第50話 モップ9
「それで副長、あんな小さな子に何を言ったんですか。まだ街中の仕事を受けるだけの登録したての見習いですよ。」
副長と呼ばれる男。この街の冒険者ギルド、広い街故に幾つも窓口があり、それと取りまとめる支部、支局がある。
今いる支部は本部の役割を一部委任される支局でもある。交通の多い門に近い地域を担当する街本部に次ぐ規模の場所だ。支局長は本部に務めている為、男はここの支局としての業務で実質最上位の権限を持つ。
この支部内では支部長や各設備の管理者に列ぶ権限持っている。例え悪ガキに躾をする場面であっても、その振る舞いには人の目がついて回る立場だ。
「いや、叱ったり何か厳しい事をいったわけじゃないぞ。本当だ。」
「じゃあ何で彼はあんなに泣いていたんですか。演技とかで無く本気で彼は怯えてましたよ。」
「それに関しては、私が配慮不足だったのは否めないな。」
言いながら泣かせてしまった少年の情報について、書類に再度目を通す。先の元奴隷の捜索依頼の資料だ。
先日、本人からも聞いた話の第三者目線による内容が書かれている。
両親に捨てられた所を拾われる町の奴隷商に売られ、その後実の両親と町で世話をしていた人物との死別。
その後、少し気が触れた様な状況になり価値が低下。引き取った時の金額をその優秀なギフトで稼いた所で奴隷商が手放し、その後は行方不明。
見つかった時には今の保護者女性に拾われていた。
保護者の女性も素性は曖昧たが、訳アリの様子だ。ただ犯罪行為や娼婦として働く素振りは見せない。今の所は滞在している宿の手伝いや息子の仕事に同行し共に働く様子が確認されている。
あのサニドという子供。親と離れると言う話をした瞬間に明らかに豹変した。しかしそれも止む得ない身の上だ。平静を装って居ても、その内面は母に抱かれていないと泣き出す赤子のソレだ。
「それで、結局あの子の魔法の適性はどうだったんですか?」
「見ての通りだ。」
本来の姿を取り戻した杖を職員に見せる。
「何です?こんな判定用の魔道具有りました?」
「地属性だ。」
「あの枯れ枝見たいな奴がこんなになったんですか。」
「そうだ。私も驚いた。資料にある通り相応しい者が手にすれば蘇生魔術を与えるという記述も事実だと確認した。その結果、折れていた神木の杖はこの通りだ。」
「それって、大変な事なのでは?」
「大変な事だ。これは失われた神木を蘇らせる者を探すために、森の保守的なエルフ達が外の者に託した数少ない品だからな。」
「エルフの中でも外との交流を持たない勢力ですよね。この事は彼等は認識しているので?」
「この杖が本来の姿になった事は既に把握しているだろう。そういう品だ。」
先の事を考えると頭が痛い。前情報の無い交渉相手が息巻いてこの地を訪れるだろう。そらも高い内に。
「それってエルフからしたら国賓扱いですよね。そんな子を泣かせたんですか?」
「それは配慮不足だったと認めたろう。」
「あと、私の聞き間違いじゃなければ、あの子蘇生魔術が使える様になったという事ですか?」
「そうだ、他所に漏らすなよ?守秘義務の範疇だし拡まると厄介事の種になる。」
「でもあのユニークスキルの掃除道具に蘇生魔術が使える位の魔法適性。まるで教会が言う聖剣の勇者見たいですね。剣じゃなくてモップですけど。」
「教会の連中には知られたくないな。森のエルフと教会の狸を同時に相手なんてしたくないぞ。」
「これからどうするつもりですか?」
「子供とその保護者の素行には今の所問題は無い。それも含めて本部送りだ。こんな案件、私の権限で扱えるわけなかろう。」
二人はこれからの報告書作成などの作業を頭に浮かべため息を漏らすのだった。
ゲーム中でのMPに相当する魔力の消耗を回復した。多分これを使い切ると強制的に失神するであろう事は体感としてわかった。メニューで数値化していても、実際に使う場合はその数値の扱いはまだ未熟だな。
