04話.[思わなかったな]

 十二月になった。


「真織、これの続きはないのか?」

「ないわ」

「そうか」


 十二月になってからというもの、穂波及び千葉がこうしてよく部屋に来ている。

 奇麗にしているし、放課後は暇だから構わないものの、こんなことをしているぐらいならふたりきりで遊んでくればいいのにと言いたくなる。

 意識してしまっているからふたりきりだと緊張してしまうということなら、真樹でも連れて行けばいい。

 どうせいまは話せないからひとりの方が気楽なぐらいだった。

 いやもうね、まさかあれが原因で話せなくなるとは思っていなかったのよ。

 謝罪をしようとしても逃げられてしまうからどうしようもない。

 で、よくない話だけど段々とイライラしてきてしまって、衝突して喧嘩になるぐらいならとこちらも距離を置いているというのが現状で。


「真樹は最近、付き合いが悪いよな」

「仕方がないわよ、気になる女の子でもいるんでしょ」

「女子とばっかり話しているしな、近い内に姉離れのときがくるかもな」

「姉離れ、弟離れは早い内にしておいた方がいいわ」


 社会人になってからでもこのままだとお互いにとって悪い結果だけを残す。

 それに言葉で責められるだけならいいけど、物理的に攻撃をされたりしたら多分泣いてしまうから必要なことだった。

 この機会にそうしてしまうことにしよう、やっと私は自分が決めたことを守ることができるのだ。

 わざわざ穂波や千葉に言ったりもしない、妄想でしかないけどきっと穂波は止めてくるだろうからだった。


「ま、寂しくなったら言えよ、俺らでよければ相手をしてやるからさ」

「あんたは私のことよりここで寝ている穂波のことだけを気にしなさい」


 部屋に入ってきた途端にこれだったから止める余裕もなかった。


「いやほら、俺らはもうなにかをしなくても自然と一緒にいられるからさ」

「あはは、なんかすごい発言ね」

「あっ、ま、まあ、だから耐えられなくなったら遠慮しないで頼ってこいよ」

「うん、どうしようもなくなったら頼らせてもらうわ」


 もちろんそんなことはしない、してしまったら意味がなくなる。

 最近はすぐに家に帰らずに放課後の教室に残るようにしていた。

 過ごし方は突っ伏したり、ぼうっと目の前を見たりするだけだ。

 今日こうして部屋にいるのはふたりがどうしてもと頼んできたからだった。


「うぅ、ま、まぶしい……」

「穂波起きろ」


 もういるのだから今日のこれはノーカウントだ、問題ないというのに彼は彼女を起こそうとする。


「……いまなんじ?」

「十七時前だな、そろそろ帰ろう」

「わかったー、おんぶしてー」


 ということらしいから一緒に家を出た。

 送るためではなく適当に時間をつぶすためにこうしている。


「これぐらい真織も甘えればいいんだよ」

「誰に?」

「おいおい、誰にって真織にとっては真樹ぐらいしかいないだろ」


 なにかがある度に真樹云々と言われるのは面倒くさいな、仕方がないから千葉にだけは言っておくことにしよう。

 そうすれば自然とこの子と一緒にいる千葉がなんとかしてくれる、というか、言われなくても優先するだろうからあまり意味もないことだった。


「なるほどな」

「うん」


 正直自分でもひとりで長い期間、上手くできるとは思っていなかった。

 二週間というところだろうか、そこから先はどうなるかは分からない。

 無駄なことをしている、馬鹿なことをしているということで仲直りを望むかもしれないし、案外慣れてそのままを選ぶかもしれない。


「だが、さっき言ったことは嘘じゃない、困ったら言ってくれ」

「あんたって私にも優しいわよね」

「当たり前だ、真織が俺に対しても優しいんだからな」

「ありがと」

「おう、あ、それじゃあこれで」


 挨拶をして適当に歩こうとしたけどやめた。

 構ってちゃんにはなりたくない、寒いだけだから家でゆっくりしていればいい。


「ただいま」


 あの子はあれから部屋で過ごすようになってしまったから結構いい時間なのにリビングは真っ暗だった。

