第11話/一章-⑩

「な……」


 俺は目を疑った。今日は何度も自らの価値観を揺るがすような出来事が起きた。変人にも幾分慣れた……はずだった。既にお腹いっぱいだ。しかし、新鮮な驚きが繰り返し俺を襲う。




 目の前に、魔女がいる。




 おかしな事だと思う。しかし、事実、魔女がいるのだ。

 高等部の制服を覆うように羽織る漆黒のマントに、とんがりの黒帽子。


 待て待て待て! 落ち着け、俺! 目を閉じ頭を振り、心を落ち着ける。頭がイカれちまったのか? 何度か深呼吸をしてリラックスすると、意を決して今一度、目蓋を開く。


 ……やはり、子供の頃からお伽噺で慣れ親しんできた、まさにスタンダードスタイルの魔女が立っている。


「お客さん? 珍しいですね」


 恰好はともかく、ほっそりとしたスタイルに小さな顔。

 モデルのようなその姿とは裏腹に、舌足らずで柔らかな猫撫で声。雑な三つ編みで束ねられた、腰まで届くほど長く艶めく黒髪。はすにかぶったとんがり帽子のせいで、顔の半分は見えない。隙間から微かに覗く大きくて丸い、いかにも好奇心旺盛そうな瞳は、碧玉の如く煌めいている。おそらく、普通の格好をしていれば誰もが振り返る美人だろう。しかし、異様な魔女スタイルが、別の方向で振り返る理由を与えているに違いなかった。人懐っこい爽やかな笑顔が狂気に拍車をかけている。


「お、おまっ……魔女?」

 上擦った声で問いただす。


「えぇ。そうですよ」

 へ……


 変人だぁーーーーーーー!


 明らかに一線を画している。他の奴らは百歩譲れば性格に難ありとか、社会不適合者レベルと言えなくもない。しかし、コイツは、その一線を軽々と超越している。


「風理さん、こんにちは」

 響の投げた挨拶に、魔女は陽気な笑顔で応じる。


「やぁ! こんウィッチわー☆」

 なんじゃ、そのアホっぽい挨拶は……


「響。この人は?」

 くぐもった甘い声で魔女が問いかける。


「こちらは和久井センセイ。部の新しい顧問です」


「雑用、兼、顧問、ね」

 響の答えに紗里緒が補足する。


「へぇー、新しいヒト来たんだ。思ったより早かったね。私は三年の卍風理まんじふうり。よろしくね、先生☆」

 卍……風理……情報量が多くて脳がパンクしそうだ。


「お前……その格好は……」


「え? 魔女の正装ですけど?」

 あっさりとした返答が帰ってくる。さも当然という反応だ。


「……クスリでもやってるのか……?」


「薬? ポーションの事ですか? 作ってはいますけど……」

 ブレないな。いや、ポーションがヤバいクスリの隠語という可能性も……。


「アンタと違って、独自の世界観を貫いているの。事実、風理の作品は売れ行きがいい」

 こいつも本を出してるのか……。もはや驚きは、ない。


「ヘヘッ。私にとっては日記みたいなもんですけどね」

 棚から一冊の本を取り出すと、俺の眼前に差し出す。


「ぜひ、読んでみて下さい」

 文庫のタイトルは、『魔女な私がアッシュラント王国から転生したら、日本だった件~それでも私は相変わらず、ドジっ子のままなのであった☆~』


「……」


 タイトル長ぇー。タイトルだけで表紙の半分近くが埋まっている。ただ一つ言えるとすれば、俺が最も毛嫌いしているタイプのライトノベルで間違いない。


「苦手なタイプのラノベだと思ったでしょ?」

 心の声が届いたかのように紗里緒が詰め寄る。


「うっ……なんでそんな事が分かる?」


「アンタ、囚われ過ぎてるのよ。小説はこうあるべきってのが透けて見えてる……」

 図星だ。


「まずは常識を疑いなさい! そして、理性を越えるの! さもないと、面白い作品なんて書ける訳ないわ」

 コイツの言ってることは無茶苦茶だ。しかし、妙に腑に落ちた。それは、今日一日で思い知ったからに他ならない。俺は、自分で自分の価値観を狭めているということを……。


「さて……風理も来たことだし、席を譲りなさい。読み専は地べたで十分。席が欲しかったら、自分で用意するのね」

 俺は風理から受け取った文庫を手に、スゴスゴと席を譲った。


「ごめんなさい、先生。紗里緒ちゃんのいう事は絶対なので」

 長いローブの裾を器用に捌いて、席に着いた風理はパソコンの電源を入れ、作業をはじめる。魔女とパソコンほど、お互いに相容れない存在も珍しい。


 俺はというと壁に立てかけてあったパイプ椅子を手に取り、長机の狭間に陣取る。文庫を開き、魔女の転生譚とやらを粛々と読みはじめた。

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