02話.[戻りましょうか]

「よし、終わり」


 今日は放課後の教室に残って課題をやっていた。

 それでいま終わったため、これからゆっくりのんびりと本を読もうとしているところだった。

 すぐに帰らない理由は真樹が穂波と出かけているからだ、つまり、自分が言ったことを守っているということになる。


「まだいたのか」

「穂波が家での真樹を知りたがっているからね」

「ふたりきりは何気にこれが初めてか」

「そうね、興味があるのにどうしてこれまで我慢していたのか分からないけど」


 可愛いと言うぐらいなら「家に行きたい」と言ってしまった方がいいだろう。

 真樹なら間違いなく受け入れる、それは分かりきっていることだ。

 で、そういうことを繰り返していたらいつの間にか恋愛感情が~なんてことにもなりそうだった。


「穂波が真樹を好きになったら面白くなりそうよね」


 真樹も我慢してきた分、傾倒してしまうなんてこともありそうだ。

 ただその際に問題になりそうな点はきっと言ってくれないだろうということだ。

 あの子は隠そうとするときがあるからそうなる可能性の方が高い、まあ、私には無理でも千葉ぐらいには言ってくれればそれでいいんだけどね。


「ドキドキしている穂波か、実際に見られたらいいな」

「真樹が照れていてもいいわね」


 いつも余裕たっぷりの態度でどうしてなのかと言いたくなるときがあるから見てみたいという気持ちが強い。

 どういう顔なのだろうか、私はそれを見たときどう感じるのだろうか。

 そのときになってやっと自分が動けたわけでもないのに解放してあげられた、とかなんとか考えるかもしれない。


「真織は?」

「私は普通にのんびりやるわよ」

「そうだよな、というわけでなんか食いに行くか」

「いいわよ……と言ってあげたいところだけど、お金がないのよ」

「それなら俺の家に来いよ、なんか作ってやるから」


 まあ別に男子の家に行ってドキドキ、なんてことにはならないからうなずいた、少なくとも公園で時間をつぶすよりはいいだろう。

 千葉とももう少しで八ヶ月ということになるわけだし、こっちに興味があるわけでもないしね。


「ただいま」

「お邪魔します」


 ちなみにこれ、初めてというわけではなかった、穂波も知っているから堂々としていることができる。


「座っていてくれ」

「うん」

「って、菓子の方がいいか?」

「私はどっちでもいいわ、なんにもなくてもね」


 もちろん貰えることになったら意地を張らずに貰うけど、なにかが欲しくてここに来たわけではないのだから。

 ある程度時間がつぶせればそれでいい、きっと彼もそのつもりで私を呼んだからここでも気にする必要はない。


「じゃあこれをやるよ」

「ありがと」


 小さいチョコのお菓子だった、封を開けて食べさせてもらったら課題をやった後だったからかとても美味しかった。

 今度買い物に行った際に買おうと決める、百円ぐらいの物だからさすがに私でもそうすることができる。


「いつも本を読ませてもらっているからな」

「ちょ、そんなに毎回来ているわけじゃないじゃない」

「ははは、そうだけどさ」


 聞かれていたら私が連れ込んでいるみたいに思われてしまうかもしれないから他人がいないところでも気をつけてほしい。

 もし彼のことを狙っている人間がいたらまたあのときみたいになってしまう、あれをどうにかするのは難しいからなおさらのことだった。


「穂波があの家にいることを望んだら毎回こうして違う場所で過ごすのか?」

「いや、今日だけよ、大体のところが分かればあの子も落ち着くだろうから」


 毎回夜遅くまでいるというわけでもないし、課題とかそういうのをしていれば時間は自然と経過する。