 なんか敢えてそういうところにいたい気分になって過ごしていたら、


「真織」


 と、暗闇から話しかけられて固まる。

 いやだってリビングの扉は依然として閉じられたままだ、動いた様子だってみじんもなかったというのに……。


「あ、あんた、もしかしてここにいたの?」

「うん、部屋にいたくなくて……」

「じゃ、そうしていたときに馬鹿な私が入ってきたということよね?」

「馬鹿じゃないよ、でも、入ってきたのは本当のことだね」


 それはそうだ、そうでもなければツールもなしに会話をすることはできない。

 動揺しすぎて馬鹿なことを聞いてしまって恥ずかしい、ここが真っ暗空間で本当によかった。


「そろそろ戻るわ、今日は食欲もないから」

「真織、まだいてよ」

「ごめん、明日にして」

「嫌だよ、先延ばしにしたら駄目になる」


 扉の前に立って通せんぼ、絶対に通さないという意思が伝わってくる。

 正直に言って私達は真っ暗な部屋で馬鹿なことをしている、誰かが見ていたらせめて電気を点けてからにしろと言うかもしれない。


「弟離れするいい機会なのよ」

「そんなことする必要はないよ」

「でも、あんたが分かりやすく態度に出してきたんじゃない」

「あれは別に真織に対して怒ったわけじゃなくて……」


 怒っていないのにあんなに大声を出すなんてそれこそ心配になるではないか。

 最近は女子とよく話しているみたいだし、そのタイミングであれだったからしっかり線を引こうとしているようにしか見えなかったんだけど。


「じゃあなんなのよ?」

「あのときはああしてほしくなかったというか……」

「ふーん」

「だけどいまなら大丈夫だよ」

「いや、今日は眠たくないから」


 ひとつ言っておくとあれは冗談ではなかった、弟にうざ絡みをするために眠たいふりをしたとかそういうことではない。

 幸せで心地が良くて、そんな雰囲気に包まれていたら眠たくなってしまって、だけど戻ってほしくなさそうだったからなんとかするために実行しただけのことで。


「まあでも、今日は本当にご飯はいらないから」


 いまから作るのも、作ってもらうのも微妙だから部屋に戻ろうと思う。

 どうせ数時間も経過すればお腹が減るだろうからそのときに食べればいい。

 いつも十七時半頃にはご飯が炊けるようにセットしてから出ているから楽だ、ご飯さえあればお腹を満たすことは簡単にできる。


「一緒にいてもいい?」

「えー、真樹も姉離れしなさいよ」

「嫌だよ」

「後悔しても知らないからね」


 うん、相手から近づかれている分にはノーカウントということで。

 延々に同じようなやり取りをしても疲れるだけだし、ある程度付き合うことでその欲求を薄めさせる方が間違いなく効率的だと言えた。




「真織――」

「皆まで言わないで」


 事情を知らなかったであろう穂波が見ても分かることだった。

 近づかれている分にはセーフと考えた私だけど、これはいいのかどうかが分からないというところだった。


「でも、その方がやっぱり真織達らしい感じがするよ」


 私達らしいか、他人がこっちを見てそう言っているのだからいちいち変える必要はないと終わらせてしまうのは簡単だ。

 これまで当然のようにいられたのにいられなくなったら誰だって寂しいし悲しい。

 自分のことだけを考えていいのであればもちろんそのままの方がいい、だけど相手のことも考えて行動しなければならないからこういうことになる。

 昨日の夜は保育園時代とか小学生時代に戻りたいなんてことを考えた、あの頃はただただ自分の気持ちだけを優先して他の誰かといられたからだ。


「女子とよく話していたんでしょ? それなのにいきなりやめて大丈夫なのかしら」


 でも、そんな無理なことを考えても仕方がないので、問題になりそうなことに触れていく。


「大丈夫だろ、それに相手の女子には彼氏がいるからな」

「え、意外と把握しているのね」

「俺らのクラスの女子はよく『彼氏が~』という話をしているからな」


