風邪

 風邪をひいた。熱が出た。親からは学校を休みなさいと言われた。僕はそう熱心に学校に通いたいと思っているわけではないので、休むことにした。

 ベッドの中ですることもないので、自分の人生について考えた。

 僕はおそらく社会に出ても上手くやっていけないだろうと思う。それは、僕の性格が他者との協調を阻むからだ。

 いつからこんなことになってしまったのだ?

 僕は学校でいじめられたことはないし、いじめたこともない。ただ平凡に授業を受けて、友達と話して、夕方になれば家に帰って眠る生活をしていた。

 でも中学生になると、普通に学校生活を送ることが難しくなった。

 確かに小学生の時から病気がちなところがあって、学校を休むことが多かったし、クラスに上手く馴染めてないと思うことはあった。しかし決定的に学校生活を苦痛だと思うようになったのは、中学生になってからだった。

 今はまだ頑張って学校に行けているが、今後何かの拍子で学校に行かなくなる可能性はある。もしかすると今日の風邪がその契機となるかもしれない。

 僕はあれこれ考えた。何に原因があるのだろう。僕はどうすればいいのだろう。

 日常に少しずつ命と心が削り取られていく。そのイメージが頭の中に浮かんだ。自分がどんどん削られ、いつか僕は自分の姿形を全く思い出せなくなるのではないか。そんな不安が脳裏をよぎった。

 だんだん苦しくなってきた。僕はただ普通に学校生活を送りたいだけだ。そのはずだ。それなのにどうして上手くいかないのだ?僕はきっと自分に原因があるのだろうと思った。上手く学校に、クラスに馴染めない僕が悪いのだ。

 誰かに相談したいと思った。でも誰に相談すればいい?相談する人の見当も、相談する勇気も、僕にはなかった。

 明日風邪が治れば、僕はきっと学校へ行くだろう。平気な顔をして授業を受けるのだろう。

 しんどいなあ。ふとそう思う。

 僕はこれからもこの世界で生きていかなければならない。僕は上手くやっていけるだろうか?不安が僕を襲う。僕はこの先も生きていけるだろうか。僕には生きるということがとても難しいことに感じられる。

 生きる。

 当たり前にするその行為が、あるいは行動が、僕には困難なことに思える。考え過ぎだろうか。そうかもしれない。でも本当にそう思うんだ。

 起き上がり、サイドテーブルに置いてあったペットボトルの水を飲む。もう温くなっていた。

 体が熱っている。頭がくらくらしてくる。どうしてこんな辛い思いをしなければならないのだ。僕はもう一度ベッドに入った。そしてどうして僕はこんなに悩んでいるのだろうと思った。きっと僕は悩みすぎる性格なのだろう。結局出た結論はそれだった。

 もう一度熱をはかってみた。やはり平熱ではない。今頃クラスメイトは授業を受けているのだ。僕は不思議な感じがした。僕だけが家でこうして寝ている。何だか特別になった気がしたが、それは錯覚だ。僕はどこまでも凡庸な一個人でしかない。

 何だかむしゃくしゃしてきた。僕は外に出たいと思った。でもリビングを通れば母親に見つかってしまう。僕は自分の部屋のドアを開けた。二階。飛び降りることのできない高さではない。一か八か飛び降りてみるか?僕は飛び降りても良いような気がした。飛び降りても怪我をしないのではないか。僕は特別な人間で、何かしらの能力に目覚め、助かるのではないか。

 窓から半身を出す。全身出せば垂直に落下する。下はコンクリートの道で、打ち所が悪ければこの高さでも死に至る。どうするか。

 思わず息を飲む。僕は今から飛び降りる。鼓動が速くなる。冷や汗が出る。頭がうまく働かない。

 飛び降りる。飛び降りるんだ。

 窓枠に足をかける。片手は窓を、片手は窓枠を掴んでいる。身を乗り出す格好だ。

 やるぞ。僕は今から飛び降りるんだ。

 強くその意思を持って、僕は飛び降りようとした。

 そして、気分が悪くなり、部屋に倒れ込んだ。


 次の日。体調は回復した。僕はいつも通り学校へ行く。何でもない日常が僕を出迎える。

 でも僕の熱は、僕の本当の風邪は、きっとまだ治っていない。

 

 

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