アイドルレコードと16bitPCとエロゲとその他諸々
『卑劣なる言いがかり! 大和民国、ミサイル事件に対する調査拒否
先日大和民国ネオセキガハラ市に落下した国籍不明のミサイルに対し、民国国会議員の島津
ソファの上、無造作に投げられた新聞の一面には、あの事件の記事が踊っている。
ここ最近はずっとこんな感じだ。
双方自国の正当性を譲らず、敵国への憎悪は膨らむばかり。一部のタカ派を除いて全面戦争などは避けようとしているだろうが、いつ弾けるやら知れたものではない。
それにしても、ミサイルを実際に発射した東側が公平な調査を要求し、西側が立ち入りを拒否し続けているという構図も考えてみればおかしい。東側特有の強力な報道規制が働いている可能性もあるが。
あの日、東側のネオセキガハラ近郊にある空軍基地で何があったのか、当事者であるエーコの主観では行き当たりばったり過ぎて良く分からないのだ。……要するに、西側に彼女を連行・尋問したところで芳しい結果が得られるとは限らない――ということ。
「お待たせしましたエーチ先生。粗茶でございますが」
僕が世界の行く末についてほんのり悩んでいると、家主であるエーコが茶を運んできた。
生徒会活動が終わり、僕は今徳川家にお邪魔している。エーコの実家は宗家ではなく百年前くらいに分かれた分家だそうだが、それでも名門というだけあって城のような豪華さだ。
「ありがとうエーコさん。それと、僕のことはそんなに持ち上げないでほしい。同級生なんだしさ」
この国で乳製品は貴重だ。家畜に嫌われない人種、一部のウシミミ人やヤギミミ人だけが郊外で生産していて、庶民には日常的に手の出しづらい値段になっている。ヒトミミ国家にとっての牛肉くらいの物価だろうか。
ダンスレッスンの報酬というなら、これだけもらえれば対等だろう。先生だからってあまりへりくだられても、いい気分じゃない。
僕はエーコが持ってきたミルクティーを啜った。
「美味しいミルクティーだ。エーコさんが淹れたの?」
「いえ、メイドが」
「そう……」
ネコミミ美少女のお手製ミルクティーが飲めると期待した僕は、盛大に落胆した。味は確かに良いが、こういうのは味じゃないんだよ味じゃ。
せめてそのメイドが美少女であることを切に祈ろう。
「それではエーチさん、飲み終わったら早速」
「分かってる。歌とダンスを教える約束だよね」
徳川家訪問もそのため。
いやほんと、女学生として敵国へ潜入調査しながら、どうしてアイドル養成などする羽目になったのだか。
「ここが父の書斎です……。母やメイドに見つかるとまずいので気を付けてください」
エーコの先導で僕らがまず向かったのは、彼女の部屋じゃない。この坂東共和国を独裁的に支配する党の広報局長をやっている、彼女の父親の書斎だ。
ここに何の目的があるのかといえば――
「本棚の奥にレバーがあるんです。それを引きながら本棚を動かすと、この通り」
本棚がスッと横に動き、隠し扉が出てきた。
さすがにMI3本部ほどではないが、なかなかの大仕掛けだ。
「なんだかスパイみたいですよね?」
「……」
エーコは絶妙なスマイルでふふっと笑った。僕は気の利いた会話選択肢でも選んで徳川エーコトゥルールートに進むべきなのだろうが、生憎内心穏やかじゃなかった。
スススススパイってなんのことでしょうね?
