第52話 モップ11

 平和な時期にも退屈な時間だけが過ぎている訳では無い。特に稼ぎを増やす事に関しては真剣だ。街の外に出る依頼も受けずに済むならそれが一番安全だ。安全な儲け話には敏感になっておく。何せチート能力のお陰で体力的な余裕がある。掃除の依頼は定期的にギルドに張り出されている。今のギルド支部とは違う管轄の所からもいくつかこの支部に依頼が来ている様子だ。

 それらの仕事は移動に時間は取られるが街中の乗り合い馬車の料金は出してくれるし、拘束見合う報酬が得られる。

 一度受けて場所を覚えてからは、ポイントを消費して作ったマップ機能に登録されるので迷わず行ける。

 街での暮らしで最もポイントを消費しているのはこのマップ機能だ。前世の地図アプリより利便性の良い物が常に頭の片隅にある。これは迷わない。見たもの察知したものを自動で記録して地図が更新されていく。問題はこの地図の書き込みや更新にも莫大なポイントが消費される事だ。

 風属性の魔術にサーチウインドという物がある。風を使って周囲を索敵する魔術なのだが、これにより広範囲の精密な地図が一瞬で作れる。

 しかし、まさか自分のその時の保有ポイントを全て消費して尚足りないとは初めての経験だった。それでも仕事で新しい場所に向かう度に地図は出来上がっていく。

 そうすると道もわかってきて、今は離れた地区にも馬車は使わず駆け足で向かうようにしている。

 街の乗り合い馬車は決まった順路を周回している。速度としては徒歩より速く、駆け足よりやや遅い。

 人通りの少ない道を疾走するほうが遠回りでも速い。そんな訳で離れた地区への移動は駆け足だ。良い鍛錬になるし、ありがちな成長チートを持った体は直ぐに慣れてしまい、息も切らさず駆け抜ける様になった。

 主な経路は外壁沿いの広い道とそこからは主だった通りに通じる道幅の広い道を走る。狭い道は接触事故が怖いので速度は出さない。

 外壁沿いは人通りは少ないが、壁の上を守衛が歩いて見回っている為に思いの外治安は良い。たまにならず者らしい者が声をかけてくるが、最初に遠出した日に声をかけなかったので、道に慣れた俺に追いすがる事が出来ない。つまり無視しても逃げ切れる。回り込もうが地図機能と無尽蔵の持久力と並外れた瞬発力も持つ俺の足は止められない。幅広い道はそれだけで逃げやすく安全な道となる。

 舗装の傷んだ足場の悪い道を走るのも慣れてしまう。生きた武器の魔物であるベブンを背負っているので、街中で危機に陥る事は先ずない。馬車の料金分だけ儲けも増えて良い依頼だ。

 外周は生活の廃棄物が捨てられる集積所も多い。荷車でそれらを回収し街の外に運ぶ仕事もある。ゴミを積み込み荷車を使う仕事だ。小型の馬かロバに似た動物とそれを操る大人が荷車を引き、孤児達が積み込み積み下ろしを手伝う。


「あ、サニドにゃ。」


 たまに仕事中のチルとすれ違う。足は止めず手を振ってすれ違うと彼女も手を振返してくる。チルと一緒に仕事をしている孤児達も駆け抜けていく僕を目で追う。

 因みに、このゴミ集めの依頼に限らず、集積所に捨てられている物は持ち帰って良い事になっている。チルや孤児達は捨てられた布をつなぎ合わせた服を着ている。


 そうして少しづつではあるが稼ぎを増やす努力をして貯金を増やしていく。

 そんな日々の中で1年が過ぎた頃。

 午後の仕事を終えてアネモネ荘に戻って来た。通りの周りは賑わった空気である。冬を目前にしたこの季節は周囲の村々から収穫物が届き、街でも収穫祭が開かれる。週末にはこの時限りの屋台や普段は休みの店が開き特別な物を売る。ピチカートさんが居ない頃は忙しさもあって気にかけることも無かった話だ。今年は祭りの日には食堂を営業する予定だ。

 祭りに備え何処かソワソワした空気が街を包む直。

 帰宅し夕食の用意を母としているとその客はやって来た。


 食堂から聞こえるごめんくださいの声に厨房から母と共に顔を出す。そこには3人の人影。


「ごめんなさい、今日はもうおしまい何です。またのご利用を」


 言いかけた俺に鋭い視線が向けられる。


「食堂の従業員か。私は食事客ではない。ここの主人は何処かな?施療院は退院した聞いているが。」

「チカママさんのお客さんだ。呼んでくるね。」

「お願いねサニド、チカの客ならちゃんともてなさないとね。座って待っててちょうだい。」


 言葉を交わして奥の部屋で休んでいるであろうチカママとカティアを呼びに行こうとする俺の肩を誰かが掴み留める。

 振り返るとピチカートさんの知人らしき人とは別の二人の片方が手の先に居た。値踏みするような、それでいて真剣な視線が注がれている。


「悪かったね、行っておいで」


 言葉と共に開放される。駆け足で奥の部屋に行くと、幸せそうに並んでうたた寝をしている親子の姿。少し申し訳ない気持ちになりつつゆり起こす。ピチカートさんだけを起こしカティアは寝かせて置く。

