06話.[苛めてくるもの]

「あと三日でクリスマスー」

「それ関連のことで微妙なことがあったのによくハイテンションでいられるわね」

「それ関連の微妙なこと? ああ、すぐに止められなかったのは確かに微妙だね」


 駄目だこりゃ、叩かれたことは記憶からなくなっているらしい。

 まあ、いい思い出ではないから忘れたくなるのも仕方がないけど、一週間以上前のことというわけでもないから心配になる。


「過去のことはもう変えられないから終わらせるとして、真織にあげるプレゼントを買いに行かなくちゃいけないね」

「あんたはなにが欲しいの?」

「真織の時間かな、物よりもそっちの方がいい」


 叩かれてしまったことでおかしくなった、というわけではないのだろう。

 となると、あの極端な行動が彼の足を引っ張っているということか。

 自分の安易な行動のせいで良くなるどころか悪くなっているという事実を前に、


「あのさ、この前からなんなの?」


 今回は黙らずにぶつけることとなった。

 去年も一緒に過ごした私達だけど、絶対になんて言葉は一回も使わなかった。

 落ち着けるから、楽しめるから、気を使わなくて済むから、クリスマス付近になったらそうやって言ってくることも増えたけど、うん、絶対になんて言わなかった。

 誘われたら他を優先しなさいと言ったときでも「誘われたらね」と言っていたぐらいなのに……。


「あんたの中でなにがあったのよ、ちょっと前まではここまでお姉ちゃん大好き弟という感じではなかったじゃない」


 正直、恥ずかしくて逃げたいぐらいだった、それこそ弟にぶつけることではない。


「あくまでいつも通りだよ、僕はこれまでも同じような感じでいたでしょ?」

「そう? もうちょっとぐらいは他の子を優先して動く子だったけど」

「あー、じゃあ違うのかもね」

「なによそれ……」


 自分のことなのに適当すぎる、そんな感じではこちらが困ってしまう。

 どう動けばいいのかも分からなくなるから気をつけてほしかった。

 もし私のことを好きでいてくれているのならなおさらのことだ、人としてでしかないけど好きならね。

 まあ世の中には敢えて好きな相手を困らせようとする厄介な存在もいるだろうけども、真樹はそういうことをする子ではないから安心できる。


「まあまあ、真織は嫌じゃないんでしょ?」

「嫌じゃないけど、心配になるのは確かだわ」


 こちらが頼んだわけでもないのに無理して一緒に過ごし続けて爆発、なんてことになったら嫌なのだ。

 もう何度も何度も言ってくどいけど、私と真樹では全く違うというのもある。

 複数人から求められるかもしれない人間とそうではない人間とでは誰が見ても同じように感じるはずだ。


「それはこっちが言いたいことなんだよなあ」

「ん、なんでよ?」


 ごちゃごちゃ考えていたのに何故か一気に吹き飛んだ――いや、何故かではない。

 最近だけで言えば全く問題なんて起こしていないし、巻き込まれてもいないのに心配になるっておかしい。

 少なくとも真樹からは言われたくない、叩かれたからってこそこそあんな時間に帰ってきたくせになにを言っているのかという話だ。


「内緒、僕だってなんでも真織に言えるわけじゃないからさー」

「ふーん」

「そんなことどうでもいいからお店に行こうよ」

「は? どうでもいいってなに――ひ、引っ張らないでっ」

「いいからいいから、ほら行こー」


 というかまだ三日もあるのに急ぎすぎよという目で見ていたらこの前の穂波みたいに「そんな顔をしないでよ」と。

 しかも悲しそうな顔をしているし、簡単に言ってしまえばずるい。

 表情で揺さぶろうとするのは悪いことだ、で、注意しなければならないところなのに受け入れてしまうという情けないところを晒している。

 もうこれからは真樹が兄ということにしておこう、双子なのだから無理がある話というわけでもないだろう。


「おお、奇麗だ」

「値段的に無理よ」


 指輪とかそういうのはいつか好きな人ができたら頑張って買えばいい。

 妹と見たところで無駄だ、店員的にも嫌だろうから腕を掴んで離れる。


