ある冬の日

あぷちろ

暖炉


 かちり、かちり、と大時計の秒針が振れる。ふと時計を流し見ると、既に短針は2の位置を指していた。

 ああ、こんな時間かと、手元でもてあそんでいた寄木細工の玩具をサイドテーブルに置く。

 鋳鉄ストーブの中で、薪がぱちりと跳ねる。私は膝にかけていたブランケットを肩に羽織りなおして、椅子から立ち上がる。

 木目の廊下を滑るように歩く。きい、きい、と小鳥のさえずりにもよく似た軋みが足の裏から伝わる。

 キッチンに辿りつくと、手近なやかんに水を注ぐ。それを携えて来た道をまた戻るのだ。ついでにお気に入りのマグカップも持って。

 静謐と薄闇の中で、橙色の光が一室より漏れ出ている。日中や春ごろはうるさい程の生物たちも、冬とあっては啼き声の一つもあげず沈黙を決めつける。

 暖炉のある部屋に戻ったら、ストーブの上にやかんを載せる。再び椅子に浅く腰かけて白湯が沸くのを手持ち無沙汰に眺める。

 主人は未だ戻らない。今日は遅くなると今朝に言っていたが、ここまで遅くなろうとは。

 彼は酒が飲めないのだが、今日は学会の懇親会があるらしく、出席をせざるを得ないと話していた。

 ほう、と心底から深い溜息を吐く。部屋の中が乾燥しているのか、小さく白い息となった。

 がちゃん。扉の錠をあける硬質な音が大きく家屋を反響する。

 ブランケットを胸の位置に抱いたまま、ぱたぱたと廊下を早足で駆ける。

 鉄扉が軋んで重々しく開く。

 お帰りなさい。と告げると主人は少しばかり驚いた。

 もう、寝ているものと思っていたのに。と優しくはにかんだ。

 月も出ていない寒空の下で立たせたままでいるのも悪く思い、主人を家の中へと招き入れた。

 彼のジャケットにはうすく、雪が散っていた。

 寒かったでしょう。と彼の手を取って暖炉の部屋までしとりと歩くのだ。

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