 部屋にこもってばかりだと健康に悪いから公園などで歩くのも悪くはない、そのときはたまにだけでも彼に付き合ってもらえばいいだろう。

 寂しがり屋だからひとりで無理をしようとするときっと駄目になる、そういうときに頼れる存在がいるというのはありがたい話だった。


「それでいい、真織の家でもあるんだから気にせず休め」

「まあ、あんた達みたいに高頻度で見つめ合うようになったら間違いなく逃げるわ」

「見つめ合うことなんてしねえよ」

「私達がいなければあんた達は昨日、あのままなにかをしていたわ」

「前髪に埃がついていたから取っていただけだ」


 まあ、人の家で抱きしめたりする人間はいないか。


「穂波、どんな顔をしているかな」

「気になるの?」

「……気にならないと言えば嘘になる」

「分かりやすくテンションを上がっているでしょうからいい笑みでも浮かべているんじゃない」


 止める権利はないからどうしようもないし、参加していなければ想像するしかないということになる。

 気になっているであろう彼にとってはその想像するという行為がまた違うなにかを残すのだろう。

 複雑さ、なんでこうしているのかという自分への疑問、真樹への嫉妬、色々なものが積み重なってごちゃごちゃになっていく。

 爆発する前に吐いてほしかった、聞くぐらいならできるからそれぐらいはしてあげてもいいかなぐらいの気持ちでいた。




「はあ~、満足満足~」

「よかったわね」

「うん、真織のおかげって言ったらちょっとあれだけどさ」

「いいのよ、私が自分から言ったんだから」


 自作のお弁当を食べつつ今日は穂波と話していた。

 ワンちゃんは来ていない、真樹もいないから一緒に行動しているのかもね。

 意外とこういうことは多かった、四人揃うということはなかなかない。


「また出かけようという話にしようとしたけどやめたんだ」

「え、なんでよ?」

「広人の相手もしてあげなければいけないから」

「部活をやっているわけじゃないんだから土曜は真樹、日曜は千葉という形にすればいいじゃない」


 片方だけに専念する必要はない、好きだということならもちろんそれがベストということになるけど。


「いやいや、さすがにそんなことはできないよ、男の子を取っ替え引っ替えしている変な女の子みたいになっちゃうじゃん」

「性行為をしているわけじゃないんだから大丈夫よ」

「ううん、私も自分が決めたことぐらいは守りたいから」


 いてあげなければならないと言ったところが気になる。

 いやほら、相手がいてくれたら嬉しいけど、同情心とかそういうことが含まれていると途端に気持ち良くいられなくなるからだ。

 全員そんなものだ、これが人間だろうから仕方がないことではある。

 でも、全く知らない相手ならともかくとして、千葉のことも知ってしまっているから私の方が落ち着かないというか……。


「それに私、一回出かけたら二週間ぐらいは時間を置きたいんだよね。その間にあのときした自分の行動が、発言が正しかったどうか考えるの」

「あ、だから私のときも」

「うん、別に男の子に対してだけじゃないからさ」


 人によってこだわるところが違うから彼女にとってはそれが正解なのだ。

 私がこだわることは特にない――というのは嘘で、なるべく自分のことで時間を使わせないということだった。

 もちろん守れていないことになる、きっとこの先も同じ失敗を繰り返していく。

 ただ、そのことで自分がうざいとか消えたいとか考えたことはなかった。

 甘いと言われればそれまでだ、自分でもたまに思い出してはははと笑ってしまうときがあるぐらいだ、それでも悪く考えてばかりいても死ぬまで付き合わなければならないのだからと開き直っていた。


