03話.[変えていくのだ]
「おはよ」
「……早起きね」
目を開けたら同級生がこちらを見下ろしていた。
なかなか体験できることではない、あと、普通に怖い。
せめてもう少しぐらいは普通に起こしてほしいところだった。
「昨日はすっごく早く寝たからね」
「で、どうしたのよ?」
「それがさ、勉強しろ勉強しろってお父さんがうるさいから出てきたんだよ」
「親ならそんなものでしょ。どいて、顔を洗いに行きたいから」
私の両親だって「勉強はちゃんとしているの」とか「ちゃんと他の子と仲良くできているの」とかそういうことばかりだ。
多分、ずっと見られているわけではないから心配になってしまうというところだろう、で、言われた側次第で変わっていくわけだ。
何回も言われていて耐えられなくなったら彼女みたいに行動することになる、ちゃんとやっているのに同じことを何回も言われたら言い返したくもなるしね。
「別に問題はないけど、千葉の家に行かなかったのはどうしてなの?」
「あ、もう真織のことしか頭になかったからだよ」
「ははは、いいのかどうか分からないわね」
「こういうとき真織なら『問題ないわ』って言ってくれそうな気がしたからさ」
「特に拒む理由もないから、これが千葉だったら話は変わってくるけど」
同性と異性ではどうしても差が出る、逆の場合でも同じように悩むはずだった。
簡単に泊めたり泊めさせたりはしないでおくべきだ、本命が出てきたときに引っかからないようにするためにもね。
まあ、私が意外と恋愛脳であることは認めるけど。
「ご飯とパン、どっちがいい?」
「ご飯かな、お味噌汁があるともっとありがたいかなー」
「分かったわ」
真樹もそうだから楽でいい、これがそれぞれ違うと買い物なども大変になる。
ご飯を作って、穂波に食べてもらっている間に洗濯物を干していた。
いつもなら干し始めるタイミングか干し終えたところで「おはよう」と真樹が来るところだけど、今日は違うようだった。
「ごちそうさまでした、美味しかったよ」
「それならよかったわ」
お客さんがいるからご飯を作ってからしている分、いつもより遅いのにそれより遅い真樹のことが心配になり部屋へ。
「真樹、起きなさい」
体調が悪そうとかそういうことではないみたいだからほっとした。
別にすやすや寝やがってとかそういうのはないけど、起きる時間はなるべく同じぐらいの方がいいだろうから肩を優しく叩いた。
「ん……え!? な、なんでここにいるのっ?」
「起こしにきただけよ」
これまでもこういうことがなかったというわけでもないのに慌て過ぎだ。
何度も言うけど責めたくてきたわけではない、安心してくれればいい。
「あ、き、着替えるから出ててっ」
「ゆっくりでいいわ」
部屋を出て一階へ、テレビを見ていた穂波は放置して洗い物などを終わらせる。
早起きをするとしなければならないことをしても時間に余裕ができるからいい。
「穂波、制服とかないから帰らないといけないでしょ?」
だけどそれはあくまで私のことで、家を抜け出してきた彼女にとっては違うのだ。
制服を着なければならないし、鞄を持って行かなければ勉強もできない。
幸い家が近いのと、早起きしたのがいい方へ働いているけども。
「あ、そういえばそうだった」
「はは、まあ、どっちにしてもちゃんと顔を見せておいた方がいいわ」
それこそ面倒くさいことになりかねない。
勢いだけで行動すると自分の首を自分で絞めることになる、うるさい親なら外出禁止とかそういうことにする可能性もある。
自由に楽しみたいなら上手くやるしかない、でも、彼女ならきっとそれができるはずだった。
「……分かった、じゃあ一旦家に帰るね」
「うん、また学校でね」
大丈夫、話せば毒新とかでもない限り分かってくれるはずだ。
