君と祭りへ
次の日。
スケパン仮面の捜査もアイドル特訓も、すぐに効果の出るようなものではない。
それはそれとして、僕も一応(偽の身分とはいえ)高校生なので、平日の日中は授業やら何やらに時間を取られる。
「ようエーチ。生徒会の活動はどうだよ」
始業ギリギリで登校してきたヴァルヒコが、ドスンと席に座って僕に声を掛けた。
彼はいつでも気楽そうだ。ある意味羨ましい。
「エーチはすげえよな。転校数日であの生徒会の仲間入りなんてさ。いや、徳川エーコさんさえいなけりゃ、俺はそんな面倒ごとゴメンだけど」
奇遇だな。僕も同意見だ。
学閥なんかが蔓延る共和国では出世コースでも、僕はそもそも国民じゃないのだから。エーコとお近づきになれる以上の意味なんて、生徒会に感じていない。
「生徒会に入ったなら、もうヴァルヒコなんかと付き合ったらダメよ。経歴に傷が付いちゃうんだから。てゆうか経歴関係なく、こいつ女の子に何するか分かんないし」
僕とヴァルヒコが特に意味も無く親睦を深めていると、ランファが会話に入ってきた。
「ヴァルヒコは僕をマタタビで酔わそうとしてきたよ」
僕は違法ディスコであった事実を包み隠さずランファに報告した。ランファはヴァルヒコを心底軽蔑した目で見る。
それだけの強烈な目線を向けられて、『よせやぁい』と照れたように笑うのはなんなんだろうか。ヴァルヒコにもそういうヤバい趣味があったのだろうか。
「ヴァルヒコ、アンタって男は……」
「いやいや、それだけじゃなかったんだって。俺はあのときエーチを、騎士のごとく当局から守り抜いてだな。――ああ、法的に後ろめたいことが無かったら、今ここで俺の武勇伝を細大漏らさねえで語って聞かせたいもんだ。俺は迫り来る権力の下僕どもをバッタバッタと薙ぎ払い、安全な場所までエーチを……」
「あーはいはい。妄想も大概にしておこうね。現実にいるわけないでしょ。そんなアクション映画みたいなタフガイ」
本当に、妄想は大概にしてほしいものだ。全部僕のやったことじゃねえか。
「そういやエーチ。合衆国に住んでたお前は知らねえかもだから教えておくけど、もうすぐこの国でビッグなイベントが始まる時期だぜ」
「……」
ヴァルヒコに言われるまでもなく、僕はそれを知っていた。
同じ教室で黙ったままの、済まし顔のエーコを一瞥する。彼女と目が合った。
誰も気づきはしないだろうが、彼女は珍しく遅刻もせずに登校してから、チラチラと幾度も僕の方を確認していた。
ヴァルヒコは続ける。
「開府記念式典。ウン百年前に徳川家康公が江戸で幕府を開いたという日になると、俺らの国では毎年デカい祭りをやるのさ」
ヴァルヒコが出したのは一枚のチラシだ。開府記念式典で行われる、様々なイベントが列挙されていた。
『屋外第一ステージ・徳川ミッコ大統領祝辞』
『本多忠勝門前・軍事パレード』
『主力戦闘機mimi-21によるアクロバット飛行』
等々、東側らしい国威高揚効果を狙ったイベントや、
『屋外第四ステージ・国選歌手オールスター、国民歌謡大会』
『酒井忠次記念会館・関ケ原合戦特別美術展』
など文化的催しまで。雪の煩わしい時期だというのに、一日で回り切れないほど多くのことが行われ、その分ネオセキガハラ市内は人でごった返す。
そうなればハメを外したくなるのが人の性。一部の若者は、ご禁制音楽アリの非合法なライブイベントなどを毎年のように決行しているそうだ。当局もこの日ばかりはテロ対策などに気を取られ、わざわざ軽思想犯罪を取り締まろうとはしない。
違法ディスコで多少の人脈ができたおかげで得られた情報だ。――僕はそこに参加しようと思う。
エーコは相変わらず僕の方に視線を送っていた。秘密を打ち明けた僕の前でだけは馬鹿全開だが、基本的には内気な娘なのだ。大勢が集まる教室で、僕に話しかけたものか悩んでいるのだろう。
僕はチラシを持ってエーコの席に向かった。
「エーコさん、開府記念式典、僕と一緒に行かない?」
僕が祭りに誘うと彼女は――
「……はい、いいですよエーチさん」
淡々と頷いた。
それでも僕だけは見逃さなかった。感情を見せようとしない唇が、薄っすら緩んだ瞬間を。
僕は東側初の
同時に、僕は――僕は――
(ステージ終了後、僕は徳川エーコの拉致を実行に移す)
“ネイキッド”との連絡如何に関わらず、任務期間としてはそこらがボーダーだろう。多少のリスクはやむを得ない。
式典まであと一週間。それまでに、エーコのレベルを人に見せられる領域まで上げてやる。
それがせめてもの、僕が彼女を裏切る前にできる、唯一にして最後のことだから。
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