「ま、穂波が決めたのならそれでいいわ」

「うん」

「じゃ――」

「真織っ、助けてっ」


 ゆっくりしましょと言おうとしてできなかった。

 なにかから逃げてきたのは分かる、やたらと呼吸が乱れているから体力おばけにでも追われていたのだろう。

 私としてはそれよりも毎回同じ場所で食べているわけでもないのによく分かったわね、そう言いたいところだった。


「おいおい、せっかく邪魔しないように別行動をしていたのにこれだと意味がないだろうよ」

「だ、だって千葉君が怖い顔で昨日のことを聞いてくるから……」


 やはりどうしても気になってしまうらしい。

 怖い顔か、真樹がここまでの反応を見せるということは相当なものかもしれない。

 んー、だけどこういうところを見られて嬉しいとは思えないな。

 もっといい意味で慌てているところが見たい、そしてそれはいまのままでは見られないということになる。


「仕方がないだろ? 穂波が教えてくれねえんだから」

「だ、だからって怖い顔で圧をかけるのはどうかと思うんだ」

「別に意地悪をしたいわけじゃないけど、いちいち広人に言わなければならないことでもないからね」

「な、なにかいけないことでもしたんだろ真樹!」

「し、してないよっ」


 止められる自信がなかったからお弁当を食べ終え、教室を出て歩くことにした。

 お金はないからジュースとかを買うこともできない、だからこういうときに歩くことは最高の時間つぶしとなる。

 運動にもなるからいい、冬になるとどうしてもお腹周りに無駄な肉がつくからそれをなくすためでもあった。


「待ってよ真織、なにも言わずに出ていくなんて酷いよ」

「今年は雪、降りそうにないわね」


 去年の十二月頃は数回ぐらいは雪が降っていた。

 寒い、いらない、空気を読みなさい、そんなことを言いながらも触って遊んだことを思い出して笑う。

 大人になったらただただ邪魔な存在になるだろうから歓迎はできないけど、暇人の学生時代であればそう悪いところばかりというわけではない。


「気温がそこまで低いというわけじゃないからね――じゃなくて、どうして自分は関係ないんですーみたいな感じで出ていくの」

「止められる自信がなかったの、ただそれだけのことよ」


 私こそ意地悪がしたいからこうしているわけではないのだ。

 勘違いはしてほしくないからちゃんと勘違いしないでと言っておいた。

 真樹はまだまだ納得できないという顔をしていたものの、それ以上言ってくることはなかった。




「今日も終わったわね」

「うん、こうしてゆっくりしていると動きたくなくなるよね」

「でも、じっとしていると帰りたくなくなるから帰るわよ」

「うん、そうしよう」


 そろそろ鍋にしてもいい頃だと思う。

 両親は心配しなくても二十時には帰ってくるし、明日の放課後にでも買い物に行って食材を買ってそうしようと決めた。

 そうしたら冷えた体をお互いに暖めることができる、鍋物であれば手伝われても引っかかったりはしないから最高だ。


「手が冷えるわ――なんで掴むのよ」

「お姉ちゃん思いの弟として暖めてあげようと思って」

「穂波にすればいいのに」

「恋人というわけでもないのにできないよ」

「そういえばあんた、なんで穂波のこといつまでも名字で呼んでるの?」


 っと、答えるつもりはないようで曖昧な笑みを浮かべられただけだった。

 特別に意識しているからという見方もできるし、ただこれも友達だからという見方もできてしまう。


「真織だって僕と同じことをしているんだ、だから問題はないでしょ?」

「別に問題があるなんて言っていないわよ、ご飯ができるまで部屋にいるわ」


 着替えて椅子に座る、前にカーテンを開けてから椅子に座った。

 解散になってから割とすぐに出てきたから真っ暗ということもない、だからそのまま奇麗に見ることができる。

 大した景色というわけでもないのにずっと見られてしまうような魅力があった。


「色々変わっていくのかしらね」


 なにかが間違って私が千葉を優先したり、他の男子を優先するようになったらこうして部屋でぼけっとしていることもなくなるだろう。

 間違いなくこうしているよりはいいことだと言える、それに真樹を解放してあげられるわけだし。

 一週間後か、一ヶ月後か、一年後か、いつかは分からないけどそういう可能性は逆に高いような気がした。