 カティアもピチカートさんも中々体力が戻らない。昼の業務を終えた所で消耗仕切っている。二人共大怪我から復帰した身だし、内臓にも被害があり、それが取り除かれたのは最近と考えると無理は言えない。


「姐さん!本当に退院出来るほど治って。」

「アレックス、戻ったのね。世話をかけたわね。貴女にも感謝しないと。それで一緒に居るのは貴女の仲間かしら、だとしたらそちらにもお礼をしないと。」

「それには及びません。我々にも利があっての事。そして、思ったよりその利は大きくなりそうなので。」


 アレックスと呼ばれた人物、戻るとフードを外して居り、白い短髪の女性だと分かる。歳はピチカートさんに比べて大分若い。十代後半だろうか。

 そしてアレックスさんと共に来た人物。金髪に白い肌と整った目鼻立ち、そして特徴的な長く尖った耳。前世でエルフと呼ばれる種族の特徴が見て取れる。


「姐さん、こちらは治療薬作成の為に一度診察したいと来てくれたエルフのシリウス様とフラム様です。」


 紹介された二人に挨拶をする。


「聞いていたよりも、患者の容態が回復しているが、ギルドで話を聞いた限りそれも不思議な事ではないな。喜べアレックス。我等に出来ることはもう無いぞ。」

「どういう事ですシリウス様、エルフの知識なら姐さんを回復させられると聞いて居たから私は。」

「落ち着きなさいアレックス、何も兄は依頼を放棄するという訳では無いわ。ただ、我々の治せる範疇より患者が回復しているだけよ。」


 少し興奮気味なアレックスさんをエルフ達が宥めようする。エルフ二人は兄妹なのか。


「アレックス、貴女には感謝してるわ。ギルドが私達への後ろ暗さから出した治療依頼の為に何年も拘束してしまった様だし。」

「そんな、アタシは姐さんと兄さんが居なけりゃとっくに駄目になってたんだ。その恩を返したいだけで。それより、本当にギルドのから依頼完了の知らせと報酬の受取要請が届くし、アタシには何がなんだか。」


 俺達と合う前、チカママが現役冒険者の頃面倒をみた当時の若手か。義理堅い性格の様だ。


「私も上手くは説明出来ないのだけど、気力で何とかしたわ。」

「そんなぁ、でも良かった。後はカティアちゃんか。彼女の身体は姐さんはもうご存知で?」

「そっちも解決したわ。」

「そんな、あれも気力でどうなる様な怪我じゃ無かったっすよ。」


 頭を抱えるアレックスさん。


「ピチカートさんでしたか、我等に対してはその様な隠し事は無しにして頂きたい。」


 そんな言葉を挟み場の空気を変えたのシリウスと呼ばれたエルフ。


「その少年。君だろう霊樹の枝を蘇らせたのは。それなら我等に伝わる蘇生の魔術も得ているな。」


 アレックスさんが目を見開きこちらに向き直る。


「蘇生魔術?」

「そうだ、保存状態の良い死体なら蘇生し、瀕死の者を死の淵から呼び戻す、生命を司る我等氏族の秘術だ。エルフですら使える者が限られ長く使えるものが生まれなかったが、最近霊樹の跡地に芽吹きがあってな。この街の枝が芽吹いたと判明し近々向かう命令が下る予定だったのだ。」

