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Nora
01話.[好きにしなさい]
「ちょっ、付いてこないでよっ」
同じ男にずっと追われていた。
逃げても逃げても距離ができない、それどころか詰められているぐらい。
「仕方がないでしょ、僕だって同じところに行かないといけないんだから」
「はぁ、それは仕方がないにしても学校では話しかけてこないでよ?」
「え、嫌だけど」
「なんでよ!」
信号が赤になったタイミングでその男は私の横までやって来た。
それからこちらの頭に手を置いて「姉弟で鬼ごっこも悪くないね」と言ってきた。
そう、私達は家族だ、ちゃんと血の繋がった姉弟だ。
納得がいかない点はほとんど同じタイミングで生まれてしまったということ、そのため、弟とはいっても双子の弟だから困ってしまう。
「あんたは昔から他人と上手くやれる人間なんだからそっちを優先すればいいのよ」
「姉さんはちゃんと行ってあげないとひとりになってしまうからね、だから感謝してほしいぐらいだよ」
そんなのいらない、それにそこまで絶望的というわけではない。
私にだって友達ぐらいいる、いつまでも弟頼りの人生というわけではないのだ。
今年の目標は一度もとまではいかなくてもなるべく頼らないようにすることだ――ったというのに、なんかあんまり変わらない一年になってしまっている気がする。
「あんたとは家で話せればいいわよ……」
「まあまあ、別に損をするわけじゃないんだからさー」
学校に着いたら別れて自分の教室へ、HRまで休んでおかないと正直に言ってやっていられない、もう冬だからなるべく動きたくないというのもあった。
「
「おはよ」
友達の二木
彼女と話せているときだけが心休まる時間だと言える、それ以外の時間が全部悪いというわけではないけども。
「今日は
「来ないでって言っておいたから来ない――」
「真織、来たよ」
「ははは、真樹君は真織が本当に好きだなあ」
いや別に弟のことが嫌いとかそういうことではない、ただただ学校で話すのはなんか違う気がするというだけでね。
それだというのに全く気にした様子もなくこうして毎回来てしまう弟にため息しか出ないというのが現状で。
「おはよう二木さん」
「おはよう」
「いつもありがとう、僕が見られていないときでもきみが真織と同じ教室内にいてくれるというだけで安心できるよ」
「私は普通に友達として真織といるだけだけどね」
それはそうだ、むしろそれ以外だったら嫌だ。
「真織、そういえば今更なんだけどさ」
「なに?」
「お弁当袋、忘れていたから持ってきたよ」
「……ありがと」
忘れた私が悪いんだけど、持ってきてもらえて感謝しかないんだけど、わざわざ学校で渡さなくてもいいじゃないと言いたくなってしまう。
いやもう本当に感謝しているから言わないけどね、ただ、恥ずかしいとか情けないとかそういうやつで落ち着かないというだけでさ。
「そうだ真樹君、今度一緒に遊びに行こうよ」
「それは真織もいるの?」
「どう?」
「私は遠慮しておくわ、お金も使っちゃっていてないから」
気になった物はどんどん買って確かめていく。
そういうスタンスのため、後悔することは結構多い。
食べ物とかなくなる物ならまだいいものの、残る物にも同じようにしているからそうでなくても狭い部屋がさらに……という感じ。
「じゃあ行きたくなったら言ってね」
「分かった」
「それじゃあ僕はこれで、今日もお互いに頑張ろう」
入学してからかなり時間も経ったわけだし、授業がある度にいちいち不安になっているわけではない。
それでも油断していたらあっという間についていけなくなるぞと常に言われている感じはあるので、自分のできる範囲で向き合っている形になる。
「真樹君って可愛いっ」
「毎回話した後は言うわよね、好きとかそういうのはないの?」
「男の子として好きとかそういうのはないよ? とにかくただただ真樹君が可愛いから言いたくなるだけで」
可愛い……まあ、可愛げのある存在であることは確かだから違うとか言うつもりはない、学校でだけではなく家でも「真織」と言って近づいてきてくれる子だ。
「家での真樹君ってどんな感じなんだろ」
「家に来ればいいじゃない」
「あ、じゃあ出かけた日に行かせてもらおうかな」
「じゃあそのときは家を出るわ、私がいるときだと本当のところが分かりにくいかもしれないでしょう?」
「え、そのとき真織はどうして過ごすの?」
私は公園の滑り台にでも座ってゆっくりしようと思う。
夕方頃に使用する子どもはいないから問題にはならない、また、使用する子が現れたら大人しくどけばいい。
二時間ぐらい時間がつぶせればそれでいいわけだからそう難しい話ではない、だから気にせずに真樹と過ごしてほしかった。
「よし、とにかく今日も頑張りましょう」
「そうね」
頑張っていたら必ずいつかいいことがある。
どうせとか言い訳をしてやらないでいるのはださいからこの先もずっと同じ自分のままでいたかった。
「と、届かない……」
身長が絶妙に足りなくて気になった本が取れなかった。
このまま格闘していても惨めな気持ちになるだけだからとやめようとしたとき、
「これか?」
「そう、ありがとう」
