第49話 モップ8
ポイントを使用し光属性の魔法とその取得までに必要な中級、初級の属性の取得及び習熟を一気に行った。その日の夢は覚えていないが、不気味で気持ちの悪いものだったと記憶している。サイケデリックというか極彩色というか、そんな感じだな。覚えていないというより、上手く認識出来ない夢だった。
ただ、そのお陰で目が覚めた頃には体が新しい能力を理解していた。ポイントを消費して自分の身体をここまで急に変化させるのは初めてたが、思ったより簡単で負担は無かった。ついでに魔法による魔力の消費等を抑える補助系のスキルの取得している。元々基礎属性が使えることは隠していないし、奴隷商の下にいた時に使い方も習っている。その上で複合属性を覚えたという体裁を取っていく。
複合属性というのも口で説明するとわかる気がするが、実際に体得すると中々に面妖なものである。
魔法とは単純に資源を魔力という扱いで作用させる物だ。その使い方を適性や感覚に依らず定量化する術を魔術と呼び体系化されている。
一定量、一定温度の水を出す為の手段を術としている。
そうした術を組み合わせて煮え立った水を出すなど合成術がある。
そうした合成術とは現象は同じでも、属性としてその現象を起こすのが複合属性だ。そうなると術体系も変わってくる。論理的に理解しかつ適性があり魔力を感知、操作できて初めて複合属性に至る。
基礎属性とその合成術は発生の起点が魔力というだけで引き起こす現象自体は科学的に説明出来る範疇だ。水と火と風の合成術で高温の蒸気による旋風を起こすような物だ。
それが複合属性では通じない。
その中でも特に説明がし難い属性。それが水と土の複合属性。前世では地属性とされていた。
何の変哲も無い石の壁から大量の茨を生やしたりする様な属性だ。
この属性は前世のゲーム中では攻撃性能は高くないが補助系の術が多数あり、中級以下では唯一の蘇生術もあった。蘇生だ。復活や反魂ではない。心肺停止していても細胞がまだ多く生きている状態なら活性化させて蘇生出来る。そんな感覚の術だ。勿論、後遺症が残る可能性は消せない。今回はその蘇生術は取得していない。必要最低限。光の治癒魔法を得ために必要な分しか取得しない。
詳しくは後に機会がある時に説明するが、治癒魔法は利権だ。仲間内でつかいだけならまだしも公然と使い、それで利益を得るのは個人では困難だ。
伴って降りかかる問題を穏便に解決できない以上、それは持つには過ぎた能力だ。
複合属性による継続的な治療。そういう体裁を取る。
「母さん、何だか新しい魔法が使える様になった感覚がある。試して良い?多分身体強化とかの奴。」
「良いわよ。でも魔術じゃないくて?魔法なの?」
「魔術は習わないと使えないよ。でも新しい事が出来そうで。」
「新しい属性?基礎属性は全部使えるのよね。複合属性?後でギルドで見てもらいなさい。」
「わかった。」
白々しい演技でそんな話を朝食の席でする。新しい属性をえた感覚に関する言葉は本当だ。
使うのは地属性の補助魔法。ゲームではターン終わりにヒットポイントの自動回復を付与魔法だ。
基礎属性の回復効果が継続的にかかる魔法だ。現実だとどのような効果になるかは知らないが、地属性の回復魔法という事実が必要だ。
健康な母に使っても何も起きない。魔力というか資源が染み込んでいく感覚がして終わりだ。
「効果はわからないわね。魔力が流れてきたのはわかったけど。」
「ギルドで確認してみる。」
そんなやり取りの後に何時もの通りにチルとギルドへ。
仕事を選ぶ前に受付に列ぶ。メニューを確認し自分の能力欄から光魔法に関して、頭の中でボタンを押す。メニュー欄の光魔法表示が暗い表示になる。これでスキルというか能力は無効化されている筈。複合属性も地属性以外も全て無効化して順番を待つ。
受付さんに能力判定を申請する。
個室に通され待機。やってきたのは先日もあったお偉いさんらしき人。
「魔法の判定申請と聞いた。君の属性への適性と保有魔力は何かしらのギフトだと見られている。その事は奴隷になる時に確認もされているね。」
「はい。」
「下級属性の適性は全て確認済み。つまり複合属性の可能性が非常に高い。そうなるとウチで確認出来るのは限られる。取り敢えずこれだ。」
天候を操る風と水の複合、風雪
生命を司るもとされる土と水の複合、地
ここで判定出来るのはこの2つだけだった。光属性を取る過程で風雪はあるが無効化している。