「せっかく真織にプレゼントしたときのことを妄想していたのに」

「それだけ想像力豊かなら家でもできるわよー――あ」

「どうしたの?」

「これ、可愛いわ」


 商業施設だからそんな縁のない物が売っている近くに案外興味を持てる物が売っていたりするのだ。


「クリスマスプレゼントとしては弱いしなあ」

「別に買ってもらおうとなんてしていないわよ」


 それこそクリスマスになったら両親の給料日でお小遣いを貰えるからそのときに買おうと決める。

 おっとなってしまったのなら仕方がない、我慢をすればするほどストレスになるから買ってから確かめる。

 だから部屋は狭くなる、そして、掃除をするときには他よりも大変になるわけだ。

 でも、楽しいからやめられない。

 部屋だけではなく他のスペースまで利用することになっているというわけでもないから文句を言われることはなかった。


「でも、真織がちらちら見ちゃっているからこれが正解なのかもしれないね。真織、これでいい?」

「って、それは間違いよ、ちらちら見てなんかいないわ」


 むしろ堂々とガン見している。

 だって目の前に商品があるのにちらちら見ていたらやばいだろう。

 んー、だけどこれは高いというわけでもないし、自分で選ばせたら変なのを買ってきそうだからこれにすることにした。

「それじゃあお会計を済ませてくるね」と離れた真樹にため息をつきつつ、適当にぶらぶら見て待っていた。


「はい、クリスマスプレゼント」

「どうせなら当日がいいわね」

「分かった、真織は結構そういうのを拘るよね」

「今日のあんたは意地悪ね、短時間で何回も言葉で苛めてくるもの」

「え、な、なんでそうなるの……」


 意地悪な人間は放っておいて違うところを見ていく。

 あんまり行かない場所だからとケチくさい思考からしていることだ。

 とはいえ、見ているだけなのは合わないから真樹が欲しい物を探して購入し、こちらは渡してから帰路に就く。


「食べ物とかは当日に買えばいいし、それまではゆっくりできるわね」

「あの、なんで僕には渡したんですか?」

「そんなのどうでもいいじゃない、自分だけが買うことになったなら文句を言いたくなる気持ちも分かるけどね」


 貰っておきながら返さないなんて人間ではない、他よりも時間がかかるけどちゃんと返していく。

 その前に離れてしまったのであればもうどうしようもないけど、いてくれる相手にはそうやってして生きてきた。

 たかが知れているけどね、それでも返さないよりは絶対にマシだ。


「してほしいことがあったら言いなさい、私にできることならするから」

「え、いいのっ?」

「……なんかやらしいことをしてきそうね」

「し、しないよっ」


 じっと見ていたら「さ、寒いから早く帰ろう!」と逸らそうとする真樹君。

 そういうことをしようとしていましたと言っているようなものだった。




「って、そんなわけないじゃない」


 どこに姉に変なことをしようとする弟がいるのか、という話だ。

 残念ながら妹にはなれないから戻したけど、うん、絶対にそれだけはない。

 いや、あったら驚くという話か。


「いやらしいことか、真樹はそんなことしないだろ」

「それ」

「穂波だったら嫌だ嫌だと躱そうとする真樹に強引にキス、とかあるかもだけどな」

「叩くよりは、いや、どっちも駄目ね」

「そうだな」


 紅茶を飲んで自分を落ち着かせる。

 ただ、恋愛脳というのもあってもしそういうことになったらその後はどうなるのだろうかと気になっている自分がいた。

 あれだけ露骨にこっちを優先しているのなら余計に悪化するだけかな? 真樹でも「最低だ」ぐらいは言いそうな気がする。


「ちなみに俺はやっぱり無理そうで悲しいよ」

「あんたも参加したらいいじゃない、真樹も千葉ならいいでしょ?」


 何人になろうがこっちは構わない、千葉は友達の友達ではなく友達だからだった。

 私達と過ごしたからといってなにもかもを忘れて楽しめるというわけではないだろうけど、ひとりで家で過ごすよりはいいと思う。

