08話.[決めていたんだ]

「真織さーん、なんで今日は真樹君いないのー」

「千葉に誘われたからだよ、逆になんであんたはここにいるの?」

「そんなの広人を取られちゃったからに決まっているじゃないですかー」


 ジュースも飲んで、お菓子も食べているのにわがままな子だ。


「それよりさ、どれぐらい時間が経過したらいいんだろう?」

「それって千葉のあれが関係しているのよね?」

「うん。でも、私は確かに真樹君が好きだったわけでさ、その本命と無理になったからってすぐに他の男の子の告白を受け入れるってなんか軽い人間みたいで……」

「でも、ずっと過ごしてきた相手じゃない、そこで千葉ではなく他の男子の要求を受け入れるようだったら軽い人間だと言わせてもらうけど」

「あー、確かに、いっぱいあったわけだからなあ」


 私は小さい頃のふたりを知らないけどそこは真樹で想像してみれば分かる。

 色々なことがあってお互いに支えつつ乗り越えてきた。

 もちろん喧嘩をすることだってあったし、話さない期間が一ヶ月ぐらいのときもあったけど、悪いことばかりではなくいいことだってあったのだ。


「可愛い可愛いって言っていたから男として見ているなんて思わなかったわ」

「私も最初はそうだったよ、でも、真織をとにかく優先している真樹君を見てもやもやしたときに気づいたんだ」

「千葉があんたのことを好きじゃないならよかったわね、そうすれば真樹を止めることだってできたのに」


 止めればなんとかなったかもしれない、こっちは真樹が好き、千葉が好きとそういう感情があったわけではないからだ。


「んー、だけどいまはもうそうは思えないかな」

「まあ、千葉はあんたのことが好きなわけだからね」


 本命に振られてもなんとかやれているのは千葉がいるからではないだろうか。

 煽りと捉えられても嫌だから言わないけど、うん、私はそう思う。

 やっぱりうんと小さい頃から一緒にいられている相手というのが近くにいてくれるとそれだけで安心できるものなんだ。


「うん、それに物凄く広人にはお世話になったから――」

「そういうのはやめなさい、一緒にいたいとかそういうことでいいじゃない」

「そ、そっか」

「私なら同情とかで受け入れてほしくないというだけだけどね」

「私だってそうだよ、明らかに真織が好きなのに真樹君が受け入れてきたら嫌だ」


 本当なのかどうかは分からない、少しの申し訳なを感じつつも本命と付き合えたということで喜んでいそうだ。

 長続きはしなさそうだけどね、どっちかがそんな状態ならきっとそういうことになってくる。


「そう考えると真樹君って一貫しているよね」

「昔からよく気にかけてくれる子ではあったけど……」

「あー、はいはい、鈍感というやつですね」

「違うわよ、分かりやすくアピールはしてきていなかっただけ」


 変人でもなければ実の姉にアピールなんてしないわけで、あくまで真樹は普通のことをしていただけだった。

 なんでもいつでも恋愛脳になってしまうのは危険だ、いまからでも遅くはないから気をつけておくべきだと思う。


「真樹君が好き、だけど迷惑をかけたくないから諦めるよ」

「なんて反応すればいいのよ」

「いつもみたいに『そ』でいいんだよ」

「それなら、そ、あんたが決めたのなら仕方がないわね」

「そう、仕方がないことなんだよ」


 丁度このタイミングで真樹が千葉を連れたまま帰ってきた。

 彼女は先程のあれをちゃんと真樹に伝えて、真樹も「そっか」と返した。

 一応考えてのことなのか柔らかい表情を浮かべていたりはしていなかったけど、あの胸の内ではどうなっているのかは分からない。

 ちなみに千葉も似たようなもので黙って見ているだけだった。


「というわけで真織」

「帰るのね、気をつけなさいよ」

「え、いや、真織と過ごそうと思ったんだけど」

「さっきまで一緒にいたじゃない」

「足りないよ、最近は避けられているしね」


 断じて避けてはいなかった、なるべく一緒にいたくなかった相手ではあるけど。

 ただ、そんな風に考えていても大晦日までは毎日家に来ていたわけだし、やっぱり自分が考えたようにはならないみたいだ。


「真織なら安心だな、真樹、部屋に行こうぜ」

「いいよ」


 で、何故かふたりが出ていった後に横からくっつかれてぞわっとした、まあまだあのふたりがいるときにやってこなくてよかったとしか言いようがない。


「そういうのいいから、なんのためにしているのよ」

「私的には酷いこととは思っていないけど、真織に酷いことを言っちゃったから」

「酷いことを言ったから、それと行動が繋がっていないじゃない」


 それならまずはとにかく謝罪だろう、それだというのにくっつくって……。

