#2 訳アリ親子
神代館の一員になったあと、ボクはマキアに連れられてウィルと一緒に館の中を見て回っていた。
「ここがご飯を食べるところだよ」
「わぁ、広いね」
白いテーブルクロスのかけられた食卓に、向かい合わせで並べられた六つの椅子。天井からは小さなシャンデリアが吊るされている。
「ぼくいつもこの席で食べてるの。こっちにイムリスが座って、ここがたまにシッダでそこがシュナイド」
次々と席を指さしていくマキア。その顔はとても楽しそうだ。
「こことここにシュリル様と私が座れば席がちょうど埋まりますね」
「あ、本当だ。賑やかな食事になりそうだ」
「はぅ、早くみんなでお食事したいな」
「ふふ、そうだね」
心が温まったところでマキアの言葉に気になる箇所を見つける。
「シッダってここで食事してるんだ」
「ぼくのテイキケンシンしに来た時にたまに食べてくの」
シッダはイムリスたちとも知り合いだったのか。どうりであの場に馴染んでいたわけか。
「次はお風呂場、すごく広いよ!」
「それは楽しみだね」
マキアの案内でまず脱衣所に着く。この空間だけでもボクの家の浴室より広かった。
「ひ、広い……」
「浴室はどれほどなんでしょうね……」
恐る恐るドアを開くと、広々とした空間に豪華な像をあしらった円状の浴槽が現れた。
「これ、ボクたちの家が狭い気がしてきた」
「シュリル様、ライオンの口からお湯が出てますよ」
「あんなの本でしか見たことない」
謎の敗北感に軽い目眩がしつつ次の場所へ案内してもらう。
「ここはね、ぼくがよくお昼寝しちゃう場所なの」
「これは確かに心地よくてつい眠ってしまいそうな中庭ですね」
日差しが降り注ぎ、植えられた植物たちの青々しい色と様々な色の花の香り、そして中央の噴水の水の音が心から癒される空間を生んでいた。
「いい場所だなぁ」
落ち着いたらここで紅茶を飲むのもいいな。理想のティータイムの妄想が膨らむ。
「こんな素敵な館に住める日が来るとは思いませんでしたね」
「うん、長らく生きてきたけど、人生まだまだ何が起きるか分からないもんだね」
「ねぇねぇ、シュリルもぼくと同じフローフシなんだよね?」
会話を聞いていたマキアが首を傾げる。
「ん、そうだよ」
「いつからなったの?」
「それがね、覚えてないんだ。その辺りの記憶がなくて、いつの間にかこの体になっていたんだ」
ボクには過去の記憶が無い。まるで最初から無かったかのように思い出すことができないでいる。
「それって大丈夫? 辛くない?」
心配そうにボクを見上げるマキア。
「平気だよ。それに、過去のことより今が大事だから」
「はぅ、よかった」
頭をそっと撫でると安心したのか笑顔が戻る。
「いつまで経っても身長が伸びないから最初は驚いたなぁ」
「あ、ぼくも同じ! イムリスがすごく慌ててた」
「高い所の物なんかはよくウィルに取ってもらってるんだ、ね? ウィル……どうしたの?」
不思議そうにマキアを見つめるウィル。
「いえ、イムリス様は確かマキア様の父親でしたよね? 名前で呼んでるんだなぁ、と」
言われて気が付く。何か事情があるのだろうか。
「そういえばそうだね。なんでだろう?」
「えっとね、イムリスがパパって呼ばれるの恥ずかしいって言ってた」
答えはなんとも簡単なものだった。実は本当の親子ではないなどの深読みまでしてしまった。
「シュナイドはね、おじさんって響きがヤダって言ってた」
似たもの兄弟だ。
「おーいお前ら、昼飯にすんぞー!」
話に花を咲かせていると噂の人物がボクたちを呼ぶ。
「はーい! 今行くー!」
すぐにマキアがイムリスの元へ駆け寄る。
「ボクたちも行こうか」
「はい、シュリル様」
再び食堂へ向かうと、先程の食卓にはできたばかりの料理が並べられていた。
「あれ、いつ作ってたんだろう? さっきボクたちが来た時はそんな様子なかったような」
「ふっふっふ、魔法デリバリーサービスさ」
「へー、そんなのあるんだ」