 私が同じ立場だったら自爆してしまうからというだけではあるものの、うん、悪くはない提案のはずだ。


「うん、いいよ」

「え、じゃあなんで穂波――あ、ふたりきりに拘ったからか」

「それもあるし、僕は二木さんのことがそういう意味で好きじゃないからだよ。求められても受け入れることは絶対にないから安心してよ」

「な、なんか逆に安心できねえ……」


 いや怖いわ、これならまだやらしいことを考えてくれていた方が健全な気がする。

 だってそうでしょ、なんにもないのに同級生の可愛い女子より姉を優先するわけがない。


「それなら参加させてもらおうかな」

「気にしなくていいから参加したいなら参加しなさい」


 参加するならメンバーに合わせた量の食べ物を買ってくる。

 でも、参加を決めたからにはしっかり約束を守ってほしかった。

 当日にやっぱりやめる、なんてのはありえないのだ。


「おう、いつもありがとな――なんで俺は腕を掴まれているんだ?」

「ちょっとあっちで話そうか」

「別にそれはいいけど」


 真樹が千葉を連れていきリビング内にひとり残ることになった。

 紅茶はとっくに終わってしまっているから適当にぼうっとして待っていた。

 私にも言えないことがあるらしいからその言えないことを千葉に話しているのかもしれない。


「ただいま」

「おかえり」


 帰らせたとかそういうこともなく千葉も横に立っている。

 そんなに聞かれたくないならスマホを利用すればいいじゃないとぶつけるべきなのかどうか迷った。


「真織、真樹ってちょっと馬鹿だな」

「ちょ!? な、なんで馬鹿って言われているの僕は……」


 で、何故か馬鹿と言われている真樹君。

 それだというのによく私の前で見せるような悲しそうな顔にはなっていなくて、それすらも楽しんでいるようにしか見えない。

 ……同性に言葉で苛められて喜んでしまうような子ではないよね? もしそうなら私とではなく千葉といようとするだろうからきっとそうだ。


「つか、真樹にそのつもりはなくてもライバルなんだ、煽るようなことはしてくれるなよ」

「ライバルなんかじゃないよ」

「乗ってくれよ……」


 残念ながら千葉はどこまでいっても千葉だった、むしろ千葉の方が涙目になっていたぐらいだった。




「真織、広人は返して」

「一緒に過ごしたいということ?」

「……真樹君も取ったうえに広人も取るとかありえないから」


 あらら、彼女の中での私は泥棒猫とかそういう風になっているらしい。

 取ったわけではないわよね……? 私はただ受け入れたのと、誘っただけで。

 でも、違うと、取ったことになってしまっているというわけか。


「千葉はどうするの? まだ買い物には行っていないから参加をやめるということになっても大丈夫だけど」


 当日にやめるのはありえないと言った私だけど、学校再開になった際に面倒くさいことになりそうだったら変えるしかない。


「悪い、穂波と過ごしていいか?」

「そ、じゃあまた来年に会いましょ」


 一旦帰るのは不効率だからこのままスーパーへ。


「ちょっと想像とは違ったな、千葉君が二木さんを誘うと思っていたんだけど」

「どっちにしても千葉が参加する可能性は低かったわね」


 やたらとこだわっている真樹のことを考えて参加せず、なんて可能性もあった。

 強引に参加したりする子ではないからそういう風に考えていた、だけどやっぱり最終的な結果としては千葉らしいかな、と。


「こんなこと言うと性格が悪いんだけどさ、正直、真織とふたりだけで過ごせるようになってよかった」

「あんたは最初からそうだったじゃない、性格が悪いとはならないわよ」

「優しいね、そういうところが好きだ」

「あら、クリスマスに告白? するにしても場所をもうちょっと考えなさいよ」

「スーパーでだって関係ないよ、真織がそこにいるならいつだって雰囲気はいいわけなんだから」


 やだやだ、怖いからさっさと食べ物を買って帰ろう。

 自分達のお金だからいっぱい使うことになっても問題にはならない、それでもちゃんと食べられる量を意識して会計を済ませた。


