逆襲のスケパン仮面オ〇〇〇〇フレーバー

 新雪を土埃のごとく蹴っ飛ばし、裸足のスケパン仮面は校庭を疾走する。

 ケモミミ人の身体能力ということを差し引いても、とんでもない速力だった。

「ははは、中々粘るじゃあないか、ネコミミのお二人さん! だが、息が上がってはいないかね!?」

 冷えた空気が僕の肺を突き刺すようだ。

 スケパン仮面の言うとおりに、体力の差は歴然としていた。

「だったらこうだ。――エーコさん!」

「はい!」

 エーコは呼びかけ一つで、勢いよく僕の前まで駆け出した。僕が壁の方に目配せをすると、眉を吊り上げた表情で大きく頷く。

 阿吽の呼吸とはこのことだ。

「で、私は何をすればいいんですか、エーチさん?」

 気が抜けてコケそうになった。察していなかったのか、僕の深謀遠慮を。

「そこの壁を登って先回りを……」

「壁を登って先回りをすればいいんですね! 分かりました!」

 エーコさんは実に優良児だ。基本的に真面目で、返事も溌溂としている。何よりネコミミと顔が美しい。

 ただし、先回りの作戦を大声で復唱すると敵にバレるという観点が致命的に欠落している。それ以外の観点もちょっとヤバいくらいズレている。

「ふははは、さらば青春の光ー!」

 当然のごとく、スケパン仮面は壁際と逆方向に走り出した。意味不明なフレーズを残して。

「まだ大丈夫です、エーチさん! 共生学園は広いですから!」

 エーコは僕から離れ、別の壁をダダダッと登り始めた。あの時と同じように。

 そして二階からなる学舎の一棟を、一瞬で飛び越えて向こうへ行ってしまった。

「……エーコさん一人で大丈夫かなあ」

 僕は地上からスケパン仮面を追い、エーコが越えたと思しき場所に回った。

「先回りしましたよ、エーチさぁん!」

 エーコはスケパン仮面の正面、僕に手を振って喜んでいた。喜んでいただけだった。何のための先回りだったんだろう。

「エーコさんエーコさん! スケパン仮面をそこに止めて!」

「ええっ? どうすればいいんでしょう?」

「なんか適当に投げてやれ!」

 顔面に当てれば+10点。股間に当てれば+40点。固いものを投げたら得点に1.3倍加算で、鋭いものなら2倍掛けだ。

 エーコさんがスケパン仮面を止めるため投擲したのは――

「えい!」

 雪だった。

 そりゃそうですよねー。そこら辺にあるものなんて雪くらいだもんねー。

 総合得点3点。ハズレ。残念賞。ティッシュペーパー。

「火照ったマイボディに雪玉の冷たさが気持ちいいな! 新たな性癖に目覚めそうだよ! はははははッ!」

 スケパン仮面が雪玉で止まるわけもない。奴は全く勢いを衰えさせずに、疾走を続ける。――いいぞ。そのまま勝ち誇っていろ。

 徳川エーコは馬鹿だが、天才の僕と組んでお前一人出し抜けないほどの馬鹿じゃないんだよ。

「これは……!?」

 スケパン仮面の声に、初めて焦りが見られた。

「ちゃんと押しておきましたよ、エーチさん!」

 エーコが僕に見せたのは……スパイクーペの呼び出しボタンだ。スケパン仮面捕獲のためだけに、職員用駐車場に紛れ込ませておいた。

 ボタン一つで自動運転。主の下へ馳せ参じる最新技術の塊は、変態を轢殺せんと唸りを上げる。

「くっ、間に合うか……!」

 スケパン仮面は走り幅跳びの要領でスパイクーペを跳び越えた。

 エーコの前に、クーペがドリフト停車。僕と彼女はそいつに乗り込む。

 ここからは短距離走だ。学園とネオセキガハラ市を隔てる壁はすぐそこ。スケパン仮面があれを越えると、それ以上の追跡は困難になる。

「むぅ、流石はスーパーカー。私の足では追いつかれるな」

 スケパン仮面が壁に取り付くよりも早く、僕はスパイクーペから飛び降りた。

 自動運転モードになった車は再びドリフト停止。舞い上がる雪を背に、僕はスケパン仮面に組み付こうとする。

「スケパン仮面、お前は何が目的なんだ! どうしてことあるごと僕の前に姿を見せる! どうしてそんな破廉恥な格好をする!?」

「愚問だな。好きなことを好きなようにする。それが人として当然の在り方だからだ」

「なんだと?」

 この間僅か0.5秒。瞬きの刹那に、僕とスケパン仮面は会話を交わした。

「一歩、惜しかったな」

 僕はスケパン仮面に――逃げられた。僕のコマンドトペスイシーダは宙を切り、変態野郎はヌルっと壁に向かう。

「ふざけるなよ」

 僕は瞬時に、懐から武器を抜いた。

 そうだ。ふざけるな。

「帽子とスケパンで耳と顔を隠して、それで好きなようにやってるつもりか! 卑屈にコソコソと、世間から自分の『好き』を否定されるのをビビッて、それがお前の当然なのかよ!」

