第6話 死神の過去

 その光景は異様だった。一連の事件とは違い、被害者の両手の爪は全て剥がされていて、ダーツの矢が片目を貫いた状態だった。この現場を見たら桜井は間違いなく吐くだろうと思った仁科は、桜井に秋月の取り調べをするよう指示を出していた。


「やっぱり、桜井は置いてきて正解だったな」


 そう呟くと、後ろから声を掛けられ仁科は振り返る。そこに立っていたのは、同僚の刑事。


「被害者の情報、何か分かったか?」


「あぁ、被害者は佐々木晴馬。お前の読み通り、この被害者も高校時代にいじめをしていたよ」


「やっぱりな」


 仁科はそれだけ言うと、踵を返し歩き出した。



             * * * *


「いい加減話してくれないかな?いつまで黙秘続けている気だよ」


 ——警察署の取り調べ室内——。


 未だに黙秘を続けている秋月。逮捕してから取り調べを幾度となく行っているが、有益な情報は一切ない。そのことに、桜井は頭を抱えた。すると、いきなり取調室の扉が開き勢い良く仁科が入ってきた。


「何か、分かったか?」


 その問いに、疲れた表情をした桜井が首を横に振った。仁科は秋月に近付き、真剣な顔で口を開いた。


「何故、お前は死神に協力している?死神とはどういう関係だ」


「また、その話ですか?毎日飽きませんね」


「良いから答えろ」


 秋月は「はぁ」とため息を吐き、渋々喋り始めた。


「僕の働いていた時の同僚だったんですよ。僕は昔から気が弱く、学生時代はよくいじめられていたものです。仕事で知り合い、彼の過去を知った。」


 秋月は過去を思い出すように、少しづつ言葉を続けていく。その言葉を仁科と桜井は、黙って聞いていた。


「彼の弟はいじめを苦に自殺した。彼の目は悔しさと憎しみに満ちていたよ。だから僕も協力したんだ。サイトを作ってね。彼は止まらないよ、復讐が終わるまで」


 取調室から出た二人の足取りは重い。自分の机に座った仁科に、桜井が声を掛ける。


「まさか……死神にそんな過去があったなんて、想像してませんでした。……でも、やり方間違えていますよね?いくら弟の復讐の為だとしても」


 桜井の言葉に、仁科は驚きの表情をした。その表情を見た桜井が「どうしたんですか?」と声を上げた。


「いや、桜井もまともなことが言えるようになったんだなと思ってな」


「やめてくださいよ」


 そう言う桜井の顔は真っ赤になっており、逃げるように室内を出て行った。仁科は桜井の後姿を見送った後に、外へ出る準備を始めた。


              * * * *


「晴馬が……殺された?」


 男は気が動転した。彼の名前は牧野謙介。殺された佐々木晴馬の同級生で、いじめの首謀者。牧野は色々な考えを巡らせている時、後ろから声を掛けられビクッと背中を震わす。後ろを見ると、そこには見慣れない男が立っていた。不気味な笑みを浮かべながら男は、牧野に近付き耳打ちした。


 牧野の顔が強張る。逃げ出したい牧野だが、物凄い力で腕を引っ張られているので動けない。


「さぁ、いこうか」


 そう言うと男は、牧野を連れて何処かへと歩き出す。牧野の口は恐怖で震えていた。


               * * * *


「すみませんね、忙しい中」


 仁科は秋月が務めていた会社に来ていた。小さい工場で、片隅の小さな事務所へと通された。そこには六十代くらいの人物がソファーに腰を掛けていた。


「秋月さんの仕事をしていた時の様子を知りたいんですけど」


「あいつは真面目だったけど、とにかく気が弱くて職場内で馴染めていませんでした。でも、一人だけ秋月と仲が良かった奴がいました」


「誰です?」


「黒宮です。黒宮共成くろみやともなり。秋月とはかなり仲が良かったですよ」


 仁科は写真があるか聞くと、「ちょっと待っててください」と言って男は席を立った。待っている間、室内を見渡していると携帯が振動しだした。携帯の画面を見てみると、桜井の名前が表示されていた。


「どうした?」


 仁科が携帯を耳に当て答える。暫くのやり取りの後、通話を切ると同時に男が入ってきた。男は机の上に写真を置いた。それは社員が全員写っている写真だった。そして写真の隅には、秋月ともう一人の男が映っていた。


「秋月の隣に写っているのが黒宮です」


 写真を受け取ると仁科は事務所を後にして警察署へと足を速めた。











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