109作品目

07話.[つまんないわね]

「もう、無防備なんだから……」

　それとなにも掛けずに寝てしまったら風邪を引いてしまうというのに真織ときたら困ってしまう。

「真織、部屋まで運ぶからね」

「……待ちなさい、その前にあんたのしたいことをしなさい」

「別にいいよ、真織と過ごせただけで十分だ」

　起きているのは分かっていた、無防備だと言った際にちょっと動いたからだ。

　僕で遊びたくてそういうことをしているわけではないというのは分かっているつもりだけど、そんなことしなくていいからと言いたくなる。

　そうでなくても真織は危険なことを口にしたからだ、相手が弟だからってなんでも無事に終わるわけではないというのに……。

「お姉ちゃんとして少しぐらいは発散させてあげようとしているのよ？」

「というか、起きているのなら普通に反応してよ……」

　また重ねてきた、どういうつもりなのだろうか。

　仮に僕がそういう意味で好きだったのであればその相手からこんなことを言われて嬉しく感じないわけがない。

　ちゃんと絶妙なラインを見つけなければならないことだけど、うん、絶対にそういうことになる。

「こういうときでもないとあんたは我慢しようとするでしょうが」

「それなら抱きしめさせて、僕はそれだけで十分なんだ」

「本当に？　本当にそれだけでいいのね？」

　試されているということなのだろうか。

　そ、それであっても大丈夫だ、調子に乗ったりはしない。

　僕のことを考えて真織が言ってくれているのだから僕も真織のことを考えて行動するべきだった。

「うん」

「じゃあはい、好きにしなさいよ」

　すぐに終わらせて部屋まで運んだ、風邪を引いてほしくないからこれでいい。

　ちなみに真織は何故か納得がいかないとでも言いたげな顔をしていたけど、気にしないでおやすみと言って出てきた。

「はあ～」

　僕からすれば真織も二木さんも変わらない、どっちも大胆で怖い存在でもある。

　内にあるそれを抑えて抑えて、それでなんとかいつも通りを心がけているのに壊そうとしてくる存在達だった。

「喧嘩でもしちまったのか？」

「ううん、眠そうだったから真織を寝かせただけだよ」

　誰でもいいから相手をしてほしかったので、その中で唯一可能な千葉君に電話をかけた。

　利用するみたいになって申し訳ないけど、仕方がないことだと片付けてほしい。

「どうでもいいだろうがこっちも特に問題はなかったぞ、あ、もう別れているけど」

「いまから会えない？　まだ寝るには早いからさ」

「分かった、じゃあ行くよ」

「いや、僕がそっちに行くから」

　頼んだうえに来てもらうなんてできない、相手をしてもらえるのならこちらから動くに決まっている。

「悪いな、結局誘惑に負けて参加できなくて」

「いやいや、あそこで断るようだったら逆に心配になるからさ」

「好きな子から誘われたらさ」

「仕方がないよ」

　一度決めたら変えない子じゃなくてよかったとしか言いようがない。

「でも、やっぱり真樹のことばかりでさ」

「思わせぶりなことをしたりとか言ったりとかは断じてしていないからね」

　名字呼びを続けていたのもそういうことだ。

　本当のところを言っておくと友達の友達レベルでよかったんだ、変に仲良くするとああいうときに断りづらくなるから。

　中途半端、強気になりきれない人間だからだった、だからきっかけを作らないように気をつけていたわけなんだけど……。

「ああ、別に穂波や真樹が悪いわけじゃないからな」

「これからも分かりやすく行動していくよ」

　他の子にも、真織に対してもだ。

　自分のしたいことをとにかく優先していく。

「真織に対してもか？」

「それはもう十分やっているんだけど……」

　あれは分かっているからこその発言なのだろうか。

　でも、分かっていたらそれこそ距離を置きそうな気がする。

　血の繋がった姉弟だからだ、ありえないことだからそういう風にするはずで。

「まあいいや、俺は自分のことに集中しないといけないからな」