本を取ってもらえたから助かった。
やはり頑張っていたらなんとかなるというのが私の考えだ、これはまあ……自分で取れたわけではないから微妙だけど……。
「千葉がいてくれて助かったわ、でも、運動大好きなあんたがどうして図書室なんかにいるの?」
千葉
穂波の幼馴染だからいつも気にしている、だから大抵は近くにあの子がいる。
そして今回も当たっているようで、あの子に頼まれたからだと教えてくれた。
「それこそ真樹はどうしたんだ?」
「真樹はもう帰ったわ、今日の体育で疲れたみたいでね」
「はは、なんかあんまり想像できないが」
「とにかくこれ、ありがと」
「おう」
借りてこちらも帰ることにする、本は字を追うということが好きだから借りただけだった。
食事や入浴を終え、寝るまでの時間にそうするのが日課となっている。
わざわざお金を払わなくても借りれば何度でもできるのだからすごい話だ。
「ただいま」
「おかえり……」
「そんなに疲れたの? さっきより酷い顔をしているじゃない」
「だから真織が僕を回復させてよ」
「ちょ、重いわよ……」
まあいいか、寄りかかられていても本は読めるから問題ない。
今日もお弁当の件で助けてもらったわけだし、こういうことで返そうとするのも悪くはないだろう。
「千葉が真樹はいないのかーと言ってきたの」
「僕だっていつでも真織といられるわけではないからね。でも、気持ちだけはずっと一緒にいたいと思っているけど」
「姉のことはいいから高校生活を楽しみなさい、中学のときも私ばっかりを優先して振られていたじゃない」
彼には言っていないが、そのことで悪く言われたぐらいだった。
まあ、私のせいでというのは事実、だけど謝ることもしなかったけど言い訳をすることもしなかった。
いやでもあんなことが本当にあるとはねえ、焦っている状態で上手くいかないと八つ当たりをしたくなってしまう……のね。
「あれはあの子のことを好きにはなれなかっただけだよ」
「違うわよ、あの子はあんたのことを間違いなく好きでいたわ」
「でも、もうどうでもいいことだ、あれから何年経過していると思っているの?」
「何年って、三年ぐらいでしょ」
「三年前のことをいまからどうこうできないでしょ」
そのことについてなにかをしろなんて言っていない、同じことにならないように気をつけろと言っているだけだ。
ほとんど同じタイミングで生まれたから、大切な家族だから、姉だから、色々なことから言わさせてもらっている。
いい子がさ、しょうもない理由で損をしているようだったら嫌でしょ、だからうざがられても私はずっと同じようにするのだ。
「こうして真織に触れているとやっぱり落ち着けるよ、疲れもどうでもよくなるぐらいだ」
「いや、そんなことを言われても困るんだけど……」
私に触れたからってなにかが変わるわけではない、それどころか冷静になった途端になにをしていたのだろうかと後悔するぐらいではないだろうか。
ちなみにこうして彼がいてくれているときは安心できる、家族だけでもこうしていてくれればなんとかできるという気持ちになる。
学校であんまりいたくないというのは正解ではなくて、邪魔をしたくないからでしかなかった。
家でだって外でだって一緒にいられた方がいい、そうすれば不安な気持ちだってなんとかできてしまう。
それぐらいの力がある、……調子に乗るから直接言えたりはしないけど……。
「本当のことだよ、二木さんにとっての千葉君みたいな感じだよ」
「その二木穂波さんはあんたのことをいつも『可愛い』と言っているけどね」
「本当に可愛いのは真織さ」
うぇ、そんなことがあるわけないじゃない……。
言葉で微妙な気持ちにさせられることが多いから部屋に戻ることにした。
「行かないで」と言われてうっとなって足を止めてしまったけど、そこは自分のそれを優先して部屋へ移動。
「あ、お弁当箱を洗ってくるのを忘れたわ……」
いいところがあるのにああいうところは残念なところだと言える。
お世辞なんていらないのに、家でも同じように相手をしてくれればそれで十分なのに真樹め……。
「真織、入るぞ」
「え? あんたなんで……」
「穂波と一緒に来たんだ、ふたりのところに行った方がいいという話になってな」
「別にいいけど、楽しい場所でもないわよ?」
「問題ない、真織と真樹がいれば十分だ」
それなら真樹といればいいのに、私と関わってくれている子は変な選択ばかりをしがちだった。
「あ、今度穂波が真樹と出かけるわよ」
「仲いいから普通だろ」
「幼馴染としては気になるんじゃないの?」
「いや? 彼氏というわけでもないし、仮に彼氏でも止めたりはしないぞ」
穂波からそういう話を聞けたことがないからなにもないのかもしれない。
彼の方はワンちゃんみたいにずっと穂波の近くにいるのになんとも寂しい話というか、報われない感じがしてなんて言っていいのか分からなくなる。
まあでも、変なことを言おうものなら本気で怒られかねないから分からないぐらいが丁度いい可能性もあった。
「今日はこれを読みにきたんだ」
「好きね」
「読んでみなければ面白いかどうかも分からない、だからなんでも読むぞ俺は」
「ふっ、好きにしなさい」
お弁当箱を洗っていないということから目を逸らすためにこちらも読書を始めた、読みながら先程言ったことは間違いだったわねと内で呟く。
