MISSION2 脱トの如く

非合法アイドル活動略してアイカツ

 徳川エーコは馬鹿だ。

 奇跡的な馬鹿だ。

 どのくらい馬鹿かといえば、海外旅行のため飛行機に乗ろうと空軍基地まで行くほどの馬鹿だ。

 僕は美少女にさえ付いていればウマミミもシカミミも両方WELCOMEな性癖だが、二つ合わさってはどうしたものか、判断に困る。

 エーコにしてみれば意を決した告白の後、土曜日の生徒会活動はうやむやのまま解散した。

 月曜日に同じクラスで再会したとき、彼女は普段通りのクールビューティなままだった。

 土曜日のアレは徳川エーコに化けたムジナミミ妖怪の悪質なネガキャンだったのではないかと疑わないでもないが、学業が進行するにつれ、やはり現実だったのだと思い知らされる。

 徳川エーコは季節外れのちょうちょが校庭に出没すれば追いかけまわし、積もった新雪にシロップ(メロン味)をかけて食い、何も無い場所で派手にコケては種族由来のバランス感覚で着地する。

 完全に馬鹿の挙動だ。彼女の本性を知ったせいか、僕だけがその醜態を目撃していた。あのクールで知的な第一印象はどこに行ったのか。

 テストの最中などは、鉛筆を転がして答案を埋めていた。

「多分またエーコさんは満点よ。本当に憧れちゃうわー」

 ウンピョウミミの榊原ランファがうっとりとエーコ(馬鹿)を賞賛した。

 彼女の正体がただの馬鹿であり、毎回テストで満点を取るのもヤマカンも真っ青な賭博破戒録エンピツロールでたまたま正解を連続させているだけとランファに教えたところで、絶対に信じたりはしないだろう。僕も信じられない。

 中身がどうしようもない馬鹿にもかかわらず、少ない口数と怜悧なガワ、および意味不明な奇跡の連続により、徳川エーコは優等生としてワッショイと祀り上げられていた。


 その偽優等生が放課後、人気の無い場所に僕を誘った。これから生徒会室に行くわけだが、その前に話があるそうだ。どう考えても土曜の続きだろう。さもなければ僕への好意が抑えきれずネコミミをペロペロさせてくれるか、だ。

「あの、エーチさん。土曜日の話は受け入れてもらえるでしょうか」

 残念ながら土曜の話の続きだった。

「アイドルになりたい……だっけ? ロリポップスみたいな」

「はい。エーチさんはロリポップスについてお詳しいん……ですよね?」

 それはもう、ディスコで東側のナウなヤングたちにひけらかしたように、ロリポップスの振り付けなら完コピで踊れる。

 特別あのトップアイドルグループが好きというわけではなく、単に記憶力と運動神経が他人より優れてるおかげで憶えてしまったというだけだ。西側では毎日のようにテレビで見るのだから。

「ここで踊っていただけませんか?」

 エーコは、僕がユネスコの職員ならばいかなる小細工を弄してでも世界遺産に推薦するであろう究極のネコミミをシュンと折りたたみ、しずしずと懇願した。

 選択の余地など僕には無い。どれだけ中身が馬鹿でも、ケモミミ美少女に頼まれれば当然シャル・ウィー・ダンスだ。

「人もいないし、別にいいよ」

 他人に見つかってはお互い具合が悪い。政治委員長のエーコが、敵性音楽で踊る帰国子女をじっと見ている様など、学校関係者の誰にも見せるわけにはいかない。

 僕は周囲をキョロキョロと確認し、誰もいないと断定した後で踊り始めた。

 横ノリを中心としたステップに、クネクネとした腰使い。『ブリッ子』と蔑む声もちらほらあるが、ロリポップスの人気は盤石だ。ヒトミミのアイドルとはいえ、僕もそれなりに気に入っている。