挙動不審が限界に達した挙句トチ狂い、唐突にエーコの耳をペロペロしなかったのは理性の勝利と言っていい。
「これが表に出れば、我が家はこの国に居場所を無くします。暴動が起きるかもしれません。でも、」
エーコは、隠し部屋の電灯を点けた。
「これがあったから、私はアイドルを知れたんです」
そこは、禁断の園だった。坂東共和国では御禁制品のはずのレコードやビデオ、パソコンソフトで埋め尽くされた、あってはいけない空間。
レコードは合衆国あたりのロックミュージックなどが中心だが、不倶戴天の敵である大和民国のポップソングもコレクションしてある。もちろん、エーコがこの前学校に持ち込んできたロリポップスのレコードも。
部屋のゴミ箱には、『押収品』と書かれた紙が丸めて捨てられていた。
なるほど。
「お偉いさん独特の入手経路ってことか。いわゆる特権階級、政治貴族だからこそ――おっと、ごめんね」
東側社会の巨大な矛盾。腐敗した特権で禁制品を収集するエーコの父親は糾弾されてしかるべきだろうが、それを娘に言ってもしかたがない。そもそも僕にそんな義務は無い。
「いいんです。お父様が悪いことをしているのは本当ですから。……口では一般市民にヒトミミ文化の規制を強調しておきながら、裏ではこんなことをしている。――私も同じですから」
似た者親子と、そういうことなのだろう。
「本当に好きなものを『好き』って言える人間なんて、多分西側にもそんなにいないよ。そういう時代だからね」
僕は、せめてもの慰めをエーコに。同時に、それはケモミミ好きを公言できない僕の諦観でもあった。
「……いつか、言えるようになったらいいですね。堂々と、好きなものを『好き』って」
徳川エーコは馬鹿だ。だからこんな夢みたいなことを恥ずかしげもなく言ってしまう。
彼女と僕は似ていると思ったが、どちらかといえば僕はエーコの父親寄りだ。時代のせいにして、国家から与えられた特権でコソコソ敵性文化を愛でるだけの男。自ら敵国でアイドルになろうだなんて妥協の無い選択、思いつきもしない。
ともかく、
「あ、すごい。最新の16bitパソコンまである」
徳川父の収集癖と資金力は瞠目に値する。
パソコン周辺に詰まれたエロゲのフロッピーも、ある意味男として尊敬に値する。
「『ろりこんお兄ちゃんランド』ってどういう意味なんでしょうね。絵柄は可愛いんですけど、私コンピューターの使い方って全然覚えられなくて」
エーコはいちごおぱんつのヒトミミ少女が描かれた一枚のフロッピーを取った。穢れなきネコミミ美少女の脳内には、『エロゲ』という単語は存在しないようだ。
「そっとしておいてあげてくれ。それと、間違っても父君を『ろりこんお兄ちゃん』などと呼ばないように」
「? あ、はい。エーチさんが言うのでしたらそうします」
業の深いエロゲを戻したエーコは、乱雑に異国文化の並べられた棚から幾枚かのレコードを取った。
全部ロリポップスの曲だ。敵国のラジオは妨害電波で聴けないため、こうして練習用のレコードをこそこそと見繕っているというわけである。
「……一応聞いておくけど、父君にバレたことは?」
肉親とはいえ、こうも堂々と他人の秘密を漁ってバレたりはしないのだろうか。僕は少し不安に思い訊いてみた。
「大丈夫ですよ。一度もバレたことはありません。父は多忙ですから、基本的に夜遅くまで党本部から戻ってはこないのです」
「それならいいけど」
「一度普段より早く帰ってきたことがあったんですけど、書斎に入る直前に大統領から呼び出されて、スッ飛んで行きましたよ。あのときだけはちょっとドキドキしました」
「お気の毒に」
エーコの強運あるいは悪運は、誰にでも常に有効らしい。僕はそいつを掻い潜って、本国に“跳び越えた少女”の報告を行う必要があるのだが。
「メイドたちもお母様も滅多にここまでは近づきませんけど、一応早く出ましょうか」
「そうしよう。これだけレコードがあれば当面のレッスンは大丈夫だろう」
僕たちは隠し部屋の外に出た。次はエーコの自室でダンスの練習だ。
スパイ七つ道具の一つ、『ただの小瓶』の準備は万端だ。エーコの耳毛でも発見すれば、いつでも回収できる。――うん、落ちた耳毛くらい減るもんでも無いし、ちょっとくらいいいだろう。
徳川エーコの耳毛を何に使うか?
そんなものは決まってる。僕を甘く見ないでいただきたい。最高峰のスパイとして、無駄な行動など絶対にしないとも。今この瞬間も、公務員として僕の給与とか手当は発生してるんだぞ。軽率な真似は大和民国五千万市民への背信行為だ。けしからんね。
耳毛は僕の個人的趣味に使う。
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