ボクとキミと、永遠の時間 ~Immortal children~
みみたま
#1 はじめまして
この世界に突如として現れた邪神グァンバデス。人々の悲しみ、恐怖、絶望、あらゆる負の感情を喰らいその身を膨れ上がらせ破壊のかぎりを尽くすと云われる闇の存在。
そいつが今、ボクたちの街に牙を向く。空を紅く染め、街全体を飲み込まんほどの巨大な体から伸ばした触手をいくつも地面に突き刺し街を壊していく。
それでもただ崩壊していく景色を眺めることなどせず、剣を取りボクは走り出した。突き刺さっている触手からグァンバデスの顔を目掛けて駆け上がる。
迫り来る細身の触手を薙ぎ払いながら突き進む。なんとか掻い潜ると奴の一つしかない真っ赤な瞳がこちらを睨んでいた。
ここからならいける――。
足を強く踏み込んで一気に高く飛び上がる。剥き出しの目玉に狙いを定め剣を投げつけた。
剣は命中しグァンバデスは一層激しく暴れはじめた。ボクは動く足場に着地を失敗して体勢を崩してしまう。そこを狙われ、残っていた触手がボクの体を貫いた。
心臓をやられたようだ。息が苦しくなり徐々に痛みが襲ってくる。足の力が抜けて地面へ落ちていく身体。遠くなる意識。最後に見たのは消滅していくグァンバデスだった――。
真っ暗な視界。重たい瞼。動かない体。ついにこの永遠の命も終わりを迎えたか。
「――はいつ目を覚ますかな?」
子供の声。どうやらボクはまだ生きているようだ。
「傷も綺麗に塞がったし、そろそろじゃないかな」
今度は聞き慣れた友人の声。何か話しているようだ。
「早く起きないかなー」
「楽しみだね」
二人の声に導かれるように意識を手繰り寄せる。
「ん……眩しい」
白い光が視界を塞ぐ。瞬きを繰り返して目を明るさに慣れさせた。そこには見知らぬ天井があった。
「あ、起きた!」
声の方に顔を向ける。ベッドの脇で子供が、驚きと喜びの混じった顔をしてこちらを見つめていた。
「おはよう、シュリル。気分はどうだい?」
「シッダ……おはよう、悪くはないかな。けど聞きたいことがたくさんある」
シッダの顔を見て安心したが、疑問は次々と湧いてくるばかりだった。
「いいよ、何から聞きたい?」
「ボクはどれくらい寝てただろうか」
最後の記憶では確か――。
「心臓をやられたからね、丸四日間かな」
「よく寝たなぁ……」
貫かれた箇所を触るが、そこにあった傷穴は完全に塞がっていた。自分の身体だが、そのしぶとさを不気味に思うこともある。
「それで、この子は?」
先程から、ボクと会話をしたいのかうずうずしている子供のことを尋ねる。
「この子はマキア。詳しいことは客間で話すよ」
「えへへ、よろしくねシュリル!」
嬉しそうに笑うマキアに、こちらもつられて笑顔になる。
「ん、よろしくマキア」
上半身を起こし辺りを見回す。大きな窓に深紅の絨毯。そして豪華な装飾が施された家具たち。
「ところで、ここはどこ? 最後は平原にいたはず」
「ここは『神代館』だよ」
「神代館って、街から離れた場所の森の中にあるあの洋館?」
「そう、その洋館。君はグァンバデスとの戦いの後ここに運ばれたんだ、館の主の判断によってね」
神代館の主、あまり人前に姿を見せることはない人物で、何か隠し事をしているのではないかと噂されていたな。
「そうなんだ、ならお礼に行かないとね」
ついでにその顔を拝みにも。
「着替えはクローゼットに入ってるよ、僕たちは先に行くから必ず来てね。部屋を出て右に進んで、突き当たりを左に曲がると右側に大きな扉があるからそこが客間だよ」
「ん……分かった」
「またねー、シュリル」
大きく手を振るマキアに小さく手を振りかえす。
「またね」
二人が部屋から出たのを見届けてからクローゼットの扉を開くと、新しい服が丁寧に畳まれて置かれていた。
「……着やすいな」
試しに手を通すとサイズや着心地、何もかもが丁度よかった。
「さてと、客間に行くか」
着替えを終えて部屋を出る。右を向いても左を向いても廊下。その長さに館の大きさを想像して少し圧倒される。
「掃除が大変そう……んと、右か」
窓から見える広い中庭を眺めながら歩いていると、曲がり角から誰かの走る音が聞こえてくる。
「シュリル様!」
角から飛び出してきたのはボクの付き人をしているウィルだった。そのままの勢いでボクに抱きついてきたかと思うと、普段あまり表情を変えることがない彼が目に涙を浮かべて笑っていた。
「心配かけたね、ウィル。もう平気だよ」
あやすように優しく背中を叩く。
「シュリル様……さすがに今回はダメかと思いました」
「ボクもダメかなーとは思った。我ながらしぶといね」
「無事でよかった……一緒に客間へ行きましょう」
