文学部、文学者の存在意義について
さて、文学部、文学者の意義ですが、それは先の章で挙げた、母国語のメンテナンスをすることに尽きると思います、
言語は日々変わっていきます。まるで生き物のように新しい言葉が生まれ、古い言葉は死語となり、外来語が輸入され短縮形や愛称が栄えます。
こんな日々移り変わっていく言語を整備していく役目を学問として課された部が、文学部となり、それを専門にする人間が文学者になります。
「そんなことしてないじゃないか!」
というのは理解しています。今の文学部はそんなことをほぼしていません。それが日本における文学部の大きな問題です。でもそのことはある意味幸せなことかも知れません。その理由は後で説明します。
「言葉の整備をするのはわかったけど、それにどういう意味があるの?」
と感じた方もいらっしゃると思います。それをしないとどうなるかについて話すことで、遡行的に言語のメンテナンスが重要であることの証明をしたいと思います。
それにはまず言葉間の優劣について語る必要があります。
「なんだって? 前章でお前が言ったことと正反対じゃないか!」
そうですね。私は全ての言語に等しく価値があるようなことを言いました。他国の言語を思いやるように自分の言語を愛せというようなことを。それは間違っていないと思います。
だがしかし、言語には明確な優劣があります。それは日々のメンテナンスとアップデートを行っている言語とそうでない言語の間に、存在します。
言葉は日々変わっていくものだと説明しました。それは単語だけではなく文法や考え方も日々変わっていくことを意味します。
それをしない言語は死んでいきます。新しい概念、新しい考え方、価値観などを吸収できなくなるからです。
こんな話を聞いたことがあります。ある日本人がどこかの国(インドだったかな)の人に自国の物語を教えたそうです。そうすると教えられた人はその話を「母語に訳せない」と悔しそうに言ったそうです。知っての通りインドの公用語は英語です。だから英語を使って二人は会話ができます。しかし英語は植民地時代に押しつけられた言語でもあります。母語は別にあるのです。そしてそれに日本の物語が訳せないとその人は言うのです。表現や言い回しが訳せないと言うのです。
なぜそんなことが起こるのか。それは言葉のメンテナンスとアップデートをしてこなかったせいです。新語を受け入れ、言い回しや文法を整備し、現代社会で通用する言語に鍛え上げなかったせいです。
鍛錬を怠った言語は役割を減じて、最終的には死んでしまうでしょう。逆説的に言えば、今からだってその言語を鍛えることは可能です。前の章で挙げたロシア人やそのほかの民族主義に目覚めた国の文学者や作家はそれをしました。けれどまだ全て正確に訳せるかと言えばそういうわけでもありません。
日本語だってたとえば英語の現在完了形や過去完了形を今のままの文法で正確に訳せるかと言えば怪しいものですし、またその反対に、日本語の表現の内で英語に訳すのはすごく難しい概念もあるでしょう。
それでも英語、日本語、二つの言語は共存しています。
それは日々互いにメンテナンスとアップデートを行っているからです。互いに互いを知ろうとしているからです。そしてそこに関わってくるのが文学作品です。
すぐれた文学作品はそれが書かれた言語が学ぶに値するかを決めるバロメーターです。
こんな作品が生まれることができるならそれを紡いだ言語も素敵なんだろう、と思わせることができればしめた物です。こんな表現や概念や言い回しをなんとか自国の言葉にして読者に伝えたい、そう思って翻訳者は翻訳を日々行っていると私は思っています。
そしてそれにより言語間ですりあわせが自然と行われることになります。それは言語が生きている証でもあります。
そしてそのすりあわせをする主な戦場が文学やメディアであり、それのメンテナンスを担う補給路が文学部そして文学を主に学ぶ文学者になります。日本の文学部が役に立たない意味の無い学部に見えるのは、言語における戦場に目が行きがち――つまりマスコミや出版社、文学者とは別個の作家や翻訳者にスポットライトが向けられていて、メンテナンスやアップデートを担う文学者、文学部まで光が届かないと言う理由だと思います。
そして文学者が要らないと言われる理由は、とうの昔に主要言語間との大きなすりあわせと明治維新期のような大アップデートは終わっていて、いまは小さな微修正をするしかないという現状があると私は考えます。
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