 被害妄想でもなんでもなく馬鹿にされている気がする、それかもしくは嫌われているのかのどちらかだ。

 八ヶ月ぐらい続いたことを喜んでおこう、こればかりは相手の協力もなければ不可能なわけだからね。


「ほら、真織にとって私は数少ない友達だからさ」

「最低ね」


 早く千葉に連れ帰ってほしかった。

 年明けに面倒くさいことになるぐらいならと穂波と過ごすことを許可したのに、結局あまり意味がないような気がしていた。




「どこにいるのよ……」


 教室に行ってみてもいないし、クラスメイトに聞いても分からないと言われた。

 別になにか急ぎの用事があるというわけではないものの、これで三回連続になるから意地になっているというのもあった。

 それになにもしていないのに避けられるのはごめんだ、避けるにしてもちゃんと理由を吐いてからにしてもらいたい。


「ねえ」

「ん――痛いじゃない……」

「ごめん、そんなに思い切り振り返るとは思っていなくて」


 頬に指先がめり込んだ、せっかく柔らかくてツルツルしている肌にダメージが入ってしまったらどうするのと言いたくなる。


「で、なんで私は避けられていたの?」

「え、避けてなんかいないけど、寧ろ真織が教室から積極的に逃げていたよね?」

「はあ~、じゃあすれ違っていたというわけ? 馬鹿なことをしていたのね」

「あ、真織は僕を探していたんだ」


 ん? だけど真樹の教室から戻る際にそれなら遭遇するのが普通だろう。

 ということは嘘をついているか、悪いことだけど奇跡みたいな確率で会えなかったというだけ……なのかもしれない。


「丁度いいや、あの空き教室に入ろう」

「あんなところに連れ込んでなにをするつもり?」

「キスかな」

「へー」


 いまそういう冗談はいらない、でも、この内側にある微妙なそれをなんとかできるのなら喜んで付いていこう。

 空き教室内は当然だけど静かだった、自由なところに座れるというのもいい。

 教室では無縁だから窓際の椅子に座ったら真樹はそんな私の横に立った。


「するよ?」

「は? あんたマジなの?」


 どうやら冗談ではないらしい、簡単に言ってしまえば顔と目がマジだった。

 いやいやいや、別に冬休みの間に進展したとかそういうことではないんだからさ、キスとかやりすぎでしょ。

 抱きしめる程度だったらさせてあげてもいい、あれは別になにか損をするというわけではないからだ。


「真織とできたら四月まで頑張れるから」

「だ、抱きしめる程度にしておきなさいよ、ここは学校なのよ?」

「そんなの分かっているよ、だからこそ必要なことなんだ」


 こちらの両肩を掴んでから再度「するよ?」と言ってきた。


「……それならもっと見えないところじゃないと」

「分かった」


 手を握られて移動している最中、色々と内で言い訳をしていた。

 いまか後かの話でしかないからとか、付き合ったらするからとか、穂波に求められたら受け入れると言ったからとか、とにかく今回も正当化していく。

 で、結局場所は同じ空き教室内の扉前となった、そこで座ったらゆっくり真樹がしてきた。

 ……なんとも言えない感じだ、分かっているのは血の繋がった弟としてしまったということだけ。


「真織が好きなんだ」

「って、普通逆でしょ」

「拒まなかったら言おうと決めていたんだ」

「断られると思っていたということ?」

「うん、だって僕らは姉弟だからね」


 その割には告白をする前にキスなんてしてくれたわけですが。

 あ、でもあれか、そりゃキスを受け入れられるのなら告白を受け入れるのは楽か。


「最近になって急に積極的になったように見えたけど、これまでもあんたはアピールしていたの?」

「優先していたけどアピールはあんまりしていなかったよ」

「そうよね、それなら私が鈍感というわけでもないわよね」

「いや……」


 そういうのが一番傷つく、言うならもうはっきり言ってほしかった。

 意識して直せるようなことではないけど、事実を言われて逆ギレをするような人間でもないのだから。

 ただ、そうなのよと返してしまうのもそれはそれで開き直っているように見えてしまうという難しさがある。


「そろそろ教室に戻るわ」

「うん、次の休み時間は僕から行くから」

「待っているわ、もう移動するのもだるいしね」


 教室に戻ったら次の授業の準備をしてから頬杖をつく、それからなんとなく教室内の賑やかさに意識を向けていた。

 あそこにいたときは全くと言っていいほど聞こえなかったのは不思議だ。

 それだけ目の前の存在、真樹に集中していたということ? それとも、キスをしたからということなのだろうか。


「ぎゅー」

「穂波、あんた千葉とはどうなの?」

「一緒にいる時間を増やしているよ、放課後は絶対にどっちかの家で過ごすようにしているんだ」

