第4話
エリスが俺の顔を近くで覗き込む。
距離感が近すぎる!
まずい!
ついうっかりエリスを名前で呼んでしまった。
急に知らない人から名前で呼ばれたら不審に思われる。
エリスはゲームのメインヒロインの1人。
銀色の髪をポニーテールで束ね、紫色の瞳が俺を見つめる。
顔を近くに寄せるその顔に吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「可愛いから気になって遠くで見ていたんだ」
そう、元の世界のゲーム画面で見ていた。
「ふ~ん、そうなんだね」
褒められてまんざらでもない表情を浮かべる。
ストレートに褒められると喜ぶのがエリスだ。
エリスは最も好感度を上げやすいチュートリアルキャラでもある。
それにしても生のエリスは本当にかわいい。
銀色の髪は輝いているし、皮膚には染み1つ無い。
唇は血色がよく口紅を塗ったように目を引く。
更に瞳にも肌にもすべてに潤いがあってプルプルしている。
とにかくプルプルしている。
GパンとTシャツのシンプルな服装で露出はそこまで高くないが、体に張り付くような線を強調するラインに目が向く。
リアルでエリスを見ると魅力が半端ない!
凄いプルプルしている!
「そんなに見つめる?僕はそんなに魅力的かな?」
エリスは悪戯な笑みを浮かべて腕を上げ、お尻と胸を突き出すようなポーズを取る。
「可愛い」
「そ、そうかな?」
「ずっと見ていたくなる」
「そ、そう?そ、そうだ!紋章だね!何が良いかな?」
エリスは赤くなって紋章の話を始める。
日本に居たら絶対にこんなことは言わなかった。
命の危険を感じた後、安心して、その後生エリスに会ってテンションが上がりすぎたのかもしれない。
「は!紋章だった。そう、紋章を買いに来たんだ」
紋章装備、この世界で装備と言えば紋章だ。
左手の甲に防具の紋章、右手の甲に武器の紋章を張り付ける。
紋章を付ける事で服の代わりにもなる。
防具の紋章をまとう事で冬でも温かく過ごせる。
戦闘時は右手の甲が光って手に武器が出現するのだ。
この世界でダメージを受けると服が破け、紋章の耐久力も落ちてくる。
耐久力は時間経過で回復する。
そして製作者の趣味と思われる中二病全開の左右の手の甲に紋章を付ける設定。
俺も紋章装備の設定は好きだ。
「そう言えば、君の名前は?」
「ハヤトだ」
「ハヤト、どんな紋章を探しているんだい?」
ヒロインに名前で呼ばれるとドキッとする。
「レベル1の初心者セットが欲しい。武器はナイフで」
そう、最初はこれ一択だ。
この装備は重量が軽い。
初心者セットは強いわけではない。
だが、ステータスの低い序盤に他の重い装備を選ぶとスタミナが減ってすぐ活動が出来なくなるのだ。
初心者セットのナイフが軽くてベストな選択だ。
闇魔導士のジョブではあるがしばらく魔法は無しで、ナイフと初心者セットで活動を続ける事になるだろう。
エリスが声を上げる。
「紋章が無いよ!君は今までどうやって生きてきたんだい!」
そうか、この世界の衣服は左手の紋章だ。
左手の甲に紋章を付けていない者はまず居ない。
「い、今紋章が無くて困ってるんだ。か、金ならある。すぐに紋章を付けたい」
俺は慌てて魔石を出す。
エリスは魔石を見つめる。
「確かにお金は持っているようだね。10万魔石になるよ」
「す、すぐに頼む」
汗が噴き出る。
エリスは2枚のトランプサイズのカードを持って来た。
「両手の甲を出して」
俺は椅子に座って両手の甲を出す。
エリスが俺の両手の甲にカードを置いてその上に手を乗せる。
エリスの距離が近いし胸元が見える。
エリスの吐息を手に感じる。
俺の両手が光ると、カードが消えて俺の手の甲に紋章が浮かんだ。
「さあ、早速着替えよう。そのカーテンを縫ったような服はすぐに脱ぐんだ」
カーテンを縫うか。
不思議な表現だ。
ん?ここに試着室は無い。
この世界で男は少数派だ。
試着室は無い。
普通あれじゃね?
エリスが試着室の無い状況で恥ずかしながら着替えるのがエロゲの王道パターンだ。
俺が脱ぐのは違う!
エロゲ道に反している!
俺は憤りを感じた!
いや、逆に考えるんだ。
俺が脱ぐとしたらその逆もありうると!
次はエリスが着替えるのを俺が見守る。
そう心に刻んだ。
「次は逆でよろしくお願いします」
「意味が分からないよ」
「いえ、こちらの話です」
「どうして急に敬語なんだい?」
「気のせいです。心を清めておりました」
俺はその場で服を脱いで全裸になる。
テーブルを挟んでいるから股間はテーブルに隠れている。
左手の紋章に意識を込めると俺は一瞬で服をまとう。
ブラウンの目立たない色の上下の服、そして靴。
村人のようだ。
エロゲの世界で男の服は種類が少なく手抜きだ。
女性用の初心者セットはもっと凝った作りになっている。
次は右手の武器だ。
右手の甲に集中すると、手にナイフが出現する。
俺は何度もナイフを出したり消したりして感覚を確認する。
「君は小さい子供のようにお茶目な所があるよね」
「何が?」
「そうやって初めて紋章を付けた子供みたいに紋章を出したり消したりする所さ」
「感覚を確認したくて」
「子供みたいに服を出したり消したりしないだけまだいいかもね」
元居た世界とこの世界は大分感覚にずれがあるようだ。
言語と読み書きは分かるけど、常識が分からない。
ゲーム知識以外は覚える必要もあるか。
「今日はありがとう。また来るよ」
「うん、また来てね」
俺は店を出た。
エリスは学園に入る前はここに居たのか。
また来よう。
アイテムショップに向かう。
俺は残った20万魔石で小さめのバックパックを購入した。
更にポーションを買って腰にセットし、残りはバックパックに入れた。
ポーションは1本1万魔石と高いが、命大事にだ。
ダンジョンの前で俺は立ち止まる。
ダンジョンは神殿のような作りになっている。
石が積まれ段差の上に4つの柱と屋根がある白い建物があり、その中央に魔法陣が光る。
ダンジョンに入るにも次の階に行くにも魔法陣の上に乗ってワープする仕組みだ。
魔物に倒されれば死ぬ。
足が止まってしまう。
だが進む以外のやり方を知らない。
俺は大きく呼吸をし、ダンジョンの魔法陣に向かって歩き出した。
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