判定道具も反応しない。ガラス管の様な魔法道具で、属性の魔力を得ると中に雪が現れるそうだ。
そして地属性。枯れた木の枝に見えるが触れると魔法道具だと判る。魔力を流すと乾いた枝に艶が戻り新芽が生えてきた。
「これか。」
お偉いさんが苦い顔をする。前述の通り治癒魔法は扱いが面倒だ。地属性も光程では無いが扱いは繊細だ。
「もう良い、わかった。」
「はい。」
お偉いさんの言葉に従い触れてきた枝から手を離す。
「あれ?」
手を離したにも関わらず魔力の繋がりが解けない。指先から魔力が吸い取られていく。
それを受けた枝はどんどん活力を取り戻し、新芽は見る見る育ち蕾を付けてやがて花開く。
花が咲くと共に繋がった魔力の通り道が固定される。これは魔術だ。何かしらの魔術がこの枝を通して勝手に習得させられた。
「グレイブコール。」
言葉が口から漏れた瞬間。固定化された道を魔力が流れ枝だと思っていた物が、本来の姿を取り戻す。それは木製の杖の姿をしていた。片方の先に若い葉が生い茂る生きた木の杖。覚えたての魔術を発動させられた。地属性の蘇生魔術。効果を安定させる為に体系化された、中級の中でも高度な魔術が無理矢理押し込まれ形になった。そしてそれは枯れ木の様だった杖を蘇生させた。俺の意図とは反して。
「地属性か、それもかなり適性があるようだね。」
「この杖は一体。」
「杖だった物だよ。亜人が信仰していた大樹から作られたものだ。切り分けた枝ですら枯れずに生き続ける様なものだった。過去の戦争で折れてしまってその効果は失われた。そう思われていた。地属性の判定に使えると昔からギルドにあったものだが。蘇生魔術が付与されているという話は事実だった様だな。」
感心するように話すお偉いさん。面倒の予感しかしない。
「君はユニークスキルを持っていたね。この魔法適性はといい、素晴らしい才能だ。それを活かそうとは思わないか。」
「よくわかりません。」
「君が望むなら教会でも宮廷魔術師でも推薦しよう。才能あるものは出来るだけ早くそれを伸ばす環境に入るべきだ。」
言いたい言葉理解できるが拒否反応しか無い。
「修行の為に少し家族と離れる事もあるが一時的なもの」
「嫌です!」
家族と離れると言う言葉に反射的に叫んでいた。訓練のために一時的なものだと言うのは理解できるのに。身体は受け付けない。言葉の後に情緒が乱れる。動かなくなった両親と赤毛の女の横たわる姿が頭に浮かんで消えない。誰かが声を上げて泣いている。声は自分の喉から発せられている。
体が言うことを効かず思考も寂しさと悲しさで埋め尽くされる。これは駄目だ。前世の大人の自我でも保てない。
「副長!何の騒ぎですか。」
「違う、私は何も。」
「こんな小さな子を泣かせて何を言ったんですか大人気ない。部下に接するのでないのだからわきまえて下さい。」
子供の泣き声に何事かと入って来た女性職員が副長と呼ばれたお偉いさんを叱り付けながら僕を宥める。
大丈夫ですと言って泣き止みたいが涙は止まらないし声を出すと嗚咽しか出ない。一部の言葉や感情に対して無自覚に敏感になっている。
何とか涙は止まったが鼻の奥と目が痛い。単純に涙が枯れただけだ。水分を取って暫くしたらまた泣き出す感じがする。
「大丈夫?一人で帰れる?」
尋ねる女性職員に頷いて、そのまま覚束ない足取りでギルドを後にする。朦朧としながら何とかアネモネ荘に辿り着き中に入ると食堂の席で母とカティアが何か話している。僕に気が付き二人の顔に驚きが浮かぶが何も気にせず母に抱き着く。
「あら、どうしたの。何か怖い事でもあったのかしら。もう大丈夫よ母さんがいるからね。」
母の言葉に安堵して意識は途切れた。気が付いたときには翌日の夜明け前だ。漸く冷静になり恥ずかしさに身を震わせる。そんな自分の頭を起きてきた母が撫でる。
「サニド、貴方と繋がる私には感じ取れるわ。何か私と離れる様な想像をさせる事を言われたのね。」
「うん。そうしたら身体が言うことをきかなくて。」
「貴方は自分で思っているより、傷付き脆くなっているわ。私もカティアちゃん達の事で少し急かしてしまったわね。大丈夫よ、あの子達にはまだ時間はあるわ。」
「本当?」
「本当よ、人間の身体は意外と丈夫でしぶといもの。でもね、心は脆くて一度傷が付くと魔法でも治せないの。今はサニド、貴方の心を治すときよ。私にはあの子達より貴方が大切ですもの。」