引き続きテレビを見つつ、見たことないんだけどと内で呟いた。
ただまあ、友達のことを知っていればそれでいいだろう。
友達の親と仲良くなったところであまり意味がない、好きな相手の親とであっても同じようなものではないだろうか。
変に仲良くなると距離感を見誤って失敗をする可能性もあるし、なんて、これはただの言い訳か。
私が単純に気まずいからだ、たったそれだけで終わってしまう話だ。
「真織、おはよう」
「うん、ご飯を作ってあるから食べなさい」
「うん、いつもありがとう」
リモコンを渡して部屋へ、制服に着替えたらまた戻ってきた。
これならもう少し起きる時間を調節して着替えてから下りた方がいい気がする。
不効率なことをしてしまっているから気づいては少しずつ変えていくのだ。
死ぬわけではないから色々やってみればいい、その中で必ず自分に合ったものが見つかっていく。
「今日の放課後は予定を入れないで、鍋にするから買い物に付き合ってほしいの」
「分かった」
「じゃ、今日も一日頑張りましょ」
食べることは好きだからいまからわくわくしている自分がいる。
でも、そればかりを考えていたら怒られてしまうから気をつける必要があった。
「ふんふふーん」
「楽しそうだな」
分かりやすくテンションが高かった、とても昨日嫌になって家を出てきたようには思えないぐらいには、だ。
「答えを言ってしまうと明日が土曜日だからだよ、いっぱい寝るんだ」
「俺はどうするかな、特にしたいこともないぞ……」
「それなら私の家に来なよ、それで一緒に寝よ」
「そうだな、家でひとりでいるよりもその方がいい」
あの二週間ルールがあるから真樹を誘うということを彼女はしない。
で、発言通りちゃんと千葉を優先しているところを見て、なんとも言えない気持ちになってしまった。
時間が経過したらどうなるのだろうか、そのときになったらまた真樹を優先するのだろうか。
「千葉、真樹は?」
「クラスの女子と話していたぞ」
「そ、教えてくれてありがと」
放課後はひとりで行くことになりそうだ、結構なんでも受け入れてしまうからそうなる可能性の方が高い。
まあでも、ちゃんと家に帰ってきてくれれば問題ない、ご飯もちゃんと食べてくれさえすればなにかを言うこともしない。
協力する、出かける、優しいあの子だけではなく人間なら普通のことだから。
ご飯を外で食べてきたとかそういうことになったら翌朝とか昼に食べればいい。
「気になるなら行ってくればいいだろ?」
「え?」
「なんか凄えつまらなさそうな顔をしているぞ」
「違う違う、どんな顔をしているのかは分からないけどつまらないなんてことはないわよ」
「そうか? ま、できるだけそういう顔はやめてくれ」
どういう顔をしているのかも分かっていないのにコントロールなんてできるわけがない。
それでも嬉々として相手の嫌がることをするような人間でもないから会話に意識を向けることでなんとかすることにした。
「あ、そういえば今日体重を測ってみたんだけどさ、二キロも重くなっていたんだよな。部活も辞めちまったからどんどん――」
「や、やめてっ、そんな怖いこと言わないでっ」
体重といえば実は私よりも真樹の方が軽かったりする、同じように食べていても向こうには肉がつかないみたいだ。
本人は悩んでいるみたいだけど私からすれば贅沢な悩みだった。
病的なまでの細さというわけでもないし、日常に支障が出ているというわけでもないし、あんなに細いくせに力強いしで不公平感が強い。
「穂波とか真織はもっと食った方がいいぞ」
「簡単に言っちゃ駄目だよ、人によってどれだけ吸収するかは違うんだから」
問題がないのに問題視してストレスを溜めてしまう、どんなことであってもそうなる可能性はゼロではないから難しい話だった。
「こうして持ち上げてみても滅茶苦茶軽いしな」
「簡単に触れすぎじゃない?」
「こんなこと小学生とかそれぐらいのときは毎日していただろ」
いまもそうだけど保育園の頃から真樹とは常に一緒にいた。
当たり前のことではないのに当たり前のように感じてしまうのは間違いなくそれが影響している。
でも、体とか精神とかが成長すると同じようにはできなくなって、嬉しさとかより申し訳無さが勝ったりもするのだ。
「それに穂波にしかしねえよ」
「ちょ、真織もいるんだからさ」
「この前真樹と出かけたとき、気になって仕方がなかった。穂波が違う男子といるときに滅茶苦茶嬉しそうな顔をしていたらと考えると落ち着かなかった」
「でも、真織といたんでしょ?」
「どうにかしたくて付き合ってもらったんだ」
そ、だからこの前利用してしまったことは気にしなくていい。
毎回毎回利用する、されるというわけではないけど、友達が相手でもそんなものではないだろうか。
「穂波を取られるのはごめんだ」
「え、そこまで?」
「ああ」
さてと、そろそろ空気を読んで違う場所に行くことにしよう。
寂しがり屋であってもひとりになった途端に耐えられなくなるというわけではないのだから。
しかも今日は美味しい鍋が食べられるわけだし、そのときのことを考えるだけで涎が出てきてしまうぐらいで……。
「っと、拭いておいたよ」
「話していたんじゃなかったの?」
真樹はハンカチをポケットにしまってから「もう終わったから、ちゃんと約束は守るからね」と言ってきた。
いきなり目の前に現れても驚きはしない、それどころか逆にテンションが上がったぐらい。
簡単に言ってしまえば期待してしまっているのだ、真樹ならちゃんと約束を守ってくれるとそのように。
なら何故先程あんなことを考えたのかと言われたら不安になってしまうときもあるからだと答えさせてもらう。
「ふっ、別に無理しなくていいけどね。ただまあ、あんたがいてくれれば美味しい料理がもっと美味しくなるから嬉しいわ」
「僕だって食べたいからね、こんなときに出かけるなんてできないよ」
「放課後になったらすぐに行くわよ」
「はは、急がなくても食材は逃げたりしないよ」
「分からないじゃない、明日は土曜日だから同じような考えの人がたくさん店に行くかもしれないじゃない」
梯子するのはごめんだから急いだ方がいい。
ゆっくりするのはご飯を食べてからでも全く遅くなかった。
「真織――」
「なにも言わないで、たまには私が頑張らなければいけないのよ」
大体、毎回毎回真樹に付いてきてもらっているわけではないから問題ない。
私でもやれる、今日はちょっと量が多いというだけではないか。
頑張れば頑張るほど食べられたときに美味しく感じられるのであればそれはもうやるしかない。
「あともう少しで――きゃ!?」
「っと、一緒に行動していてよかったよ」
「ありがと、私云々より食材がぐちゃぐちゃになってしまったら悲しかったから助かったわ」
彼は「持つよ」と言ってきたものの、言うことを聞いたりはしなかった。
もう百メートルもないのだからやらせてほしいとぶつけたら引いてくれた。
「ただいま!」
「おお、ハイテンションだね」
「当たり前よ! さあ真樹、作るわよ!」
「真織は座っていてよ、たまには弟にもやらせてほしいなあ」
「……制服から着替えてくるわ、だからその……」
全部は言わずに部屋に移動、制服から着替えたらベッドに寝転ぶ。
ちょっと言われたらその程度かとツッコミたくなる、姉なら私がやるから座っていなさいと返さなければならないところなのに。
ああ、どうしてこうも上手くいかないのか、この人間性は死ぬまでに直るのかね?