「そっか」

「ジュースでも飲もうぜ、奢ってやるよ」

「ありがとう、いまは持っていないから次に会ったときに返すよ」

「いやいい、俺だって話せて少しすっきりできたからさ」

　それならと貰って飲ませてもらった。

　自分で選んで冷たい飲み物を買ったけど、美味しいけど内側がよく冷えて微妙な気持ちになった。

　なにか失敗をしたとかそういうことでもないのだから普通に温かい飲み物を買っておけばよかったと後悔したけどもう遅い。

「真樹、俺は穂波が好きだ」

「うん」

「だけどひとりじゃどうしようもないときがあるかもしれない、そのときは……」

「真織もいるから大丈夫だよ」

「そうか、ありがとう」

　こっちもちゃんとお礼を言ってここで終わりにした。

　元々長時間話すつもりはなかったのと、彼にだって風邪を引いてほしくないから。

　いらないだろうけど家まで送って、そこからは家まで走った。

「ただいま」

「おかえり、不良さん」

「眠たいのに無理をしちゃ駄目だよ」

「いや、まだ二十一時にもなっていないからやめたのよ」

　彼女はこっちのお腹に拳を優しく突きつけてから「私も誘いなさいよ」と。

　ちょっと拗ねたような顔をしていて、そんな顔も可愛くて笑ったのだった。

「掃除をしますから起きてくださーい」

「うわあ！？」

　今年は自分の部屋だけではなく他の部分の掃除をするために行動していた、真樹の部屋に移動したのは自分の部屋の隣だからだ。

「ん？　ふふ、あんたも男の子なのねえ」

「あ！？　み、見ないでっ」

　とりあえず床を掃いたりしていく。

　ただ、普段から奇麗にしているためかやりがいというものが全くなくてつまらない結果となった。

　だからどうしてもなにかがあってほしくてベッドの下なんかを探してみたわけだけども、結局なにかが見つかることもなく終わったという……。

「アレな本とかないわけ？」

「ないよ、未成年なのに買えるわけないし」

「つまんないわね」

　全部やったということにして次は廊下、階段、一階の廊下と手を休めることなく奇麗にしていく。

　なかなかに悪くはない過ごし方だ、よく歩く場所だから奇麗になればそれだけで心地がよくなるわけだしね。

「そうだ、あともうちょっとしたら買い物に行きましょ」

「分かった」

　昨日は自費だから買うことができなかったというだけ、不効率なことは確かだけど仕方がないことというのはあるのだ。

　さすがに毎日のご飯のために自分のお金を使うことなんてできない、そこまで聖人というわけでもない。

　私にできるのは掃除とかちょっとした家事だけだ、まあ、弟に全部任せているというわけでもないから申し訳なくなったりすることもなかった。

「あ、ちょっと出てくるよ」

「よろしく」

　ソファに座ってちょっと休憩、体がおばあちゃんになってきているのかちょっとしかしていないのに疲れてしまう。

　間違いなく運動不足が影響しているけど、敢えて寒い中外に出て運動なんてしたくないからどうしたものか……。

　お腹に貼るだけでなんちゃらとか、運動ができるゲームを買ったところで続かなければ意味がない。

　興味を持ったら買って確かめるという人間性であってもこれは無駄だなとなって商品棚に戻す物などはそれなりにあった。

「真織、二木さんが来たんだけど」

「あんたに用が、じゃないのね」

　真樹はそのまま二階へ上がり、穂波だけがリビングに入ってきた。

　目の前まで歩いてきて、座ったらと言ったら静かに横に座った。

「真樹君とは昨日、どうだったの？」

「食べ物を買ってきて食べただけね」

「じゃあ本当にいつも通りって感じなんだ」

「そうね、去年とかその前とかと全く変わらないわ」

　両親がいることはなにか悪いことでも起こらない限りはありえない。

　だからいつもふたりきりで、私にとってそれは普通のことだった、真樹は真樹で友達に誘われていても断って必ず家で過ごすからだ。

　とはいえ、穂波から誘われた今年は違う結果になるかなと思っていたけど、残念ながらなのかいいのか、真樹は依然としてこっちを選んだことになるわけで。

