第13話/一章-⑫

 サイレンの音が遠ざかっていく。

 風理は救急隊員によってストレッチャーへ載せられると、手際よく救急車へ収容され、騒ぎを聞いて駆けつけた看護教諭とともに搬送された。


 部室に静寂が降りる。その後の反応はまさに、三者三様だった。意に介さずゲームを続けるユピテル。心配そうに窓の外を眺める響。そして、


「……ぷっ……」

 ささやかな半濁音に視線を向けると、


「……くくく……キャハハハハ……」

 腹を抱えて笑い出す紗里緒。


「ハァーハハハハハっ……ぶっ倒れた……ぶっ倒れたよ! 私も貰ったのよ! 謎のクスリ!

疲れに効くとか言ってたけど、いやー、飲まなくて良かった!」


 さっきまでの仏頂面は消え去り、腹を抱えながら、幼児のようなあどけない笑い声を上げている。


「……まったく……よくもまぁ、これだけ滅茶苦茶な奴らが集まったもんだ……」

 どのように校長へ報告したものか悩みながら、俺は頭を掻きむしった。


「素晴らしい人材でしょ?」

 ひとしきり笑い終え、スッキリとした表情の紗里緒が薄い胸を張る。


 ここへきて俺には一つの疑問が湧いた。


「……結局、お前たちは何がしたいんだよ……全員、プロ作家なんだろう? わざわざ集まって、文芸部ごっこする必要があるか? 時間の浪費としか思えないんだが……」

 家に引き籠って執筆した方が、効率はいいはずだ。悪ふざけとしか思えない。


「青春」


「はぁ?」

 思いがけない紗里緒の答えに、俺は間抜けな声をさらした。


「私たちは青春してる……限られた学生生活を彩り豊かな、かけがえのない時間で満たしたいの。いや、そうしないといけないのよ。それこそが私たちの強さになるって信じてる……」

 俺は紗里緒の無邪気な笑顔を思い出した。そして、パソコンのモニターに向き合う憮然とした表情も……。確かに、独りで部屋に籠っていては、眉根を寄せるだけなのかもしれない。


「それに……」

 紗里緒は続けて何かを言おうとして、やめた。


「それに?」

 俺が聞き返すと、


「アンタには秘密!」

 そう言って踵を返す。


「おいおい、気になるじゃねーか……」

 食い下がる俺を気にする様子もなく、壁掛けの時計を見上げていた紗里緒は、唐突に振り返ると脈絡のない質問を投げた。


「アンタ……免許持ってる?」

 その神妙な様子に、


「……免許って、車の?」

 思わず、腰が引ける。


「そうよ」

 短く答える紗里緒の歪に笑う口元が気になったが、


「……あぁ、持ってるぞ」

 嘘を吐く理由にまではなり得なかった。


「自家用車は?」

 止め処なく続く意図不明な質問が、


「持ってないけど……」

 疑心暗鬼の沼へと引き摺りこむ。


 コイツ……一体、何を企んでいるんだ……。


「そう……じゃ、明日は課外活動ね……」

 自らに言い聞かせるように小さく呟いた紗里緒は、


「全員、明日は十六時に正門集合で! 下校時間も近いし、解散しましょう」

 他の部員へ向き直り、本日の活動の終了を宣言する。


 おもむろに、ノソノソと立ち上がったユピテルは、コントローラーをスマホに持ち替えて、無言で部室を去っていった。


「お疲れさまでした、センセイ。鍵は私が閉めておきます。では、また、明日……」


 パソコンで調べ事をはじめた紗里緒を横目に、柔らかい微笑みを浮かべる響に見送られるままに、俺は部室を出る。疲れ切っていた。気が張っていたせいもあるだろう。職員室へ戻り簡単に書類の整理を終え、重い足を引き摺るように帰宅し、夕食も摂らないまま寝床へ転がった。


 全てが夢だったら……なんてひとちて……。

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