「真樹も穂波とか他の女子が姉だった方が嬉しかったでしょうね……」
まあいい、一階に戻ろう。
部屋でひとりぶつぶつ吐いているぐらいなら一階にいた方がマシだ。
分かりやすく存在している差というやつを直視することができれば○○とは違うのだからと開き直れる。
「真樹、今日はどうして起きるのが少し少遅かったの?」
「あー、ちょっと夜ふかしをしちゃってさ」
「あんたでもそういうことをするのね、意外だわ」
「逆に真織はよく毎日早起きできるね」
「もうそういう風になっているのよ、早朝の雰囲気が好きというのもあるけどね」
ただ、すぐに部屋から出てしまうからあのなんとも言えない外を見て過ごすということはできていない。
今度やたらと早起きしたらしてみようと決めた、冬の場合は真っ暗で夜に海を見ようとするぐらい無駄な行為となってしまうけど。
「……なんで真織はそこまで普通にいられるの?」
「え? あ、もしかして昨日のが理由なの?」
真樹は手を止めてからうなずいてくれた、が、なんでと言われても困る、もし私が真樹の全裸姿を見たとしても同じ結果になるからだ。
好きな相手の~というわけでもあるまいし、この対応が普通のことだと言える。
「……寝られなかったのはそれじゃないけど、今日だって放課後までなんでだろうと考えることになったよ」
「キスとかしたわけではないでしょ? だったら問題ないわよ」
なんというか普通だからというのもあった、太っていたりしたら私でも早く閉めてと叫んでいたかもしれない。
自分しか見ないからちょっと補正みたいなのがかかっている可能性はあるけど、一応見られても恥ずかしくないような体のような感じがした。
「キスか、どういう感じなのかな?」
「あんたも男の子なのね」
「だ、だって気になるでしょ?」
「そう? 別に気にならないけど」
好きな人ができて付き合えたらいつかできる、興味があるなら頑張ればいい。
姉として応援する、協力もできる範囲でしよう。
でも、前みたいに変な顔をされても困るから言うことはできないという難しいことだった。
「というかさ、身内に異性がいることで慣れそうなものだけどね、ふーんで終わるところでしょ」
「あ、なんでその話に戻しちゃうの……」
「あはは、いいから切ったりしましょ」
放課後になった瞬間に走ったから暗くなり始めたところで準備が終わった。
あとはまあゆっくりお互いに取って食べればいい、ある程度の量があるから両親の分は残らなかった、なんてことにもならない。
「幸せよ、逆にあんたしかいないのがいいわ」
「ちょっと可哀想だよ」
「いいのよ」
一緒に食べていたらこの雰囲気にはなっていない、もしかしたら私が昨日の穂波みたいに家を出ていたかもしれない。
一緒にいられる時間が少ないからだ、その少ない時間に言いたいことを全部言う親だからそういうことになる。
「あ゛ぁ、もうお腹いっぱいだわ」
「えっ!? ま、まだこんなにあるんだけどっ」
「ふふ、あんたがいっぱい食べればいいわよ、いつも家事をしているんだから当然の権利よー」
遠慮なんかする必要はない。
それに肉をつけたいみたいだし? 鍋の中にはたくさんの肉が入っているのだから食べて吸収するべきだ。
「ふぁぁ~、なんか眠たくなってきたわ……」
「えぇ……」
「大丈夫、ひとり戻ったりしないからゆっくり食べなさい、あんたが食べ終えたらお風呂に行くわ……」
明日は休みだから適当に入って出て、適当な時間に寝ればいい。
だけどいまは自分が言ったことを守るために近くにいることにした。
「ちょっ、な、なにをしようとしているのっ?」
「寝てしまわないように対策をしているのよ、椅子の上なら硬いから寝たりできないでしょ?」
「た、食べづらいんだけど……」
「別に手を掴んだりしているわけじゃないじゃない、気にせずに食べなさい」
気に入っている枕よりはちょっとあれだけど、真樹の足もなかなか悪くない。
いや、正直に言って布団でも掛かっていたらこれだと寝られてしまうな。
ただ、楽すぎて心地がいいから座り直したくないので、引き続き同じようにする。
「や、やめてよ」
「いいじゃない」
「やめてってば!」
「お、っと、そんなに嫌だったの? じゃあやめるけど」
自業自得なのに完全にアレな空気になって結局リビングから逃げ出した。
「お風呂に入るか……」
思春期というやつがいま頃、きたのかもしれない。
いやもう本当に私が悪いからあれだけど、そう考えておくのが一番合っている気がした。
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