 違う世界の話みたいに聞こえる、彼氏がいない存在は肩身が狭そうだ。

 こっちの平和なクラスでよかった、もし向こうのクラスだったらずっと教室から逃げ続ける羽目になったと思う。

 春夏秋はいいけど冬にそれだと寒いからなるべく避けたい、そのため、このまま平和なままであってほしいと願っておいた。


「敵視されたら千葉が私を守って」

「いいぞ」

「あはは、冗談よ」


 どこに行っても付いてくるのに喋ろうとしない真樹の相手をしなければならない。

 ちなみに穂波もここにいて、そんな真樹の真似をしていた。

 まあ、この子の場合は単純に千葉に触れたいだけだろうけど、やたらと静かだったのはそういうことになる。


「ちょっと行ってくるわ」

「おう」


 手を握ってきているとか抱きつかれているとかそういうこともないけど、移動すれば自然と付いてくる。

 離れていると極端なことをする人間だと判断されたからだろうか、されている側としてはなんか監視されているみたいで落ち着かないけど。


「あんた的にはいいの?」

「女の子のこと? うん、相手をしてもらっていただけだから」


 ふたりきりになると途端に喋るようになるからそういう風に設計されているみたいに思えてくる。


「そういうものなの? 私はずっと穂波とか千葉に相手をしてもらいたいけど」

「千葉君が言っていたようにあの子には彼氏がいるからね、あんまり仲良くしすぎるのも問題でしょ?」

「まあ、勘違いされないように自衛する必要はあるわよね」


 私で言えば穂波に嫉妬されないように千葉といる回数を減らす必要がある、というところだろうか。

 いままではよくてもこれからは分からない、ふとした小さいことで関係に亀裂が入ってしまうかもしれないから怖いことだった。


「うん、それにあの子も彼氏と仲直りできたみたいだからね」

「なるほどね」


 それならあっちにとっても相手をしてもらっていたというわけだ、だというのにしてもらっていたと言うあたりが真樹らしくて面白い。

 謙虚すぎればいいというわけではないけどきっとその方がいい、小さな積み重ねがいつか自分のためになっていく。

 私も真似をしなければならない、けど、できるだろうか。


「だから僕は本当にしたいことを優先しているんだよ」

「それは分かったわ。でも、三人とか四人でいるとき、話さないのはなんでなの?」

「邪魔をしたくないというのと、我慢をすることで真織と話せたときに嬉しさがもっと増えるかなって」


 残念ながらそんなことをしたところで意味はないと断言できる。

 これまでずっと身近にいて、用があったらすぐに話しかけられるような距離感だったからだ。

 遠距離に住んでいて一年に数回しか直接会えないとかだったらありえたかもしれないけど、見飽きるぐらい顔が見られるし、聞き飽きるぐらい相手の声を聞けてしまうからだった。


「ちゃんと自分のしたいことを優先したうえで来るなら拒まないわ」

「うん、大丈夫だよ」

「それならいいわ」


 もう授業が始まるから別れて教室に戻った。

 教室内は色々な会話で盛り上がっていたものの、彼氏とか彼女とかそういう話はまるでなくて安心できる場所だった。




「真樹君、ちょっといいかな?」

「珍しいね、今日は千葉君はいないんだ」

「うん、広人は真織といるよ」


 目の前で彼女のことを取られたくないとか言ったらしいけど、彼女を放置して真織といるのはなんか変な風に見える。

 いやまあ、いつだって同じ人ばかりを優先できるわけではないだろうけど……。


「あれから二週間が経過したよね」

「ああ、お出かけした日のことだよね」

「うんそう、それでなんだけど」


 なんとなく言いづらそうな感じが伝わってきた。

 こちらにできることはそれでも待つことだけで、流石に十六時半までには言ってくれるといいな的なことを考えていた。

 ご飯を作らなければならないからそうゆっくりもしていられない、それなら何故残っていたのかと問われればあの子から話しかけられたからだ、ありがとうとお世話になったとね。