「手、失礼します」

「積極的ねえ、なんでそれを他の女子にできないんだか」

「そんなの簡単だよ、僕の中にそうしたいという気持ちがないからさ」


 やれやれ、この後どうなるのかが容易に想像できてしまった。

 序盤に飛ばしすぎた真樹は疲れてうとうと、そのため途中で別れて先に寝ることになってしまうというものだ。

 プレゼントとかも渡せたわけだし、いつも通りなのだから構わないと言えば構わないけど、なんかそうされたらむかつくからコントロールがしたい。


「ひとつ言うことを聞くから落ち着きなさい」

「ひとつかー」

「わがままを言わない、で、ちゃんと聞いてくれるの?」

「疲れて寝るなんてことにはしたくないから落ち着くよ、真織は簡単にそんなことを言わないようにしてください」


 なんでこっちが問題でもあるかのような感じになっているのと言いたくなったものの、そこは姉ということで頑張って我慢した。

 それよりもお腹が空いていて早く食べ物が食べたかったというのもある。

 というわけで、真樹の分を減らすということでこの内にあるメラメラしたものをなんとかすることにしよう。


「「ただいま」」


 ちゃんと手を洗ってからリビングへ。

 これからなにかを作らなければならないとかそういうことではないからかなり精神的に楽だった。


「「いただきます」」


 温めたりするのに時間はかかるけどそれでも作ることに比べたら屁でもない。

 うん、これで十分満足できる、なにも高ければいいというわけではないのだ。

 まあ、一年に一度ぐらいはご飯に大量のお金を使う日があってもいいけどね。


「美味しいね」

「うん」

「ご飯のときにジュースを飲むというのも非日常感があっていいよ」

「でも、少し違和感があるわ」

「今日ぐらいはいいよ」


 高エネルギーの存在達ばかりだから野菜も忘れずに摂取しなければならない。

 無駄な抵抗でしかないけど、サラダはサラダで美味しいからそんなことは気にしないようにした。

 太るときは太るし、今日みたいにいっぱい食べなければ自然と痩せる。


「ぷはぁ! 食べた食べたー!」

「ちょっと動きたくないわ……」

「ゆっくりしよう、まだまだ時間があるんだからね」


 だけどこのままこうしていると間違いなく寝てしまうので、一応確認をしてみた。


「別にいいけど、寝ちゃいそうな点では嫌かな」

「大丈夫大丈夫ー」

「あ、もう駄目だ……」


 足に頭を預けて目を閉じる。

 眩しいから仕方がない、ずっと見ていたら目に悪いだろうからこうするのだ。

 眠たさなんて全くないし、真樹に一部だけでも触れているだけで安心できる。

 うん、弟離れなんて無理だ、どうにかしたいなら真樹自身が頑張るしかないな。

 何十年と時間が経ってもこうして甘えている自分が簡単に想像できてしまう。


「……この前、真織の裸を見たときのことだけどさ」

「うん」


 自分から出すのか、クリスマスの特殊な雰囲気にやられてしまっているのかもしれない。

 こういうところを見るとやっぱり私の方が姉だなとなる、私はいちいち慌てたりなんかしないからだ。


「衝撃が強すぎて寝られなかったんだ」

「でも、言ってしまえば私のよ?」

「真織のだからこそだよ」

「ふふ、私の弟は変態だったのね~」


 可愛いからいいか、変に見慣れていてもそれはそれで嫌だ。

 弟がチャラ男とかだったらここまで仲良くはやれていない。


「ふぁぁ~、寝ちゃったら襲われちゃうかもね~」

「しないよ、傷つけるようなことはしない」

「じゃあもし私が誘ったら?」

「そうしたら応えるよ」


 体を起こしてしっかりと目を見る、真樹は目を逸らしたりはしなかった。


「お風呂に入ってくるわ」

「それなら片付けておくよ」

「ありがと、よろしくね」


 早く入らせてあげたいからささっと入って出てきた。

 再度お礼を言ってソファに寝転ぶ。

 食べ物を作るのではなく買って食べるという点以外はやはりいつも通りだった。

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