第4話 イマジネーション
7 青とオレンジの世界
コンビニでメモ帳を買ってきた。ついでにタバコをワンカートン買ってきた。昔はカートンで買うと、ライターをおまけでくれた。今は電子タバコなので、ライターがいらなくなったせいか、ライターをくれなくなった。少し損した気分だ。何かおまけでくれてもいいのに。
メモ帳に何を書こう。仕事でもそうだけど、自分で大事だと思ったことを書けばいいな。全部を書いていたら日記になってしまう。まずは「心の声で話せ」か。でもこれ書かなくても覚えられるよな。一応、初心を忘れないように書いておこう。
「それでだ、お前は輪郭を彩ることが出来る。これは先々のことだが、宇宙空間で役に立つ。しかし人間が宇宙で生活するには、まだまだ気の遠くなる時間がかかるだろう」
随分と話のスケールがでかくなってきたな。宇宙なんてお金持ちが旅行に行くイメージしかないぞ。でもきっと何百年後かに、人間が宇宙で生活する未来があるんだろうな。私が生きている間では、宇宙生活を体験出来ないのが残念だ。未来の生活を未来人に聞くのは野暮な気がして、聞くのはやめた。
「今の時点でどう彩るか言ってみろ」
「正面は普通の景色で彩りはないです。正面から少し横目にずらすと、物体の縦のラインが、青とオレンジに彩ります」
「そうだよな、横にずらすと縦のラインが彩る。では、眼鏡のフレームの上側付近や下側付近で見るとどうなる?」
だんだんとわかってきたぞ。眼鏡のフレームの横側付近では物体の縦のラインが色付く。そしてフレームの上下付近では、物体の横のラインが色付く。すごくきれいな世界だ。
「自分の手を光の強い方、部屋の照明に向かってかざしてみろ」
言われたとおりに手をかざす私。「なんじゃやこりゃ」と言いたい気分になった。野球の左バッターのように顔を斜に構えて見ると、かざした手の右サイドは青で彩られ、手の左サイドはオレンジで彩られている。指の一本一本も同じで、指の右側が青、指の左側がオレンジに彩る。他の方々も同じことをやってほしい。この世界はおれだけなのか、このように見えるのは。
「それでだ、今は左バッターのように顔を斜に構えたな。では逆に、右バッターのように顔を斜に構えたらどうなる?」
わくわくししながら、顔の向きを変えてみる私。
「さっきと色味が逆じゃないか」
とりあえずわかったことは左右にずらすと縦のラインが色付く。上下にずらすと横のラインが色付く。それが左右、上下で青とオレンジの輪郭の色味が逆になる。これもメモかな。普通に覚えられるけど書いておくか。
「そういうのはメモするな。情報戦は始まっている。そのメモを海外に売り飛ばす人物もいるから注意しろ」
何が起こっていて、何が始まるんだ。情報戦って私だけが特別な存在なのか。他にも同じように見える人はいるだろう。そんなやり取りをしていると、母親の声が聞こえてきた。
「ご飯出来たよ」
もうこんな時間か。今日は一日が早かったな。自分の部屋の扉を開けると、カレーの匂いが漂ってきた。
「コンビニに行く時に晩御飯の匂いがしたあの家庭もカレーだったな。奇遇だな」
「奇遇なわけないだろ。錯嗅だ。今日の夕飯のヒントを与えておいてやったぞ」
「屋外でカレーの匂いがしたから、うちの晩御飯もカレーだって気付くか!」
「いいぞ、その調子だ」
錯嗅とは錯視の匂いバージョンで、未来人が脳をコントロールして疑似的な匂いを嗅がせるのだろう。こんなことをこれからやっていくのか、疲れそうだ。先行きの不安を感じ、猫背になりながら晩御飯を食べる私。母は心配そうな目で私を見てこう言った。
「猫背じゃ、だめ! 老けて見えるわよ」
母さんに言いたい。今はそっとしておいてくれ。
黙々と食べて「ごちそうさまでした」と言い部屋に戻る私。こんな子供みたいな四十代なかなかいない。自分が情けなくなる。食欲はあるから、まだメンタルは大丈夫そうだ。本当にメンタルが滅入ると食欲がないって聞くからな。
親にまた心配かけてしまうな、明るく振舞って気をつけないと。
8 イマジネーション
自分の部屋に戻ると、保安灯だけが点いていて暗いオレンジの世界だった。静まり返っていて秒針だけが部屋に鳴り響く。子供のころ、ご飯を食べて自分の部屋に戻るのが怖かった。もしかしたら、その時からずっと誰かが私の部屋にいたのかな。その気配を感じて、子供の私は怖がっていたのかな。
そんなことを考えながら部屋の明かりを点けた。
「これからいろいろなものを見て想像してもらう」
明かりを点けたらすぐに聞こえてきたので、休憩時間もないのかと腹が立った。
「食後の一服させてください!」
「好きにしろ。さみしかったぞ」
なんで時折、可愛いことを言ってくるんだろう。なんかこう可愛いことを言われると、心が恥ずかしくなるというか痒くなるこの現象、なんて言うのだろう。
タバコだけが今の生きがいな私。食後のタバコは美味しい。
そして、今日一日で「おれ、何やってるんだ」と何回思ったことか。今もそう思ってる。食事中に元気なくて母に心配かけたり、未来人の指示に真面目に従っていることも、すべて「何やってるんだ」である。
「それでだ、吸いながらでいい。後ろのタンスの扉を見ろ。これを見て何を想像する?」
「ええっと、タンスの両扉に鼻が高い人型の猿のような動物がいます」
「そう見えたか。これは、天狗だ」
「天狗というとあの架空の生物の」
「そう、お前らは天狗は架空ということにしているが、実際に天狗はいた。有頂天になるなという意味で ‘天狗になるな’ と言うが、実際は超能力者になってしまった人に対して、人間に戻って来いという意味で使われてた」
「天狗が超能力者?」
「そうだ。天狗は超能力者であり、当時としてはフィジカルエリートだった」
話が飛びすぎてついていけない。天狗が超能力者だって知らなかった。なんか鼻が尖がっていて顔が赤くて。あれ? おれの赤面症となんかつながりあるのかな。なんでもかんでも、自分と話を繋げてしまうのは「関係妄想」という精神の病だって学校で習ったな。これは忘れよう。
「それでだ、時間があれば壁の模様や植物の形を見て、人の顔だと想像しろ。これをイマジネーションという。クリエーションと紛らわしいから気をつけろ」
クリエーションは、未来人が脳をコントロールして錯覚を起こさせることで、イマジネーションは、物体を人の顔だと想像すること。こりゃメモだ!
「今からお前がイマジネーションしている時に、錯視を入れ込む。クリエーションだと思ったら素早く斜に構えて輪郭を彩れ。いいな?」
模擬戦みたいなことが始まる予感がした。本当に楽しくなってきたから困る。
これをやることによって何かがわかるのだろうか?
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