「じゃあ、アタシの依頼を受けてくれたのは。」

「そのついでね。霊樹復活は私達氏族の悲願。待ち侘びた機会の到来だもの、多少気前が良くなるのは貴女達の種族と同じよ。」


 少し嫌な気配だ。


「そういう事だ。つまり我等はピチカート殿の客というよりそこの少年の客だな。」


 向けられる視線が一層強くなる。


「少年、これを」

「サニドよ。私の息子。」


 遮るようにルルイエが口を挟む。


「失礼、サニド殿母上であられるか。」


 話しながらシリウスが取り出したのは見覚えのある気配の枯れ枝。


「息子に何をさせるつもり?」

「決して害を成すことは致しません。」

「寧ろ場合よっては私達が一命を賭しても護る相手よ。その最終確認をしたいの。」


 何となくやらせたい事は理解した。


「グレイブコール。」


魔力を込めて口にする。結果、シリウスの手の中に満開に咲き誇る無数の花が現れる。

それを見てエルフの二人は素早く姿勢を変えて平伏す。その伏し方はエルフで達の最敬礼の物だと何かで読んだ記憶がある。

 アレックスさんとチカママが困惑仕切りだ。


「サニド殿、貴殿を我等の郷に招きたい。その術により我等氏族の祖たる霊樹を蘇生して欲しい。」

「我が種族は祖たる霊樹や湧水から生み出されし群れであり、それぞれの形質の違う個である。我等の死とは祖なる存在の滅び、我が氏族に於いては霊樹の存続亡き断絶。過去の魔王に焼かれて以来我等の霊樹は灰のまま大地を覆うばかり。古き氏族の物は活力を失い活動を止め、人で言う死を迎え郷は滅びに瀕しておりました。」

「私達より新しい者も産まれず、若い我等の先に衰えが来ることを感じておりました。」


 エルフと言うのは植物や自然物が変質し資源を生み出す性質を得て、そこから生み出された種族らしい。氏族ごとに遺伝子的には同一人物だが、非物質的要素により個別に別れている。そして本体の植物や自然物が無くなると、徐々に衰えやがては全滅する生態だと眼の前のエルフ達は語った。

 過去の魔族との大戦時千年近く前だが、その時に本体である霊樹を焼かれて眼の前のエルフの氏族は緩やかに滅びの道を歩んで来たそうだ。霊樹が健在な頃は使えた蘇生の魔術も、今は氏族の魔力が衰え誰も使えずにいた。使えた者も魔族に亡ぼされたそうだ。

 僅かな希望として、他の氏族や人の中に使い手が現れる事を期待し、燃え残った枝や、燃やされる以前に霊樹の枝から作った杖を解体し、外に流通させたのだ。

 そして初めて杖から蘇生の術を得た者が現れた。


「えっと、その」

「急な願いに戸惑われるもの理解できます。見た所でサニド殿は若い。まだ十年も生きて無いでしょう。」

「我等の感覚では未だ乳飲み子と変わらぬ幼さです。今より百年以内に来ていただけるのならば、私共も焦る事は無いでしょう。その時は是非ご家族共々移住も視野に来訪下さい。」


 案外気に長い話に安堵する。長命種族故の感性かな。


「えっと、じゃあ移住は兎も角、十年後、遅くても二十年以内には一度。」

「感謝いたします。」

「ありがとう。」


 俺の答えにエルフの兄妹満足したようだ。


「こうしてはおれん、フラムよ私は郷に知らせに戻る。お前はサニド殿の側に付き護りの任に付け。ご家族やご友人共々お守りせよ。」

「謂われる迄もないわ。魄譲の儀はどうする?まだサニド様には早いかと思うけど。」

「人の子の成長は早い。成せる時を逃さぬように。」

「まぁ、当然ね。」


 あれよあれよとフラムさんが俺や家族の護衛として残る事になった。連れてきたアレックスさんは話に置き去りだし、後から起きてきたカティアは事態が飲み込めず困惑の表情を浮かべていた。チルだけが新しいお客さんだと無邪気に喜んでいた。

 そして、アネモネ荘の住人が二人増えた。

 アレックスとフラムの二人。フラムは二人部屋を多めの料金を支払い取っている。アレックスは一番狭い奥の部屋。俺達親子の部屋を除けば二人部屋が一つ1人部屋3つか。

 あと台帳を見るとアレックスは愛称で本名はアレクサンドラ、よく見なかったが家名もあるもよう。名字ある知り合いは初めてかも。





 新たな住人が増えて変わった事と言えば、二人がアレックスはギルドの仕事で、フラムはエルフの薬師として社会的な地位とそれに応じた技能を持っていた。簡単に言うと街での収入と生活力があった。

 宿としてのアネモネ荘には良い客となる。しかも二人共ピチカートさんや俺に縁がある為、継続して部屋をとる。継続的な利益だ。

 後は俺が仕事の後に一人でしている自主訓練に指導者が付いた。剣の扱いはアレックスさんが、フラムは魔法と薬草学やこの世界の植生や動植物の生態に付いて豊富な知識があった。


「問題は女性率が高い事だ。女性5人に対しては男は一人だ。」


 母は別だが新たな二人にはピチカートさんと同じ感覚を覚える。

 気恥ずかしいのだ。今はまだ気恥ずかしいで済むが、今後自分の身体が育ち生物的機能が増えた頃には、今は平気だがカティアとチルも見え方が変わる事が想定される。


「あまり望ましくないな。」


 急募、同年代同性の友人。

 今までの短い人生で思い浮かぶのは奴隷商の店主と

 父は森で去っていく背中が最初で最後。


訂正

 急募、男性の知人。


 自分とその周囲にだけかまけていた為に人間関係に偏りが見られます。早急に改善の措置をとって下さい。

 次回に続け。

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