第12話/一章-⑪

 アッシュラントの駆け出し魔女、ヒューリーはある日の実験で大爆発を起こし、絶命した、はずだった。しかし、精霊の力によって、異世界へ飛ばされる。目を覚ますと、そこは現代日本だった。帰還の術を探し求めながら、慣れない現代日本で四苦八苦しながらも暮らしていく、という内容だ。半ばまで読み終えて、ある言葉が俺の脳裏にポツリと咲いた。


 厨二病……。


 テレビの特集番組で見た事がある。思春期の少年少女には、自分を特別な存在と信じて黒歴史を重ねる人種がいる、と。この物語の主人公、ヒューリーはまさに、風理を投影させたキャラクターだ。魔女が現代日本で暮らしたら、という妄想を詰め込んだ作品、ということだろう。


 設定はぶっ飛んでいるが、一人称視点で紡がれる緻密なファンタジー描写は秀逸と言える。場面場面のリアリティに反して、奇怪なヒューリーの行動が浮き彫りになり、コメディとしての質を高めている。突拍子もない展開が多く、悔しいが、意表を衝かれて何度も笑ってしまう。その度に咳払いをして誤魔化した。


 読み終えた俺は、不思議な感覚に囚われていた。こんなに肩の力を抜いて小説を読んだのはいつ以来だろう。小さな頃から文章を読むのが好きだった。小学校高学年くらいの頃には物語を書くことを覚えた。その頃からだろうか。他人の作品は相対的な存在でしかない。純粋に物語を楽しむ事なく、書き方や表現ばかりを追っていた。


 室内には相変わらず、打鍵音だけが響いている。俺の視線の先では紗里緒が一心不乱にパソコンに向かっている。あの白く、細い腕から心揺さぶる物語を今も、産み出している。響の狂気じみた欲望は俺を容易く昂奮させた。風理のコメディには否応なく笑わされた。


 じゃ、俺の作品は?


 客観視してみて初めて分かった。俺の物語は、誰の意表も衝かない、誰にも求められていない……ただの独りよがりでしかない事を。


「先生……なんだか顔色が悪いですよ?」

 我に返ると、目の前に風理の顔があった。


「うわっ……!」

 思わず椅子から転がり落ちる。


「だ、大丈夫ですかぁ⁉」


「大丈夫だ……。気にすんな」

 心配そうに覗き込む風理に軽く手を振って、苦笑いとともに起き上がる。


「先生、お疲れのようなのでお近づきの印に……」

 笑顔の魔女が駱駝らくだ色のサイドバッグを雑に漁りはじめる。


「じゃーん☆」

 出てきたのは、黄土色の液体が充填された小瓶だった。


「魔女特製! 疲労回復薬です!」


 手渡された小瓶はコルクで封されている手作り感満載の一品である。処理に困った俺は、他の部員へ救援の視線を送る。同時に、全員が目を逸らした事で、俺は事態の重大さを察した。


「さぁさぁ、ご遠慮なく!」

 無邪気な笑顔が、服用を促す。


「……の、飲めるか! こんな怪しいモン!」


「怪しいとは失礼な!」

 とんがり帽子から僅かに覗く頬が、不機嫌に膨らんでいる。


「じゃ、お前が飲んでみろよ!」


「いいですよ! 飲みますよ! 後から寄越せなんて言わないでくださいね!」

 そこまで言うと、風理はコルクを抜き去って一気に飲み干した。


「おいしーい!」

 満面の笑みで自画自賛する。


「ほーら大丈……ぅえっっく」

 次の瞬間、小さくしゃっくりした風理は、引きつった笑顔を固定したままぶっ倒れた。


 俺は生まれて初めて、一一九番をコールした。

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