 別にお礼の言葉が欲しくてしていたわけではないけど、ありがとうとか言ってもらえると嬉しくなるものだ。


「また真樹君とお出かけ、したいんだ」

「えっと」

「無理なら無理でいいけど、もし可能ならまた土曜日にお出かけできたらって……」


 お出かけか、彼女とこの前そうできたときは普通に楽しかった。

 一方的に話すわけでもなく、ちゃんとこっちの話も聞いてくれるような女の子だ。


「真織と千葉君も連れて行っていい?」

「うん、お出かけできればそれでいいから」

「じゃあ帰ったら話してみるよ」


 この前みたいに「やめておくわ」と言われる可能性の方が高いけど……。

 真織はあんまり受け入れてくれたことがない、面倒くさいとは言われないけど「いいじゃない」と言われて躱される。

 しつこく言うと怒られるからそのときは諦めるしかないけど、残念ながら誰かといるときもそのことばかりを考えてしまって駄目になることは多かった。

 なるべく行けるときは言うことを聞いているのもそのためだ、聞いておけばいつかはこっちが頼んだときも受け入れてくれるかもしれないと期待しているためだ。


「それじゃあこれで」

「うん、また明日ね」


 別れる場所から家までは距離がないからすぐに着く。

 真織は部屋にこもるタイプではないからリビングに行ってみたらそこでうとうとと眠そうだった。

 わざわざ起こしてまで言うことでもないからお布団を掛けてからご飯作りを開始。


「んあ……」


 ……断った方がよかっただろうかと今更ながらに考えてしまった。

 なんでもかんでも受け入れればいいというわけじゃない、異性からということなら尚更のことだ。

 千葉君から敵視されたくないとかそういうことではないけど、うん、微妙だ。


「痛っ、集中しなければ駄目だな……」


 痛い思いをするのは自分だ、しかもこんな散漫な状態で作ったご飯を真織に食べてもらうわけにはいかない。


「……いい匂いね」


 よく分からないけど何故か気づかなかったふりをしたくなって反応をすることはしなかった。

 真織もこっちに近づいてきたりはしなかったし、特に集中力がなくなるようなことにはならなかった。


「できた」

「お疲れ様」

「うん、食べよう」

「って、先にやっておけばよかったわね、ごめん」

「いいよ、今日は僕の番なんだから」


 え、なんか物凄くじっと見られているぞ……。

 変なことを言ったわけでもないのにどうしてだと考えていたらいきなり手を掴まれて飛び上がりそうになった。


「大丈夫なの? 絆創膏、持ってこようか?」

「だ、大丈夫大丈夫っ」


 深く切ってしまったわけでもないから血はすぐに止まった、もちろん食材とかにも付着していないから問題にはならない。

 それにしても心臓に悪いことをしてくれる姉だ、普通だからこそこっちは余計に落ち着かなくなる。

「いつでも余裕たっぷりで羨ましいわ」と彼女は昔に言ってくれたものの、残念ながら全くそんなことはなかった。


「じゃあ運ぶわ」

「だから大丈夫だってっ」

「ん? 茶碗とかを運ぼうとしているのよ?」


 これは滅茶苦茶恥ずかしい……。

 食べるのをやめて部屋にこもりたいところだけどできないというのが現状で。


「あ、そういえば二木さんから誘われたんだけどさ」

「行ってきなさい、つか、いちいち言わなくていいわよ」

「いや、四人で行くという話になってさ」


 どうせ無理だろうな、土曜日にごめんと謝っているところが容易に想像できる。

 お金を払うからと言っても聞いてくれないだろうし……。


「ということはいつものメンバーね、まあ、それなら合わせるわ」

「えっ、ほんとっ!?」


 ちょっと汚いけど耳の穴を指で奇麗にしてからもう一度聞く、そうしたら「お金は余裕ないけど、ないというわけじゃないから」と答えてくれた。

 聞き間違いというわけじゃなかった、いやもう本当にやばい。


「ありがとう! いやあ、真織が受け入れてくれるなんて思わなかったなあ」

「そんなに断ってばかりでもないんだけど……」


 少し拗ねたような顔になってしまったから謝罪をする。

 謝罪をしながらも内はずっとハイテンションのままだった。

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