「真樹君って真織のことが好きなの？」

「まあ、人としては好きなんでしょうね、そうでもなければ穂波とか他の女子の誘いを受け入れているでしょ」

「じゃなくて、女の子として好きなのかなって」

「んー、最近の行動や言動だけで判断するのならありえない話じゃないわね」

　告白をされたらそのときの私がどういう風に反応するのかは分からない。

　後悔しないならいいわと言うのかもしれないし、やめておきなさいと言うのかもしれない。

　仲が良くても彼女のことが好きな千葉しかいないし、私は他の男子から求められるような人間でもないからそのことで悩まなくていいのは楽だった。

　無駄に敵も作らない、あ、真樹のことを気に入っていた女子からしたらどうかは分からないけども。

「他の子に取られるぐらいなら真織に取られた方がいいって思ったんだ」

「そうなのね」

「うん、それに私は叩いちゃったから……」

「叩くのはやりすぎね」

「あとは……ちょっと最低だけど広人が求めてくれているというのもあるよ」

　じゃあ千葉は悲しい気持ちにならなくて済むのか。

　クリスマスも好きな相手と過ごせたわけだし、結構厳つい感じの千葉が涙目になるようなことはなくなるということか。

　友達としては普通にいいことだと言えた、穂波のそれは叶っていないことになってしまうけど。

「だからさ、真樹君が求めてきたら受け入れてあげて」

「まあ、そうなったらね」

「うん、言いたいことはそれだけだから」

「って、私に謝罪はないのね」

　物理的に傷つけたわけではないからいいということ？　あ、私がそうねとか認めてしまったからか。

「……だってあれは事実だもん」

「酷いわねえ」

「酷いのは真織だよ、真樹君を独占して」

「独占なんてしたことないけどね」

　私のイメージが決まってしまっているからこの話をしても延々平行線だ。

　なので、これでこの話は終わりにしておいた。

「こんばん――」

「真樹、行きましょ」

「う、うん」

　あれから毎日のように来ている穂波さん。

　千葉も連れてくればいいのにひとりで来るから少し心配にはなるものの、あまりに未練たらたらで面倒くさいから今回は無視をすることにした。

　ちょっと近くの神社に行くというだけだから問題ない、相手がいなければあの子はひとりで行って帰るだろう。

「ちょっと真織っ」

「静かにして、年内最後の日ぐらい落ち着けないのかしら」

　毎回こういう感じだから相手をするのは疲れる、三人でいる場合は真樹も強気な態度ではいられないから止めてくれないし。

　だからそういう点でも千葉と来てほしかった、常識人で止めてくれる存在がいるだけで多少は安心してそこにいられるからだ。

「むきー！　なんかむかつく言い方だね！」

「近所迷惑よ、それ以上騒ぐようなら千葉を呼んで連れ帰ってもらうわ」

「すればいいよ、真織には広人といてもらうから」

「別にいいけど？」

「と、取ろうとするなんて最低だっ」

　どうすればいいのよ、なんで最近はこうなんだか。

　とにかく、これ以上騒がしくすると本気で「うるせえぞ！」とか言われそうだったから千葉を呼んだ。

　受け入れてくれたうえにすぐに来てくれたので、真樹は穂波に任せて千葉といることにした。

「穂波が悪い」

「あんたも好きならもっと一緒にいなさいよ」

「それが連絡をしても反応がなくてさ、家に行ってみても出かけてるって言われてどうしようもないという連続なんだ」

「私の家に来ればいいわ、最近は毎日来ているから」

　未練たらたらでもべたべた触れるわけでもないし、一応ちゃんと絶妙なラインというのが分かっているみたいだ。

　だから真樹も普通に相手をしている、もしべたべた触れてくるようだったら離れているだろう。

「いまだから言うけど、穂波がいなかったら間違いなく真織を選んでいたぞ」

「穂波がいなければ私達は関われてもいなかったわ、だからそんなことを言われても嬉しくないわよ」

「はは、もしもの話だよ」