「健全でいいわね、私達なんて不健全の塊よ」

「その話、詳しくお願いします」


 ここではできないから昼休みに説明すると約束をした。

「絶対だからねっ?」と唾が飛びそうになるぐらいの大声で言ってきた穂波を見て、Mなのかしらと感想を抱く。

 まあでも、約束をしたわけだから守ればいいだろう。

 あまりほいほい話すようなことでもないけど、頑なに隠すようなことでもない気がしたのだった。




「真織が悪いんじゃなくて真樹君が悪いんだ、ごめんね真織~」


 私もそうだけどこういうタイプって極端だ、巻き込まれる側としてはたまったものではない。


「ぼ、僕が悪いの?」

「だってさっさと告白をすればよかったのにそれをしていなかったわけでしょ?」

「簡単にできるなら誰も苦労はしないよ……」

「他の子はともかく真織が相手なんだよ? 真樹君のことを独占していた真織が受け入れないわけないじゃん」


 依然としてイメージも悪――これは違うか。

 相手が誰であっても告白なんか簡単にできるわけがないだろう。

 むしろ簡単にできてしまえるような人間ではなくてよかった、もしそういう真樹だったら私は受け入れていないし、こうして一緒にいることもしない。

 支えてもらったとしても同じことだ、一緒にいて安心できないのであれば積極的に距離を作らせてもらう。


「まあまあ、うざ絡みしていないであっちで話そうぜ」

「いやいや、広人が一番言いたいでしょ?」

「でも、穂波は俺のところにいてくれているからな、それで十分だ」


 同情でも受け入れてもらえただけでありがたいとか言いそうだった。

 好きならそうなのだろうか、本当のところを知っているわけだから引っかかって楽しめなさそうだけど……。


「広人……」

「だから行こうぜ」


 あの子の側にはいつも千葉がいるという証明になっている。

 千葉は先程の真樹みたいに彼女の手を握って歩いていった。


「僕がお金を出すから今日は豪華なご飯にしよう」

「もしかして付き合い始めたからとか言わないわよね?」

「正しくそれだよっ」

「浮かれているわねえ、すぐに飽きそうで怖いわ」


 そんなことになったらキスしたことを後悔するだろうから少なくとも三年ぐらいはこの関係でいたかった。

 いやまあ、積極的に真樹とこうなりたかったというわけではないけど、関係が変わったからにはというやつだ。


「飽きそうってなにを?」

「あんたわざと分からないふりをしてんの?」

「あ、そういうことか、飽きるわけがないでしょ」


 こちらの頭を撫でると「ずっと昔から好きだったんだから」と言ってきたけど、目標を達成できてしまってからはどうなるのかなんて分からない。

 本当のところが分かってどんどんと態度が悪くなっていくかもしれないし、依然として同じようなままでいるかもしれない。

 でも、いい方への想像、妄想は叶わないと最近のことでよく分かっているため、どうしても悪い方に考えてしまう、というところだった。


「少なくとも三年、それは絶対に守りなさい」

「それよりもっと――」

「いいの、まずはそこを目指すだけでね」


 大きすぎる目標を立てるときっとその前に失敗をしてしまうから。


「両親には内緒ね、言ったら多分ぶっ飛ばされるから」

「言うつもりはないよ、僕と真織だけが知っていればいい」

「穂波と千葉も知っている――」

「いいの」

「……真似しないで」


 もやっとしたからまた頬を掴んでおいた、が、どうしても口に意識がいってしまうからすぐにやめた。

 これから面倒くさいことになるかもしれない、なにかがある度に負ける自分しか想像できない。


「学校じゃなかったら一緒にお昼寝がしたいんだけどな」

「帰ったら付き合ってあげるわよ」

「じゃあ、家事とかも頑張らないとね」

「もうそれなら一緒に寝ればいいわね」

「確かにそうか、変な時間にお昼寝をすると寝られなくなりそうだ」


 私は昼寝をしても寝られるからいいけど、真樹は寝る時間がずれると朝起きてくるのが遅くなるからその方がいい。

 また、ご飯だってちゃんと食べたいからだ、作ったのに食べずに寝るなんてありえない。


「ご飯もあくまで普通にね」

「はーい」


 それこそ一年毎でいいだろう……って、それも大袈裟だろうか。

 如何せん付き合ったことがないから分からない、世の中のカップルはいつもそういうことをしているのかねえ。


「さてと、そろそろ戻りましょ」

「そうだね」


 ご飯も頑張ってからでないと美味しいと食べることができない。

 だからあと二時間は最低でも頑張る必要があった。

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