この辺りの知識は奴隷商からは習っていない。学校で習ったり手引書を読んだわけでもないので、知識の偏りがありそうだ。
そんな事を考えながらチルと共にギルドに向かう。母はアネモネ荘の食堂だけでも営業再開出来ないかと、商人ギルドへ通っている。大分宿内も片付いて来たので使わないのは勿体無いという事だ。料理に関しても僕が作ったパスタは他の屋台等の料理と比べても負けて居ないと判断した様だ。
「チル、腕と口の調子はどう?」
「わからないにゃ。」
一回で目に見えた変化は無いのはわかっているが聞いてしまう。相変わらず左右の腕の動きが違う。チルもだが、カティアの方は本当に重症だ。何があったのか怖くて聞けない。
ギルドに到着してチルと別れる。仕事を受ける前にギルドの案内が書かれた掲示物を読む。資料室的な物は無いだろうか。
あるけど使えない日もあるな。今日は幸いにも閲覧出来るようだ。
昼前に終わりそうな仕事を選んで申請する。賃金は安くなるが仕方ない。
仕事は付近の雑貨屋の裏口周りの清掃。過去に見た仕事に比べて規模が明らかに小さい。現場に向かうと、成る程、裏口の扉付近に塗料を零した形跡が見られる。零したというよりぶち撒けただな。
「多分問題ないな。範囲も狭いから直ぐに終わる。」
依頼主に挨拶し依頼内容を確認。
「君は以前、倉庫掃除の時にいたこだね。ユニークスキルを持ってると噂だけど。」
「これの事ですね。」
モップを出すと驚かれた。そのまま見守られながら作業開始だ。と言っても布巾で力場を狭めた状態なら瞬く間に塗料の汚れは消えて、磨いたところだけ新築の様な状態になる。
ものの数分でた。
「依頼にあった汚れは落ちました。完了確認お願いします。」
「え、ああ、見てたよ。完了だね。でも、綺麗過ぎて従来の汚れが目立つね。」
「そちらとの斑を無くすなら別途依頼をお願いします。」
「いいねえ君。気に入ったよ。」
問題なく仕事を済ませ、報酬を得てギルドの資料室使用の申請をする。
案内されて入ると所狭しと本棚が並び資料が詰め込まれて居た。司書兼室長さんに挨拶をする。
「噂の掃除屋少年だね。傷んだ壁が修復されたと聞いてるよ、ようこそ当ギルド支部の資料室へ。あそこに詰んでる資料は好きに磨いて構わないよ。」
冗談めかした言葉と共に指さされた先には痛みとても読める状態に無い羊皮紙の束だ。
「それじゃあ、早速。」
冗談に乗る形で糸房で撫でるとあら不思議。傷んだ生地が補修され何故かかすれていた文字まで鮮明に浮かび上がる。多分書き込まれた文字は生地の染め物等の模様と同じ扱いの様だ。
「調子の良い子だね、綺麗になったかな?」
復元された羊皮紙と文書を見て表情が凍る室長。これは不味いな。
「じゃあ、僕、調べたい事があるので。」
目と話を逸らし本棚に向き合う。後ろから聞こえる声には耳を貸さない。後日依頼を出しておいてくれ。
それで、資料は主に街の周りの魔物や植生、利用可能な植物と見分け方、動物の解体手引書。武術の指南書もあるな。すっかり飾りと化した剣。幼い体では腰に下げられず背負っている。能力は未知数たが魔物故に普通の武器と違い手入れいらずで自己修復機能もある。安全な街中で使う機会は少ない。今の所無い。少しは素振りとかして置くかな。場所を記憶する。
そして目当ての魔法の基礎教本。
知りたいのはこの世界での残り魔力の測り方と減少時の対応。この資料自体も古い学者の物を引用してまとめられている。
基本知識として魔法は使い手の意図を具現化する。魔力は一種の精神力であり生命力でもある。制御しきれないと命を削る。
感覚としては眠気、気怠さが出てきたら止め時。使える魔力は僅かである兆候。魔力が無くなると意識が混濁し使用中の魔法や魔術が制御不能になる。それで魔法が止まればそこで済むが、そのまま発動が継続し魔力が減少すると生命力。これは体力的な物でなく魔力になる前のもっと根源的な性質の物で、命の源に近しいものだという。