長めのハグから解放される。もう少し話していたかったが、今はこの状況を説明してもらわなきゃならないので、館の主の待つ客間へ急いだ。
「ここです、シュリル様」
「ん、ありがとう」
ウィルが開けてくれた扉の中へ入る。
「よ、おはようさん。待ってたぜ、シュリル」
ボクの顔を見るや否や、馴れ馴れしく声をかけてくる人物。大きなソファーの真ん中に腰をかけ腕を組んでいる。おそらく館の主だろう。
「説明するから、適当に座ってくれ」
言われた通りに席に着く。ウィルが隣に座る。目の前にはシッダとその膝上に先ほどの子供。
「よし、まずは自己紹介だな。オレはこの神代館の主、イムリスだ。こっちはオレの弟のシュナイド」
「……よろしく頼む」
イムリスの隣に座る物静かな長身の男が軽くおじぎをする。
「そしてオレの子共、マキアだ。オレに似て可愛いだろ?」
思わず二人を見比べてしまう。さほど似ているようには思えなかった。
「似てなくて悪かったな、マキアは母親似なんだよ」
こちらの考えを察したのか、イムリスはいじけたように口を尖らせた。
「ここには三人で暮らしてるんだ?」
「ああ、さすがに広すぎるけどな。だからお前たちもここに住め、一人二人増えたくらい平気だ」
「いやいや急すぎるよ。ボクにも家があるし遠慮す──」
「家、壊れてたぞ」
聞き捨てならない言葉に思考が止まる。
「グァンバデスの攻撃でほぼ全壊だったな」
ウィルが隣で静かに頷く。貯蔵していた紅茶の茶葉が脳裏をよぎる。同時にグァンバデスへの怒りもふつふつと湧いてきた。もっと痛めつけてやればよかったと後悔する。
「分かった、ここに住むよ。でもタダではないんだろう?」
衣食住を失った今どんな条件でものんでみせなければ。この広い館の掃除を覚悟する。
「分かってるじゃないか、まあ簡単なことだ。マキアのお守り役になってほしい」
「そ、それだけ?」
あまりにも簡単な条件に拍子抜けしてしまった。見たところマキアは手のかかる子供とは思えない。まだ何かありそうだ。
「本当に簡単なの? まだ何か隠してそうだけど」
「うーん、隠してるわけじゃないんだが、なんていうか……マキアも不老不死なんだよ」
やはり秘密があった。しかし驚いた、ボク以外の不老不死の者がこんなに近くにいたなんて。
「マキアがまだ赤ん坊の頃にいろいろあったんだ……たぶん、その時に呪いをかけられた」
イムリスの表情が曇る。聞きたいことが多いが、あえて触れずに話を進めた。
「いいよ、その条件をのもう」
「本当か!」
途端にイムリスは元気を取り戻した。
「あー、でももう一つ言わなきゃいけないことあってさ……」
今度は気まずそうな顔で人差し指を突き合わせている。瞬時に表情が変わるので、見ていて楽しい。
「とりあえず聞くよ」
「マキアの中に、グァンバデスを封印したんだ……」
「ふ、封印? だって――」
グァンバデスはこの手で倒したはずだ。消滅していくのもこの目で見ている。
「私が説明する」
先ほどから静かに話を聞いていたシュナイドが口を開いた。
「確かにグァンバデスは君が弱点を突いたことにより消滅した。だがそれは体だけで魂までは消えなかった。それで、魂だけの存在といえど邪神を野放しにはできないので奴を封印することにした……のだが」
シュナイドがマキアの方を見る。
「封印には"器"が必要だった。一刻の猶予もない私たちは、永遠に朽ちることのない体を持つマキアを器に選んだ」
「あ、ちゃんと本人の了承は得たからな。今のところ体に異変はないから封印は成功したんだ、な?」
イムリスがシッダに確認する。シッダは頷いた。
「ただ、グァンバデスの力は未知数だから、この子の小さな体がいつどこまで耐えられるかは分からないんだ……今は平気でもいつかは封印が解けてしまうかもしれない」
シッダは心配そうにマキアを見つめる。
「それでシュリルにお守り役としてマキアのそばにいてほしいんだ。お前の実力ならまたグァンバデスを倒せる。勝手なこと言ってるのは認める、だから――」
頭を下げようとするイムリスを止める。
「皆まで言わなくていい、ボクに二言はないよ。何回現れようとも必ず倒してみせるから」
「あ、ありがとうシュリル……今日から二人は館の新しい家族だ、よろしくな」
「ん、よろしく」
「皆さま、よろしくお願いします」
ボクはイムリスと握手を交わす。ウィルは深々と頭を下げた。
「家族? シュリルとウィル家族になったの?」
「そうだよ、これからよろしくねマキア」
マキアは花が咲いたような笑みを浮かべ、シッダの膝から下りるとボクたちの前までやって来た。
「よろしくお願いします!」
そして元気な挨拶と共に大きく一礼した。
それが退屈のない日常の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます