真夜中のプリン【KAC202210】

あきのりんご

真夜中のプリン

 私の趣味は創作だ。

 何を創作しているかというと、漫画。

 一次創作も憧れるが、基本的には二次創作をしている。

 出産後、一年まるまる育児休暇を取った。

 本当は産後半年ぐらいで子供を保育園に入れて復帰するのが理想だったのだが、保育園激戦区だったのでそれは叶わぬ夢だった。

 今のシステムは早生まれには不利すぎるのだ。

 ただ、自分以外にもたくさん保活に敗れた人がいるので、こればかりは仕方がない。

 それで、だ。

 その育児休暇の間、赤ちゃんの世話に追われていたが、生後半年ぐらいから少し余裕が出来た。

 ツイッターで子育ての話を呟くと、アドバイスをくれる人もいれば大変だねえと共感してくれる人がいる。

 とてもありがたい。

 だから、自分も困っている呟きを見つけると、解決法をアドバイスしたり。


 そんな生活をしていると、ツイッターの広告で面白そうな漫画を見つけたりする。

 読んでみるとこれがもう自分の性癖にドンピシャで萌えた。悶えた。

 悶えまくった。

 子育てで世間から隔離された気持ちになっていた砂漠のような心に、萌えという水が与えられ、それはぐんぐん広がっていった。

 そしてこの気持ちを誰かと共有したい、そんな芽が生まれてきたのだ。

 砂漠だった大地に。

 その芽は日に日に大きく育っていった。


 そしてまたツイッターで検索する。

 すると、同じ気持ちの人たちが次々に見つかった。

 共感するツイートを見るたびに♡ボタンを押しまくった。

 ファンアートを見つけると飛びあがって喜んだ。

 やがてその人たちが、とあるサイトで二次創作を投稿していることに気が付いた。

 私も昔はオタクだったのでそのサイトは知っている。

 その頃は読み専だった。


 結婚前から夫にはオタクであることを隠していたのに、再びそのサイトを見ることになるなんて。

 私の萌えは留まるところを知らなかった。

 小さな芽だったものは、いつの間にかどっしりと根を張り枝葉を広げ、大きな木に育っていた。

 誕生日プレゼントで夫にiPadを買ってもらい、狂ったように絵を描きまくった。

 十数年ぶりに描いたので最初はまったく要領をつかめなかったけど、しばらくしたら昔の勘を取り戻した。

 そしてオタク御用達のサイトに投稿するようになった。

 しかし、家族には内緒である。

 そんなわけで、子供と夫が寝静まった深夜だけが私の自由時間だ。


 ああ、今度の話は萌えをどのように昇華しよう。

 日中はそんなことばかり考えている。

 昼間は妄想タイム、真夜中が出力タイムだ。

 仕事に復帰した後も、この流れは変わらない。


 今日も今日とて真夜中の作業を開始する。

 最近はとうとう、同人誌を作るまでになった。

 イベントに行くことは難しいけど、通信販売で細々と活動できる。

 筆が乗っていると興奮して夜が深まるにつれてどんどん目が冴えてくる。


 そうして作業を続け、気が付けば深夜三時。

 明日も仕事だ、そろそろ寝なくてはならない。

 寝室に向かおうと立ち上がると、お腹がぐうとなる。

 さすがにこの時間にものを食べるのはヤバイ。

 それはわかっている、わかっている。わかっているってば。

 寝室に向かい、子供と夫が寝ている布団の隅にそっと潜り込む。

 隣に眠る子供を見ていると心が落ち着く。

 かわいいなあ。

 あんなに小さかったのに、もう二歳。

 大きくなったなあ。

 大変だったけど、やっぱり子供を産んでよかった。

 そんなことを思いながら、うとうとしかけたそのとき。


 ゴンッ!


 痛みのあまり、声が出ない。

 寝返りを打った子供の足が、私の顔に直撃したのだ。

 痛みのあまり体を丸めて悶えることしかできない。

 眠っている子供に怒るわけにはいかない。

 だって寝ながらあちこち動くのが子供なのだから。

 耐えろ。

 耐えるんだ、私。


 …………。


 無理だあああああ。痛いよう。

 打った部分を冷やそう。

 布団から抜け出し、再び居間へと向かった。

 冷蔵庫を開け、保冷剤を取り出しハンカチに包むと患部に当てる。

 ダイニングの椅子に腰かけ、患部を冷やしているとだんだん痛みは引いていった。

 でも、冴えてしまった目はどうにもならない。

 これはもう、眠れないな。

 寝ることは諦めて、作業の続きをしようとiPadを取り出す。

 するとまたお腹がぐうとなる。

 うっ。

 しばしの間、葛藤。

 頭の中で天使と悪魔が戦っていた。


 天使「こんな時間に食べたらダメよ」

 悪魔「でも食べないと作業なんて続けられないぜ」

 天使「明日も仕事よ。作業なんてせずに寝るべきよ」

 悪魔「でも寝られないんだって。それなら原稿を進める方がいいじゃん。参加表明したアンソロの締め切りも近いんだぞ」

 天使「確かに。アンソロの主催者に迷惑をかけるわけにはいかないわね。不備がないよう、早めに提出した方がいいし」

 悪魔「だろ? だからおやつを食べてさっさと進めよう」


 天使、チョロすぎないか?

 と少し思ったけど、結論が出たので冷蔵庫のプリンを取り出した。

 子供用に買っているのとは別に、こっそり買い置きしていたのだ。

 この真夜中に食べるプリンは、罪悪感が加わってさらに美味しく感じる。

 気づいたら買い置きの三個が消えていた。

 また買ってこないとなあ。

 そして次の健康診断が怖いなあ。

 そんなことを考えながら、作業を再開した。

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