過去:己の欲の結果

#1 淡い期待


 今日、私は中学生になる。


 昨日から母は準備でバタバタとしていた。

 単身赴任中の父も何とか休みをとって、この日の為だけに帰宅してくれた。

 そこまでしなくても、と私がいうと、二人は顔を合わせてから

「大事な娘の、せっかくの入学式なんだから」

 と嬉しそうに笑う。


 その様子を見て、どこか他人事のように思っていたことが徐々に現実のものなんだと実感していく。


「フェリが楽しい学校生活を送れることを祈っているよ」

「そうね、でも無理はしちゃだめよ」

「……うん。ありがとう、お母さん、お父さん」


 私はお礼を言いながら、受け取ったばかりの制服に袖を通す。

 なんだか、不思議な気分だ。

 こうして制服を着て、学校に通えることが。


「友達、できるといいな」

 誰にも聞こえない声でぼそっと呟いて、私は式へ向かった。




 *



 式が終わり、教室の方に足を運ぶ。

 その際、周りが仲良く話しているところを度々目にした。

 入学早々仲良くなったのかとも思ったが、それぞれの顔をみて納得がいった。


 そういえば、この辺は小さな街だから、小学校が同じ人が多いんだっけ。

 そんなことを考えていると、クラスメイトの一人と目が合った。

 相手はそれに気が付くと慌てて目を逸らし、近くにいた別のクラスメイトとこそこそ話始める。


「ねぇ、あの子って確か……」

「あぁ。病気か何かで小学校から追い出されたんだっけ?」

「病気なのに学校に来られても迷惑だよね」


 --ああ、そうだ。

 ここにはになれるような人は誰もいなかった。

 むしろ、私のことを病原体扱いする人の方が多かったかな。

 それならいっそ、



「あ、あのっ」


 突然、声を掛けられる。

 まさか自分に声をかけてくる人がいるなんて思いもせず、俯きかけていた顔を勢いよくあげる。

 目の前には、可愛らしい茶髪の女の子がおどおどした様子で立っていた。


「えっと?」

「あ、急にごめんなさい。わたし、その、転校してきたばっかりで、えっと」


 彼女が慌てた様子で話しているのをみて、自然と笑みがこぼれる。

 転校生、ということは、私のことを知らずに声をかけてきたのだろう。


「私に声をかけてくれるのは嬉しいけど、他の人を頼った方が」

「あ、あなたがいいんです……!」

 勢いよくそう言われ、思わずえ?と声が漏れる。それをきいて彼女は正気に戻ったのか、顔を真っ赤にして全力で否定をする。

「あ、その、違うんです! 他の方は小学生の頃からの知り合いが多いみたいで、馴染めそうになくて、それで……その、あなたは一人だったので……」

「そうだね」

「あ、失礼なことを言ってすみません……! えっと、つまり、あなたもわたしと一緒なんじゃないかと思って、つい声を……」

「一緒? っていうと?」

「あ、あなたも、転校生なのかと……」

「……私は違うよ。ただ、あまり小学校には通えてなくて。だから」


 もうこれ以上、私に関わるのはやめておいた方がいいよ。

 そう口にしようとした瞬間、彼女の太陽のように眩しい瞳が私の姿をとらえる。

 そして、私の手をぎゅっと握ると、そうだったんですね!と悪気を一切感じない笑みを浮かべながら呟く。

 私はそんな彼女をみて、ため息をつくと同時に、心の中で期待していた。


 彼女なら、私の友達になってくれるのではないか、と。


「ねえ」

「なんですか?」

「……貴女がクラスに馴染めるようになるまで、私と友達でいてくれない?」

「い、いいんですか!?」

「ただし、一つだけ。

「異変……?」

 首を傾げる彼女に、私は微笑みかけ、握られている手を握りなおす。

「そういえば名前、いってなかったね。私はフェリステ・タークオイズ、気軽にフェリって呼んで」

「わ、わたしはエトワル・エテルネル! えっと、よろしくね、フェリちゃん!」

「こちらこそ、よろしくね、エト」


 --今思えば、この時、彼女の手を取ってしまったのが間違えだった。

 この時素直に彼女を手放していれば、

 期待なんかしなければ、


 彼女が自殺することなんてなかったのだ。

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