 僕も同じだから良く分かる。いや、分かりたくないが。

 変態露出趣味、アイドル願望、ケモミミフェチ――好きなことを『好き』と言えない世の中に、スケパン仮面ですら囚われている。

 奴と僕は同じだ。いや、同一視されたくないが。

「知った風なことを……!」

 憤りを滲ませるスケパン仮面に、僕は武器を投げつけた。

 ペン型スタンガンだ。当たれば当然、ペン先を掴んでも電撃が走る。

 スケパン仮面は――

「スタンガンか。甘いな」

 電気の流れていない、持ち手のあたりを弾いていなした。――まるで、そいつが最初からスタンガンだと気づいていたかのようだ。

「それでは今度こそさらばだ! また会おう諸君!」

 スケパン仮面は、すでに二メートルほどの壁を跳んでいた。僕も遅れてジャンプする。

 空中にペン型スタンガンを残し、自由への跳躍を。

 ああ、それが本当にスタンガンであれば、奴を逃していただろう。

「ぐッ!?」

 ペン型通信機から発射された高調波ノイズが、スケパン仮面の耳を抉った。帽子越しでも、ケモミミ人には堪える音だ。

 芯を入れ替えておいて正解だった。ペン型スパイ道具の外見だけ改造するという発想は、まさしく怪我の功名だ。

 スケパン仮面は虚空で大きく姿勢を崩し――

「だが、まだまだ……!」

 着地に膝を付きながら、壁の向こうを走り出した。

 さすがのスパイクーペでもジャンプはできない。いや、中にはできるのもあるけどこれはできない。奴の追跡はこれで打ち切りだ。つまり――

「逃がした……か」

 そういうことだ。

「……」

 シュタッと壁に立ったエーコが、残念そうな表情で外を指さす。

 追跡劇は無駄に終わった。そう言いたいのだろう。

 だが、

「最後に、奴は致命的なものを残していったよ」

 これも僕の作戦通り。

 スケパン仮面が膝を付いたあたり。雪に残ったものは足跡と……

「僕を出し抜くには、百年早い」

 あるものが入った袋を取り出し、半液状のそれを窪んだ雪に流し込んでいく。

 スパイ七つ道具の特殊パテだ。コーキング材や接着剤にもなるし、こうして指紋や身体の一部型を採取する用途にも使える。しかも硬化剤の配合次第では数秒で固まる優れモノ。

 雪から取れた奴の遺留品は……

「それって――」

 エーコはハッとした顔で僕の持っている『証拠』を指した。

「オ〇〇〇〇!」

 その通り。スケパン仮面の持つジャイアントカノンのレプリカである。

 こいつと一致するオ〇〇〇〇をブラ下げていれば、つまりそいつがスケパン仮面だ。汚ねえシンデレラもいたものである。

 一方エーコはなぜか、スケパン仮面から採取したブツに興味津々だった。

「オ〇〇〇〇ですよね! わあい、オ〇〇〇〇だぁ! ちょっとそのオ〇〇〇〇触らせてもらえませんか、エーチさん!」

 ははは、エーコさんよ。なぜそんなにオ〇〇〇〇で興奮するのかね?

 淫乱か!? 淫乱なのか!?

 エーコはスケパン仮面のオ〇〇〇〇がふれた雪から型を取ったオ〇〇〇〇のレプリカすなわち間接オ〇〇〇〇を僕からひったくると、憑りつかれたように振り回して遊び始めた。

 淫乱か!? やはり淫乱か!?

「すっごーい! オ〇〇〇〇って間近で見るとこうなってたんですねぇ!」

 ブンブン振られたオ〇〇〇〇が、不意に僕の口の中に入った。

 パテの溶剤と間接オ〇〇〇〇の味がする。

「モゴモゴモゴモゴ。モゴゴモゴ。(口直しにケモミミをペロペロしたい気分だよ。エーコさんの耳を舐めさせてくれるかい?)」

「あ、ごめんなさい。オ〇〇〇〇エーチさんの口に突っ込んじゃいました」

 間接オ〇〇〇〇でモゴモゴしながら喋った僕の一世一代の告白は、エーコに伝わらなかったようだ。残念。

 間接オ〇〇〇〇だけがただ苦かった。

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