これを書いた学者は創造の資源の存在を認識している。この世界の従来の生命はその資源で構成され生産される余剰を魔法として使っている。放出され空間にあるものを取り込み利用することもある。しかし、通常は自己の中に溜まった資源を魔力として使い魔法を行使する。使いすぎると根源である資源の消費にいたり、それは同じ資源で構成された命を消耗して魔法やスキルを発動する事になる。
俺と違って生産資源の少ない魂をもつ人達にとって体内の僅かな資源とは一部のゲームでライフポイントと表現された物に近しい様だ。あまり触れなかったゲームだがライフポイントが無くなると死亡扱いで戦闘不能から復帰出来なくなるシステムだったな。魔力が足りないとライフポイントを消費で魔法を発動出来るシステムだったのも覚えている。
まあ、俺の場合そのライフポイントがマジックポイントより多くて常に自然回復してる状態なわけだ。ただ魔力を使いすぎると意識障害が出て暴走させかねないのは同じなので注意しよう。
ポイントで少しステータスいじるかなぁ。今の所、不便が無いから触れてないけど。チートで楽はさせてもらってるけどね。
知りたかった事は知れた。時間もあるので先程の剣術指南書にも目を通す。
基礎の理論や鍛錬方法が書かれている。前世の剣術等と異なるのはスキルの存在だ。それを体得を目指し、スキル使用前提の技がある。それこそ槍の届かぬ間合いから斬撃を放って相手を斬るような技だ。馬上の相手や極めると櫓の上から弓を射てくる相手も遠くから斬れる様になるそうだ。武器のあり方が違うな。スキルをより攻撃的に応用するための補助矯正具って感じだな。てか、これは銃とか発展しないよ。機械式の武器はスキルを織り込む余地が少ない。人の動作が少ないからね。この辺りは前世の感覚で居ると危ないかもしれない。
少しこちらの武術等も学ぶべきだと意識を改める切っ掛けになった。
なので一先ず基礎鍛錬と初歩の型を暗記する事にした。チートな頭脳は暗記する時には凄く実感できる。頭が良くなったとは思えないが暗記力と思い出す能力は明らかに向上している。
よし、覚えた。帰ったら早速練習を始めよう。
帰宅後覚えた型の素振りをしてみる。実際に振ると色々と感じる物がある。後は剣の魔物がこう扱えとリードしてくれる。ただ、十数回振っただけで汗が滲む。慣れない動きと剣の重量に幼い身体は音を上げる。
「汗が、布巾で拭けば問題無いか。」
井戸水で汗を洗った後にモップ用の布巾で身体を拭う。何だか色々と汚い所を拭いた布巾を身体に使うのは気分が。衛生的には問題無いはずだけど。かと言って公衆浴場に通う程の収入は無い。井戸水で洗えるだけ良しとするが、ポイントの消費も検討だな。
チルが戻る前に練習は切り上げて夕食の用意。母が既にパスタは直ぐに茹でられる状態にしていたのでおかずとなる物を作る。ひき肉とクズ野菜の炒め物だ。野菜はかなり細く刻みひき肉の粒と変わらない大きさだ。肉汁と絡んで野菜の苦みを誤魔化してくれる。
はぁ、余計な波風立たせずこのままボチボチ稼いてカティアの母とも合流して、街で仲良く過ごして生涯を終えましたで物語締めてえなぁ。作者の力量が足りなくて回りくどい物語にばかりになる。もっと気楽にパーっとハーレム物かけって。
そんな愚痴が出るくらい穏やかな日々を過ごしていると思う。街に来てからの生活が安定してきている。
そこからは時間はあっという間に過ぎていく。
前世と変わらぬ一週7日で1年の日数も同じ。便宜上曜日も日本語で認識しているが由来は異なる物がある様だ。
日曜が休みは変わらず。土曜は半休のお店が多い。月水金は丸一日仕事をする。午前で仕事が済んだら午後に別の依頼を受ける。
火曜木曜土曜は午前は仕事をして午後は資料室での調べ物や自己鍛錬の時間にする。
鍛錬自体は夕食後わ早朝にも行う様にする。
