第7話 弟の日記

 急ぎ足で警察署に戻った仁科は、家宅捜索で押収した秋月のパソコンの電源を入れる。パソコンの画面には、赤色に点滅しているマークが動いている。


「仁科さん、戻ってきてたんですね」


 声に気付き仁科が振り返る。そこには桜井が立っていた。


「秋月は?何か言っているか」


「次の復讐相手のことを言っていました」


 すると桜井は秋月が話していたことを、仁科に話して聞かせた。次に狙われるのは、弟を自殺に追い込んだいじめの首謀者だということ、そして死神の弟が通っていた高校が次の現場になるということを。


「そうか……」


 一言だけ言うと、パソコンの画面に視線を向ける。すると赤色に点滅しているマークが、とある場所で止まった。そこは死神の弟が通っていた高校だった。


              * * * *


 男は椅子にロープで固定されて身動きが出来ない。牧野が今いる場所は、高校の屋上だった。屋上の周りには柵が張られていたが、一部だけ壊されていた。


「おはよ、牧野謙介君」


 牧野は声がする方へ視線を移すと、黒ずくめの男が立っていた。どういう状況なのか、困惑している表情を浮かべる牧野に対して男が言った。


「私のことをおぼえているかな?」


 優しい口調、だが男の目の奥は笑っていなかった。スタスタと近付いてくる男に恐怖の表情を浮かべる牧野。


「何も覚えていないって表情だね?」


「お前……晴馬を殺したやつか」


 男は答えない。そのまま牧野の後ろに移動する。持っていたナイフを牧野に近付けた瞬間、屋上の扉が勢い良く開いた。そこに立っていたのは、仁科だった。肩で息をしながら二人の元へと近付こうとした。


「近付かない方が良いよ、刑事さん」


「俺のことを知っているのか?」


 仁科の問いに、男が不気味な笑みを浮かべる。でも答えない。


「……お前は、死神だな?もうやめろ、復讐したところで何も変わらない。お前はただの人殺しだ!」


 死神はため息を吐き、口を開いた。


「私が人殺しなら、彼も人殺しだろ?いじめをして罪のない人を傷つけ、自殺に追い込んだんだからね……むしろ私なんかよりも質が悪い」


 死神は牧野の首元にナイフを近付けて少し引くと、首元から血が滴り落ちた。牧野は涙を浮かべる。焦る仁科は、止めようと一歩踏み出そうとした。


「動くな!」


 今までにないくらいの感情を込めて、死神が言葉を放った。その言葉に仁科は動きを止める。


「もう……やめろ」


 仁科の叫びは死神には届かない。死神は仁科の目を見据えて、語りだした。


「弟が自殺した日、部屋で日記を見つけたんだ……。」


             * * * *

『六月二十三日(曇り)

 体が重い……。今日も学校であいつらにいじめられるのか。こんな生活いつまで

 続くんだろ。


 七月四日(晴れ)

 今日も学校であいつらに殴られたり、蹴られたりした。身体中はアザだらけにな

 っている。こんなこと兄貴には相談できない。明日、先生に相談してみよう。


 七月五日(雨)

 今日、勇気を持って先生に相談してみた。すると先生は「任せておけ」と言った

 。結果、あいつらに殴られた。先生はアイツらに注意しただけで何もしなかった

 。あいつらは激情し、今まで以上の暴力を受けるはめになった。もう……誰も信

 用できない。


 七月二十日(晴れ)

 もう嫌だ……。毎日毎日暴力ばかり受けている。死にたい、死にたい、死にたい

 、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい。』


              * * * *


「日記の後半は涙が滲んで読めなくなっていたよ」


 そう言って死神は、天を仰いだ。その目には涙が浮かんでいた。 

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