「真織、ご飯できたよ」

「あ、いま行くわ」


 毎日必ず帰宅するとはいっても一緒にご飯を食べられるわけではない。

 待っていても「食べればよかったのに」と真顔で言われるだけだからやめたというのが正しいことではあるけど。

 いやもうね、ああいうのが一番堪えるのよ、お腹が空いているのに待って待って待ったというのにそれだからね。


「「いただきます」」


 私はどちらかと言えば真樹が作ってくれたご飯の方が好きだった、自分で作れば自分好みの味付けになるのに何故かずっとそうだった。

 優しさが感じられるからかな? 私も優しさを込めれば真樹にも作ったときにそう感じてもらえるのだろうか。


「真織ってやたらと二木さんといさせようとしてくるよね」

「ん? いさせようとなんてしていないけど……」

「そうかな」


 あれ、なんか文句を言いたそうな顔になっている。

 上手くいくようにとわざとふたりきりにしてみるとかそんなことはしていないのにどうしてこんな顔をされなければならないのかという話だ。


「ああいうのは二木さんとか相手に迷惑がかかるからやめてくれないかな」

「ちょっと待ちなさい、一緒にいさせようとなんてしていないわ」


 あ、もしかして特別な感情とかはないのと聞いたのが悪かったのだろうか。

 これは単純に真樹の言葉選びのミスで、本当に言いたいことがそっちだったのなら言いたくなる気持ちはなんとなく分かる。

 勝手に自分が知らないところで振られたら嫌だもの、つまり、嫌なことをしてしまったことになるわけで。


「ごめん」

「真織と喧嘩なんかしたくないからね、分かってくれればいいんだ。これからもそこだけは気をつけてほしい」


 今日も洗い物はやらせてもらって、真樹にはその間にお風呂に行ってもらった。

 心配しなくてももう聞いたりはしない、答えを知ることができたから問題はない。

 それでも気になるのが千葉のことだけど、まあ、そっちも本人が勝手にやるだろうから黙っているのが正解だろう。


「ただいま」

「うん」

「今日はもう部屋に戻るね、おやすみ」

「あ、うん、おやすみ」


 こっちも早くお風呂に入って休もう。

 課題とかはないからベッドに寝転んでもいい、そのまま寝てしまってもいい。

 どちらにしろ早起きをしなければならないからそこまで変わらない、四時とかに起きてしまっても読書なんかをすればいい。


「うぅ、さむ――だ、誰よこんなときに」


 インターホンが鳴らされて固まる、どうするのが正解だろうか。

 もう一度服を着て出るというのもなんか嫌だ、このまま無視をしたところで特になにかデメリットがあるというわけでもない気がしてくる。

 まあまだ十九時過ぎとかそういうことではないけど、わざわざ着てまで出る必要は全くな、


「真織、二木さんが、あ゛」

「分かったからちょっと代わりに相手をしてて」


 弟に全裸を見られたぐらいでぴーぴー言う人間ではない。

 とはいえ、見せつけるようなやばい趣味があるわけでもないからあくまで冷静に対応をしていく。


「ご、ごめん!」

「いいから、すぐにお風呂から出てくるから頼んだわよ」

「わ、分かった」


 一度しか鳴らされなかったのに律儀というかなんというか、二階にいたのによく相手をしようと思ったものだ、っと、すぐに行くと言ったのだからささっと済ませて戻ることにしよう。


「ふぅ、あれ? 急いで出てきたのに穂波がいないじゃない」

「あ、精神的に疲れちゃったみたいだったからもう寝てもらったんだ」

「え、ちょっと見てくるわ」

「うん、客間にいるから」


 確かに開けて確認してみたら寝ている穂波がいた、起こすのは悪いから事情を聞いたりはしなかったけど。


「そ、それより真織、さっきは本当にごめん」

「それよりって酷いわね、私のことより穂波を――これはノーカン?」

「いやでもさ、二木さんのことも心配だけどさ……」

「いいからいいから、ま、だけど今日のところはもう戻りましょうか」


 あの状態ならこちらにできることはなにもない。

 私と遊ぶためにここに来たことは何回もあるから用があるなら来るだろう。

 だから私達にできるのはいつも通り休むとかそういうことだけだった。

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