#2 歪み


 入学式以来、私はエトと一緒にいることが増えた。

 休み時間や登下校の時はもちろん、放課後もよく遊んでいた。

 とはいっても、私の家の近くにある湖に集まって話をしていることがほとんどだ。

 今日も学校が終わって、いつものように湖に集まっていた。


「フェリちゃん、体は大丈夫? 暑くない?」

「大丈夫。薬が効いてるからなのかわからないけど、最近は結構楽なの」

「それならいいけど、辛くなったらいてね」


 彼女には、入学式のあった翌日に私の病気のことを打ち明けた。

 一緒にいる以上、避けられない問題だったし、それを聞いて彼女が私から距離をとるかもしれないと思ったから。

 ……エトは話を聞いた直後、どこか泣きそうな顔で私を見つめたかと思えば、ぎゅっと抱きしめてきた。数分経った後、エトは私のことを離すと、笑顔でどんなフェリちゃんでも、わたしの友達であることに変わりはないよ、と言ってくれた。


 その言葉をきいて、少し泣きそうになったことは秘密だ。


 それよりも。


「エトこそ、体調悪いんじゃ……?」

 私がそういうと、彼女はびくりと肩を震わす。

 本人が気が付いているかはわからないが、彼女は嘘をつくのが下手だった。

「そんなこと、ないよ?」

「でも、目の下に隈が……」

「あ、これは、その、最近暑いから寝付けなくて……本当に、それだけだから」

 そういう彼女の唇は小刻みに震えていて、顔もひきつって上手く笑えていなかった。


 エトの家は、私の家とは違って、学校のすぐ傍にある住宅街の中だ。

 だから、帰る際に誰かになにかされていても、おかしくはない。

 おかしくはないのだが……

「何かあったら私にもいってね」

「うん、ありがとう。フェリちゃん大好き!」

 本人が何も話してくれないので、どうしていいのかがわからなかった。

 目の隈もそうだが、彼女はもう夏だというのに長袖しか着ていないことのもいわかんがある。

 私は病気が何の影響を受けるかわからないので、長袖を着ているが、エトは至って健康なはずだ。それなら、肌を隠す理由が見つからない。

 あの袖の下は一体どうなって--


「フェリちゃん、ぼーっとしてるけど本当に大丈夫?」

「え、あ、ごめん」

「? そういえばお菓子作ってきたんだけど食べる?」

「え、食べたい」


 私が即答すると、彼女は嬉しそうに笑う。

 そして小さな小包からお菓子を取り出すと、私の口に突っ込んでくる。

「どう、かな?」

「……うん、美味しい。エトの作るお菓子大好き」

「えへへ、それならよかった」

「私はそんなに食べれないから、もっといろんな人に食べてもらえればいいのに」

「……私はフェリちゃんが幸せそうに食べてくれるだけで満足だよ」

 彼女が一瞬、悲しそうな顔をした気がしたものの、次見た瞬間にはいつものかわいらしい笑みが浮かんでいた。

 そして、ぼそっと

「ずっと、このままでいられればいいのに」

 と呟いた気がした。



「ごちそうさまでした」

「また持ってくるね……って、そろそろ帰らなきゃ!」

「ねえ、エト、私の家にこない?」

「え?」

「あ、ううん、ごめん、忘れて。……気を付けて帰ってね」

「やっぱり今日のフェリちゃん変だよ? 帰ったら寝てね?」

「うん、じゃあ、また明日」

「またね!」




 *




 それから数ヶ月後。


 日に日にエトがボロボロになっていった。

 確実に誰かに何かをされているのに、もう誤魔化せるような状況じゃないのに、

 彼女は何もいってくれなかった。


 今だって、入学式の時は新品で綺麗だった制服が、ぼろ雑巾のように汚くなっているのに、彼女は無理して笑っていた。

 その顔だって、酷い時は痣や傷がたえないこともあったくらいだ。

 なのに、どうして。


「フェリちゃん?」

「エトは、辛くないの?」

「わたし?」

「私は、頼りない?」

「……!」


 エトは慌てて、私の手を握る。

 その手は、とても冷たく、あの時ほどの温もりを感じることができなかった。

 ただ、

「わたしはね、フェリちゃんさえいてくれれば、それで大丈夫なんだ。何をされようが、辛くない。痛みももう、ほとんど感じなくなっちゃったから」

 私を見つめるその目だけはずっと変わらなかった。

「エトが平気でも、私は、辛いよ」

「うん」

「だって、エトは私の大切な……親友だもん。大切な人が傷つけられて、辛くないわけないって、わかって」

「うん、ごめん。でも、そっか」

「?」

「わたし、フェリちゃんの親友なんだ」

「あっ……」

 咄嗟に出た言葉を拾われて、恥ずかしさが込み上げてくる。否定しようとも思ったが、今までで一番嬉しそうな顔をした彼女を見たら、自然と口を閉じていた。


「エトが、エトだけが、私の唯一の親友だよ」




 --それからも、エトの体の傷はどんどん増えていった。

 多分、いや確実に、私と一緒にいるせいでこうなっているんだ。

 そうわかっていても、私はもう彼女を手放すことができなかった。

 弱音も吐かず、ずっと笑っている彼女が、心配だったからではない。


 ……私が、たった一人の友人を失いたくなかったから。


 ただ、それだけで、

 私は判断が鈍ってしまった。


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