第3話 クリエーション

6 錯視とは


 未来人にメモしろと言われ、メモ帳をコンビニに買いに行く私。それなら病院の帰りに「メモ帳を買え」と言ってくれれば、二度手間じゃなかったのにな。病院の帰りは、急にイケボおじさんの声が聞こえてきて、怖くなったからしょうがないか。でも今はちょっと楽しくなってきちゃってる。刺激があって楽しいかも。


住宅街を通り抜ける時に、夕暮れの匂いに気付いた。この時間帯の哀愁のある匂いが好きなんだよな。それにプラスして、住宅から晩御飯の匂いが漂ってくる。


「あぁ、このお宅、今日はカレーなのかな」


このようなことを考えると、すごく温かい気持ちになる。一軒一軒に家庭があって幸せがあって。

すると突然、後ろから人の気配がしたので振り返った。誰もいない。今日はこういうのが多いけど、錯覚なのだろうか。


「人には気がある。ただし、それは見えないから感じるしかない。余談だが我々の世界で‘人気がある’という言葉は、気がある人を指す。そういう人達が人を引き付ける」


屋外でも普通に聞こえるんだな、当たり前か。病院の帰りもそうだった。それで、人間の気って何だそれ。漫画でよくある設定だぞ。そういう超能力の事を習得していくのかな。


「違う。残念ながら、お前は情報系に部類するタイプだ。そして、我々は‘人’と‘人間’は分けて考える。字のごとく人は人で、人間は人の間。つまり、進化過程の人間はまだ未熟ということだ」


いろいろと突っ込みたい事が……。まず情報系ってなんだ? 

私が眼鏡に変えてからわかった現象、物体の輪郭を二色で彩る能力のことが情報系に部類するのか。この能力は何かの役に立つのかな?

物体自体は色付いているものだから人間は認識出来るわけで、物体を手に取ったり移動したり出来る。その認識出来ている物体の輪郭を彩ってもあんまり意味なさそうだけど。 


そして、日本語のややこしいところがきたな。言われてみたら現代人は、「人」と「人間」って分けて考えてはないよな。学術的に使い分けはあるのかもしれないけど。

これらのことを考えていると、時間にしてほんの十数秒の出来事だが、後ろを振り向いたまま立ち止まっていることに気付く私。こんな格好だと住宅街の方々に怪しまれるので前を向いたら、怖い光景が目に映った。

仁王立ちの黒い影が急に目の前にいるのだ。


「私が意思を説明するおじさんです。覚えておいてくださいね」


そう言うと黒い影は、一瞬にして消えた。わけわからん。黒い影はどこに行ったのか、空や地面を探したが、黒い影は見当たらない。夕暮れ時の赤みを帯びた屋外で、その影響を受けていない綺麗な黒色だった。まるで二次元のような純粋な黒。あの黒い影は夢で見た「石を説明するおじさん」だ、間違いない。夢で聞いた声と同じで、優しそうなイクメン風な声だ。


あの時は、子供が光る石を持っていたから、「石を説明するおじさん」って思っていたけど、「石」なのか「意思」なのか、音声だけでは判断が出来ないな。前後の話の流れから「いし」という言葉の意味を判断しなければいけないけど、夢の中での会話の流れを覚えていない。


端的に物事を言われると、同音異義語が多い日本語は難しいわ。

「いし」は「石」と「意思」の二つ解釈を持っておこうと思う私。

この世界の難しさを体感したのはこれが初めてかもしれない。


「おいおい、一瞬にして消えるって幽霊かよ」

「これが錯視だ」

「錯視?」

「そうだ。コーラじゃない。我々はお前の脳を操れる。今はそれだけわかっておけ」


なんか今ふざけたな。ああ、そうか、こういうのが大事ということか。私もふざけたい。でも今は、いろいろと教わっている最中だからやめておくか。

それよりも今、錯視というのはつまり、視覚を操って偽の映像を見せれるってことか。おれの脳は電脳かよ。そんなことありえるんかい。近未来感出てきちゃったな、私。


「お前の脳は電脳ではない。だが、我々は人間の脳を知り尽くしているので、お前の五感に対してあらゆる操作が出来る。それでだ、これから錯視だと思ったらクリエーションと言え。それでちゃんと映像を見れてるんだなと我々が落ち着く」

「落ち着くんかい。可愛い」

「そういうのは駄目だ。敬意は持ってほしい」

「は、はい……」


「それでだ、時折、心の声ではなく言葉に発してしまっているから注意しろ。一人の時はそれでもいいが、人混みの中で独り言を話すおじさんがいたら気持ち悪いだろ。心の声で話せ」


私がマウント取れると思ったのに、それを察してちょっとイラついたイケボおじさんを感じた。ふざけるのはありだけど、敬意は持たなくてはいけない未来人とのやりとり。これも難しいな。慣れてきたら、あんなことになっちゃうのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る