とにかくなんに対してでも斜に構えたりせずに行動するのが彼だ、この点は穂波にもできないことだから彼のいいところと言えるのではないだろうか。
「たださ、これだと不公平だよな」
「ん、急になによ?」
あまりにも急すぎて頭の中が凄くごちゃごちゃになっていく。
せっかく借りた本を読んでいたというのに、ちょっと意地悪なところがあるのはなんでなの……。
「俺は漫画を読めているけど、俺は真織に対してなにかができているというわけじゃないだろ?」
「別にいいわよ、漫画だってほとんど読まれずに棚に置かれているぐらいなら誰かが読んでくれた方がいいでしょうよ」
漫画を貸してあげているんだからなにかをしなさい、そんなことを言う人間だと思われている方が嫌だった。
もうこれは私の物なのだから好きにしなさいと言った時点で問題はないと分かるはず、……まあこういうところは穂波と似ているけど……。
「そうか、じゃあ読ませてもらうわ」
「うん、それでいいのよ」
それから大体一時間ぐらいお互いに読書をして、十八時が近づいたところで一階に移動した。
楽しそうに話している真樹と穂波に挨拶をしてからご飯作りを始める、これは交代交代でやるから毎日というわけではないから疲れることもない。
「手伝うよ」
「いいわよ、あんたはふたりの相手を――なんで見つめ合っているの?」
「だから来たんだ、あれを間近で見ているより真織とご飯を作った方がいい」
「って、別にキスをしたりとかはしないけどね」
本人が言っているならそれでいいということで終わらせて、ふたりでご飯を作ったまではよかったんだけど、
「……昨日あんたに作ってもらったのにこれじゃあ駄目じゃない」
これ、これが気になって味わうことができなかった。
あまりに任せていると役立たず感が強くなる、これ以上酷くなったら徐々に会話もなくなりそうだから怖い。
「まあまあ、一回ぐらいだから気にしない気にしない」
「違うわよ、私はもう何回も――」
「はい駄目駄目、もう変えられないんだから言っても仕方がないよ」
どうしようもない気持ちを洗い物でなんとかさせて、申し訳ないけど先にお風呂に入らせてもらうことにした。
さっさと済ませて寝てしまった方がいい、そうしたら駄目な姉であるところを直視しなくて済むからだ。
「おかえり」
「うん、あ、ふたりはさすがに帰ったのね」
「うん、明日もよろしくって言っていたよ」
静かになっていたのはそういうことだったのだ。
真樹はソファに座ってなにをしていたのだろうか。
「じゃ、私はもう部屋に戻るから、おやすみ」
「お風呂から出たら部屋に行ってもいい?」
「え、あ、……別になにもないけど」
「真織と話したいんだ」
私と話したいと言うけど、お昼休みとかだって話していたのになんで足りないのかとツッコミたくなる。
いやまあ、興味を持ってくれているということだからいいことではあるのよ? だけどここまでになるとね……。
「じゃ、じゃあ、早くお風呂に入ってきなさいよ」
「うん、行ってくるよ」
あ、断じて言っておくと好意とかそういうのは一切ない。
寂しがり屋、甘えん坊、少し素直になれないと自覚しているからこうなっているだけで、うん、神様に誓ってそういうのはないと言い切ることができる。
血が繋がっているんだからさ、そんなのあるわけがないだろう。
だからもしそんなことになったら冗談抜きで距離を作る。
迷惑をかけたくないというのと、常識的に、ということでね。
「いつまでも弟離れができない姉も、いつまでも姉離れができない弟も不味いわよ」
「そうかな? 家族なんだから仲良くできているならそれでいいでしょ」
「私としてはね、でも、あんたにとっては違うから」
「よく分からないなあ、なんで真織はそうやって気にするの?」
「なんでって、あんたが私のせいで損をすることになるからでしょうが」
逆にどうしてそこまで気にしないのかという話だ。
「損なんてしたことないけど」
「これまではそうなんでしょうね、でも、これからは分からないじゃない」
「分かるよ、僕が損だと思わなければそうはならないんだから」
「そうやって言い聞かせているだけなのよ、本当はなんでこんなことをしているのと言いたいあんたがいるのにね」
感情があるからそれは仕方がないことだった。
他人のために動ける自分というのはそう悪い話でもないけど、冷静になってみればひとつの事実に気づけてしまうものだ。
自分を犠牲にしてずっと誰かのために動ける人間はいない、間違いなく彼だっていつかは耐えられなくなることだろう。
そのため、そうなる前になんとかする必要があった。
「真織」
「なによ」
彼はこちらの腕を掴んで悲しそうな顔でこちらを見てきた、それから「そんなこと言わないでよ、それとも、真織的にはいなくなってほしいの?」とも。
「そんなわけないでしょ、私はあんたのために言っているだけよ」
「僕のことを考えてくれるのは嬉しいけど、それならさ」
はぁ、どうしてこうも上手くいかないのか。
なんかもうそういう風に決められているような気がしてきたのだった。
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