#5 覚悟


 彼女の家を囲う森を抜けて、町の方へ少し向かったところに、あの医者が経営している病院がある。

 といっても、本当に小さな病院で、外観をみてもそこが病院であるとあまりピンとはこなかった。


 俺はあの医者に用があった。

 ただ、今は彼女の容態が心配だったので、医者には先に彼女の元へ向かってほしかったのだが、

「おや」

 俺を見つけるや否や、こちらへと近寄ってくる。

 どこか嬉しそうな、気味の悪い笑顔を浮かべながら。

 その様子を周りにいた人間が不思議そうに見ていた。当然、彼女の母も。


 医者と話をしたいとは思っていたが、内容的に目立つところでするようなものではない。それこそ部外者には聞かれてはいけない内容のはずだ。

「俺に何か用……ですか」

「ああ、失礼」

 俺が他人のフリを試みると、医者は一瞬驚いた顔をする。

 が、その顔はすぐにいつもの気味の悪い笑顔へと戻る。

 そして、俺にそっと近づいて、耳元で聞こえるくらいのトーンでこう言った。


「すぐに戻るから、わたしの家でゆっくりしててくれ」


 医者は俺の肩をポンっと叩くと、周りに人間一人一人の話を聞き始める。

 何をしているのかはわからなかったが、周りから聞こえる声を聞く限り、あの医者の腕は確かなようだった。


「プレヌ先生ってばお若いのに、この町の患者全員を対応してくださってすごいわね」

「こんなに沢山の患者さんを見てるのに最期まで絶対に見捨てないでくれるって噂、本当かなぁ。あんなイケメンに看取られながら死ねるなら本望かも……」

「あぁ、でも、一つだけ良くない噂もあったよね。なんだっけ?」

「(若い、最後まで見捨てない……ね。良くない噂は多分)」

「確かあれよ、先生が看取った方の死体の顔が--」


「すみません、今日はこの辺で閉めさせていただきますね。また明日、容態が悪化したらお越しください」


 タイミング良く、というべきだろうか。

 患者たちの話を遮るかのように、医者の声が響き渡る。

 その声を聞いた患者たちは、文句をいうことなく、素直に帰宅していった。

 ……信用も大分されているらしい。

 なんて思っていれば、医者はこちらへ再び近づいてきて

「ここにきたということはもしかして」

 と、俺の顔を覗き込んだ。



「あぁ、全部思い出したよ。お前のことも、ナノ……いや、フェリのことも」



 仮名ナノ--本名フェリステ・タークオイズ。

 俺にとっての初恋の相手でもあり、だった相手だ。

 だから、彼女のことは誰よりも知っている。


「それで、わたしに何か用ですか」

「言いたいことは沢山ある。プレヌなんて偽名を語って医者のフリしてることも、俺の記憶と姿を奪ってフェリのところに送り込ませたのも、相変わらず悪趣味すぎるんだよお前は」

「医者をしていることはさておき、彼女の元に送り込ませた理由についてはちゃんと説明したはずですが」

「違反を犯した罪、だろ」


 俺がそれを口にすると、医者は……は嬉しそうに微笑む。

 記憶が戻るまではすっかり忘れていたが、こうなった原因は全て自分の責任だった。



 としての職務放棄は、どんな理由であれ許されることではなかったのだから。



「覚えているなら、最後まできちんと罰を受けることだ」

「……」

。お前のことだからどうせまた彼女を救おうとするだろう。だが、今回ばかりはそれは許されない。彼女の延命は不可能だ」

「っ、だとしても」

「お前の代わりにわたしが彼女の魂を奪う。それが嫌なら、覚悟を決めることだな」


 リュンヌはそういうと、俺の手に何かを握らせ、その場を立ち去る。

 それが何なのか、確認しなくてもわかってしまい、俺はぎゅっと手を握りしめると、その場に座り込み、ただ茫然と空を眺めた。



 彼女の余命宣告から今日で4日が経った。

 つまり3日後、リュンヌは彼女を看取るということだ。

 そうなれば、彼女の魂はあいつの手に渡って、そのまま……。

「そうなるくらいなら、俺が」

 なんて考えただけでも、手が小刻みに震える。


 --あの日の俺は、フェリの最期を看取るのが怖くて、逃げだしたんだ。

 彼女の誕生日当日を命日にはできなかった。

 それくらい、大切で、失いたくない、相手だから。


 でも、そんなことを言っている場合ではないとわかっている。

 これは俺が死神である以上、どうしようもないのだから。

 そして、彼女の幸せを願うのなら、やることはだ。



「俺がフェリの魂を解放する」



 3日後ではもう遅いかもしれない。なら2日後に。

 本当なら一日でも長く生きててほしいが、家を出る前にみた彼女の苦しんでいる姿が頭から離れずにいて。

 それに彼女は俺に、正確に言えばトワに言ったんだ。


 俺に会いたいと。


 その言葉を胸に覚悟を決め、俺はその場から立ち上がる。

 そして、人目につかないように空を舞う。

 すると、トワの姿の時はあまり感じていなかった、乾燥した、冷たい空気が肌を撫でた。

 くっきりと見える星々に照らされながら、満月に近い形をした月をみて、リュンヌが何故3日後をフェリの命日にしようとしたのか、理解する。

 やはりあの男は、相変わらず悪趣味だ。


「このままフェリの家に戻ったら覚悟が鈍るだろうし、当日まで適当にふらふらしよう」


 俺は彼女の家がある方角に背をむけて、夜の暗闇へと姿を眩ませた。

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