日曜は休む。
同じ日々を繰り返す中でも出来ることは増えていくし、知識を付けてわかることも増える。
街に来ての1年が過ぎる少し前、アネモネ荘が食堂としての営業を開始した。平日の昼食時にのみ営業する形式だ。
それまでに解った事を話ていこう。
先ずは魔物の使役スキルに関して。スキルで意思を支配するというよりもスキルに使われる資源ポイントが魔物側に譲渡される繋がりを作るスキルだった。魔物は資源を全て自身の強化と維持に消費し余剰が発生しない。そこで他の存在を食うなりして取り込み、取り込んだ相手の保有する資源をというより資源の生産力を奪い更に強くなる。
そして強く、より上位よ存在になろうというのは魔物の本能だ。本よりその為に神に割譲すべき資源を留める存在となった者達だ。
そして、使役スキルはスキル使用者から資源を継続的に譲渡される代わりに行動に制限をかける契約だ。
このスキルを通した資源の獲得と自身の生産性への変換効率は無理矢理奪う方法よりも遥かに良い。何よりこのスキルに使われる資源はこちらの世界でのライフポイントに相当する物だ。
意に反する命令も数回、片手で数えられる程度我慢すればスキル使用者は息絶える。そして自分はそれまでの間に日に数千の敵を倒し喰らえよりも多くの資源を毎日安定的に供給されるのだ。
自身を使役出来るだけのスキルレベルの相手が居たなら一先ず使役されておく。それが魔物として自然でありふれた行動らしい。知性が高く人と言葉を交わせる魔物等は相手を選ぶ事もある。また充分に資源を得て使役スキルから得られる資源に満足できない物は拒否することもある。
ルルイエは自分を長く縛り付ける場所の制約から逃れるためにスキルを受け入れた。その後はこちらの意図を汲み母として振る舞ってくれている。その行動は彼女の性格に寄るものだ。感謝しか無い。
そしてもう一体、剣の魔物だ。使役して居るのにメニューで仲間枠に表示されない存在だが、こちらの疑問は解消した。
単純にこの魔物ゲームで言う戦闘不能状態だったのだ。それ故に処理が止まっていた状態が最も近い表現だ。カティア達の治療の際に治癒魔法の対象に出来ない事に気が付き、その理由を確かめようと何の魔法なら対象に出来るか検証した際にグレイブコールが対象になった。
それからは仲間欄に表示されている。名前は無かったのでヘブンと名付けた。蘇生したばかりだったので、連想した名前だ。ヘブンの本来の姿は5つの武器が集まった姿で、それぞれの武器が自律して活動出来る5体で一体を成す魔物だった。最初の剣の姿は擬態であると共に省エネな休眠形態でもある様だ。5つの武器の姿を取るということで、今は通常の剣の他に包丁の姿とモップと同じ位の長さの槍の姿になって貰っている。武器としては使う機会に恵まれない事を祈るが、使い易い姿で居てもらう。あとの2つは俺に使役される前に取っていたらしい短剣が二本だ。ヘブン自体が象る武器に関しては多少心得がある様で扱う俺に動きを教えてくれる。
お陰で気がつけば剣術や槍術のスキルを得たいた。まだ練度は低いが、あると無いとでは格段に違うな。
そして資源ポイントの使い方だが、俺が意図的にルルイエやヘブンにメニュー欄のから使用する事で、彼女達を強化する事も出来ることが判明した。
ただ、上げられる能力は元の数値が高い程資源を使う。素の能力が高い母の能力は魔力以外を上げるには天文学的な数値の資源を要する。流石の俺でも躊躇するというか、資源ポイントが貯まるのに数カ月必要な量だ。魔力は1日で賄える分迄は上げておいた。
この事は本当に喜ばれた。心を守ってくれている彼女にお返しが出来たと思い、俺の嬉しかった。
今はヘブンを包丁として資源を使って育成中だ。まだまだ成長の余地があるヘブンのこれからに期待している。
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