　もしもの話か、それならいくらでもできる。

　私としても千葉は悪い存在ではないからそうなっても面白かったかもしれない。

　真樹みたいに優先してくれそうだしね、喧嘩とかをしなければずっと近くにいてくれそうで安心できそうだった。

「「はあ～、このふたりが集まるとすぐにこうだから困るよ……」」

「真織はいい存在だからな」

「千葉だってそうよ」

「「はあ～」」

　一応気にするあたり、穂波の中での千葉の存在は大きいということだ。

　まあそりゃそうだろう、幼馴染で小さい頃からずっといるんだからこれこそ普通のことだ。

「やっぱり真樹君は返すから広人は返して」

「自由にしなさい」

　離れることになって、移動した先で腕をぎゅっと掴まれた。

　見てみると分かりやすく不満そうな顔をしている真樹、別にからかいたくてあんなことを言ったわけではないけどと言っておく。

「真織は二木さんと同じだ」

「いまの穂波と同じ扱いなのはちょっとどころかかなり悲しいんだけど」

「だって意地悪をしてくるからね、千葉君もその点は同じだけど」

「千葉がそんなことをするのは無理よ」

　涙目になってしまうぐらいなんだから、真樹はちょっと冷静になった方がいい。

　人間性的にはという話だ、そもそも絶対にありえないことなんだからね。

「真織に男の子を近づけさせないようにしないと」

「あはは、それなら簡単ね」

「いやいや、千葉君が一番のライバルだからね？」

「あれを見なさい、あんな雰囲気を出しているのに私のところに来ると思う？」

「千葉君なら来るよ、真織のことを気に入っているから」

　これも延々平行線になる話だから終わらせて真樹の頬を掴む。

「ふぁ、ふぁに？」

「落ち着きなさい」

「わひゃってゃから」

　離したら「痛かった」と大袈裟に言ってくれた真樹。

　そんなに力は込めていない、ちょっとこっちを見てほしかったというだけだった。

　表情で揺さぶってくるそんな相手なら同じようにするのが一番だったからだ。

「変わったらすぐに帰るわよ」

「うん、寒いからね」

「それなのに敢えて出てくるなんておかしなことをしているわよね」

「いいんだよ、そういうことも含めて楽しめばいい」

　結構余裕を持たないで出てきたから割とすぐにその時間はやってきた。

　帰路に就きつつ挨拶をする、じっと留まっているのは辛いから仕方がない。

　一応あのふたりにも挨拶をしてから神社をあとにし、家に着いたらすぐに部屋に移動して布団にこもる。

　素晴らしい、なにが素晴らしいってこのもふもふしている布団だ。

　すぐに期待に応えてくれる、時間も相まってこのまま寝てしまいそう……。

「さてと、今日はまだ起きていようよ」

　でも、必ずそんな感じで邪魔をしてくる存在が現れるのだ。

　布団から顔を出して見てみると「さっきまで暗いところにいたからよく見えるよ」なんて呑気なことを言っていた。

　こうなったらと布団の中に連れ込んで目を閉じる、そうしたら意外にも静かになってくれた。

「じゃ、おやすみ」

「えぇ」

　それからぐっすりと寝て、いつもより二時間ぐらい遅い時間に起きた。

　体を起こして確認してみると隣でなんとも言えない顔で寝ている真樹がいた。

　連れ込んでおいてあれだけど、移動すればよかったのにと言いたくなる。

　枕は全部こっちが使っていたし、どう考えても自分のベッドの方が寝られるだろうからだ。

「んー、なんか変わった感じがしないわね」

　まあいいか、朝ご飯でも食べることにしよう。

　私達はおせちとかを作って食べる派ではないから今日もご飯とお味噌汁だ。

　いつだってこれでいい、初日から頑張っても疲れてしまうだけだからね。

「おはよー……」

「おはよ、ご飯注いであるから」

「ありがとう、だけど真織はやっぱり意地悪だ」

「はいはい、いいから食べなさい」

　これまた初日から同じようなやり取りをするのは疲れるから躱させてもらう。

　正直に言ってしまえばどこが意地悪なのかとぶつけたくなることではあったけどね。