 僕は人に見られないよう、歌を入れずに踊り続ける。エーコはそんなシュールな無音ダンスでも、金色の目をキラキラさせて見つめていた。

「すごいですぅ、エーチさん! それって『あやしい悪魔』の振り付けですよね!」

 ダンスが終わると、エーコは気前のいい拍手で僕を讃えた。

「ちょ、誰かに聞かれたらまずいから」

 僕は焦ってエーコの暴挙を止めた。興奮するネコミミの動きはかつてないほど僕をキュンキュンさせていたが、それはそれとして後先くらいは考えて欲しい。

「あ、ごめんなさい。……でもすごいです。ビデオで見たまんまの動きでした」

 エーコはすごいすごいを連発し、憧憬を込めた目で僕を覗き込んでいた。耳だけでなく尻尾もあったら、確実にブンブン振っているだろう。

 いや、そんな純真無垢な目で見られても、嘘で塗り固められた敵国のスパイとしては困る。

 というか、

「エーコさん、なんか普段とキャラ違わない?」

 彼女に対する思慮分別の見積は僕の中でガクっと落ちていたが、それにしたところで無口で冷ややかな徳川エーコはどこにいったのだ。知能と性格は別物だろうに。

「別に私、キャラとか意識してるわけじゃないんです。ただ、何を話せばいいのか分からないでいたら、周りから遠巻きにされるようになっちゃって」

 エーコの言葉には、悲しみがこもっていた。

「私はアイドルはもちろん、他の西側の文化も好きなんです。でもこの国でそれを『好き』っていうのはいけないことだから。本当に好きなことを隠していたら、それ以外の何を話せばいいのか分からなくなっちゃったんですよ」

「……」

 ケモミミの国で、ヒトミミの文化を愛してしまった少女。

 ヴァルヒコやその仲間たちのように、こっそり西側文化を愉しむ者は少なからずいる。

 だが、彼女はそういうレベルすら超えて、アイドル文化を深く愛してしまった。

 僕の、ケモミミ愛と同じように。――真逆の境遇で生まれ育ちながら、どこか似ているんだ。僕とこの娘は。

「いつしか、誰にも言えないまま、私はアイドルになることを夢見ていた。そんな中ロリポップスの新メンバーを決めるオーディションがあるって聞いて……西側でならアイドルになれると思って、私は壁を飛び越えようとしたんです。正直実力も才能も全然無いけど、挑戦するだけしてみよう、って」

 結果は、

「私はオーディションに参加すらできなかった。私は……壁を跳び越えられなかった」

“跳び越えた少女”は、その実何も跳び越えてなどいなかった。

 不発弾に乗り敵国へ渡り、何もできないまま戻ってきただけ。世間的には大混乱でも、彼女の中では何も変わっていない。であるなら、あの壁を跳び越えていないのと同義だ。

「それでもエーチさん、私は夢を諦めきれないんです。西側の踊りが得意なエーチさんなら――」

 徳川エーコ、“跳び越えた少女”、僕の標的。彼女はどこまでも純粋に真剣に、僕に耳を傾けていた。

「エーチさんなら、私をアイドルにしてくれますか?」

 一昨日から、エーコが己の立場も顧みず僕に言おうとしていたことはそれだ。

 違法ディスコに入っていった胡乱な帰国子女に頼み込んでまで、彼女はアイドルを目指している。

 僕はどう答えればいい?

 受け入れるか、断るか。――受け入れつつ言葉巧みに西側へ拉致するか、断った上でいきなり連れ去るか。僕に許された選択肢はこの二択だ。

「分かった。出来る限りのことはしてみるよ」

 僕は彼女の懇願を受け入れた。

 断れるわけがないだろう。それをして救われるのは、僕だけだ。

 彼女との交流を最低限に止め、感情移入もせずに最後は連れ去る。僕は淡々と任務をこなし、裏切ったという自覚も得ることなく、心を傷つけない。――反吐が出る卑怯さと無能さだ。どうせ最後に裏切るのなら、せめてこの娘に向き合えよ、エージェントA1。

 だから僕は、徳川エーコをアイドルへと育て上げることにした。

「ありがとうございます、エーチさん!」

 結果はさて、どうなることやら。エーコの笑顔だけがやたらと眩しい。

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