないんだろう……。