得意げに人差し指を振るイムリス。大富豪はなんでもありだな。
「さ、席に着いて食べようか」
シッダの言葉に各々がいつもの位置に座る。ボクとウィルは空いている席に着いた。
「さて、この神代館に家族が増えたことを祝しまして、いただきます!」
「いただきます!」
イムリスの号令に続いて皆も食事の挨拶をする。
「んぅー、美味しい!」
「このお肉とてもジューシーです!」
初めて食べる味に頬が落ちそうになる。隣のウィルも美味しさに目を細めていた。
「だろ? オレのおすすめの店から頼んだんだ」
「さっき言ってた、魔法デリバリーサービスってどういう仕組みなの?」
魔法というからには何か不思議な力が働いているのだろうか。
「これを使ったのさ」
イムリスはポケットから青い石の付いたネックレスを取り出した。
「それは?」
「コール石っていう魔法石の一種さ。会話したい相手を思い浮かべて名前を呼べば、離れてても話すことができるんだ」
「便利だね」
手のひらに収まるほど大きさなので、持ち運びにも不便はなさそうだ。
「ちなみに、相手からの呼び出しは石が光るんだ、もしもしって声をかけると相手の声が聞こえるようになる。あとで予備のコール石やるから、オレの部屋まで来てくれな」
「いいの?」
「マキアに何かあったらすぐに教えてほしいからな」
「そっか、じゃあ遠慮なくもらうよ」
どうやら本格的にマキアのことをボクに任せてくれるらしい。こちらもその期待に応えなければ。
「料理はどうやって?」
「簡単だ。転送魔法でぽんぽんっとさ」
魔法は便利だな、とイムリスは笑った。
「――ごちそうさまでした!」
楽しい食事が終わる。食べ終えた皿はイムリスが転送魔法で店に返していた。
「じゃあ部屋で待ってるぜ」
「ん、すぐ行くね」
ボクはお腹を休めるため椅子に座ったまま窓の外を眺めた。
「シュリル、隣いいかな?」
「ん、ボクも話たかった」
隣にシッダが座る。気をきかせてくれたのか、ウィルはマキアを連れて部屋を出た。
「目が覚めたばかりなのにいろいろ頼んじゃってごめんね」
「キミが謝ることないよ。平気さ、むしろ四日も寝てたんじゃ体が鈍っちゃうからね」
「そう言ってもらえると助かるよ。改めてありがとう、シュリル」
シッダは嬉しそうに微笑んだ。
「あまり外に出たことがなくてね、マキアには友達がいないんだ」
「体が弱いとか?」
「ううん、イムリスが外に出すのを怖がったんだ。マキアに別れのつらさを経験させたくなかったみたいでね……」
それは不老不死ゆえの悩みだった。けど、ボクはそこまで気にしたことがなかった。
「その様子じゃ、イムリス自身に何かあったみたいだね」
「その通り。僕の口からは言えないけど、そのうち本人の口から聞けると思う」
「まあなんとなく分かってきたよ。ボクにマキアの永遠の友達になってほしいんだな」
シッダは眉を八の字にさせ困ったように笑う。
「ふふ、お見通しだね。何個も頼んで申し訳ないんだけど、マキアと友達になってほしいんだ」
「大丈夫、ボクはとっくにそのつもりだよ」
「本当にありがとう。マキアは赤ちゃんの頃から見てるから、僕もつい親のような気持ちになるんだ」
その言葉で先ほどのマキアとの会話を思い出す。
「そういえば、キミとイムリスたちは知り合いだったんだね」
「うん、イムリスとシュナイドとは古い付き合いでね。ある日、イムリスが泣きながら赤ちゃんを抱えてやって来たんだ、育て方を教えてくれって」
「そうだったんだ、医者は大変だね。あ、そろそろ行かなきゃ」
続きが気になる話だが人を待たせてはいけない。
「今の話、イムリスには内緒にしてね」
「ん、分かった」
ボクは足早にイムリスの待つ部屋へ向かう……はずだった。
「どこに部屋があるか教えてもらうの忘れてた」
「はは、一緒に行こう」
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