優しい言葉をかけてくれる母に抱かれもう一度浅い眠りに落ちる。そして、何時もの目覚めの時間に起きる時には完全に平静を取り戻していた。
それでもその日は仕事を休む事にした。幸いな事に食べ物は少し高い残っているので1日位は平気だ。
「サニドが休むならチルも休むにゃ。」
調子の良い事をいうチルだが、昨日は俺が夕食にも現れなかった事で心配をかけたらしい。
「それならチル、魔法を試させておくれよ。昨日ギルドで調べたら地属性の治癒魔法らしいんだ。」
「それは、凄いにょ?」
首を傾げるチルと無言て鋭い視線を向けてくるカティア。
「凄いらしいよ。」
「サニドはすごいにゃ。やってもらうにゃ。」
「昨日母さんに使ったのと同じ奴だよ。」
言いながら魔術を発動する。昨日グレイブコールと一緒に体に刻まれた癒やしの魔術。
魔力がチルの中に入り本来あるべき姿を探っていく。魔力の感触とでも言うのか、チルの中の魔力のあり方で異常のある箇所が判る。動きの悪かった右肩。骨が恐らく一度砕けて、良くない形に癒着している。筋繊維も切れている。そして異常はまだあった。
「チル、口けて。」
「んにゃ」
僕に従い開かれた口から。上顎の奥が2つに別れている。舌の付け根も形が変だし半分ほど付け根から離れている。まるで刃物でも突き込まれた様だった。
「んにゃ、見られると恥ずかしいみゃ。」
言葉と共に動く舌の動きが明らかに左右で偏り、上顎も不安定で、それ故に言葉の最後や一部の発音が乱れる。ネコ耳キャラだから変な語尾なので無く、怪我の後遺症でその様な饒舌り方になっているだけだ。前世の先入観がチルの異常を見えなくしていたのだ。黒髪で耳の縁だけ白い毛がある猫の獣人のチル。その異常はこの世界の住人なら少しの会話で見抜けるものだったのだ。わかってしまえば何とも物理的に痛々しい喋り方だ。
覚えたての治癒魔法ではこの怪我は完治させられない。このまま成長すれば整ったチルの様子も左右の顔のパーツがズレて行くだろうし他にも悪影響が出兼ねない。
地属性の魔術で改善出来る所は少し治す。最後にほんの僅かに光の回復魔法をかける。
魔力越しに感じる異常を箇所が少し補填され矯正された。
「どうだい肩を動かしてみて。」
「わからなにゃいけど、すごく優しい感じがしたにゃ。でもまだ痛いにゃ。」
「一回じゃ治せないよ。でも時間をかければ治せそうな感じがしたよ。」
「チルもそんな感じがしたにゃ。次はカティアにゃ」
「私は要らないわ。」
「チルだけ治るのはふこーへーにゃ。カティアもやってもらうにゃ。」
チルが積極的に薦める。それによりカティアも治療をしぶしぶ受ける。
先程の地属性の治癒魔術でわかったのは、異常のある患部を認識する効果がある事。光の回復魔法を使う前にこれを使うのは理に適っていた。
治癒魔術がカティアの身体に伝わって行く。
内臓は前世の記憶にある朧気な知識と大きくは変わらない。そして、彼女の内蔵はその多くが異常を抱えている。前世の魔力の無い人間なら生きては居られないであろう。僕と比べると僅かにしか利用できない資源。それを使って辛うじて機能を維持し自然治癒で不完全な回復をしている。
骨も肋を中心に上半身の物はどれも変形している。恐らく外傷によるもの。それを受けた際に内蔵も破裂や損傷を受けたと推察される。
特に腰の上のあばら骨の下部にある内蔵。名前は知らないがこれは恐らく破裂するなりの重篤な外傷を受けて、かつ折れたあばら骨が刺さっている。
俺には服の下のカティアの体がどうなっているかは知らない。しかし、母が目で見て命の危険があると判断したのは相応の異変が見て取れたのだろう。それ程の有り様だ。
「カティア」
「何?」
「チルも、今からする事は内緒ね。」
出し惜しみ出来る容態ではない。光の回復魔法を明確に発動する。無数の光の粒子が手から溢れ出し、カティアの右脇腹に集まる。魔力の消費が激しい。元々保有量は多いハズで、消費軽減スキルもあるのに尚多い。
魔力が減ると目眩に似た感覚と、昨日の様な情緒の乱れが感じられた。そこでポイントが消費され少し落ち着きを取り戻す。
この辺が今の限度だろう。
「何をしたの、今の魔法は」
「内緒。」
質問をはぐらかされた事に不満の表情を浮かべながらカティアは脇腹をさする。そこにあった違和感や痛みは大分和らいでいる筈だ。
「ああ、疲れた。今日はもう本当に何もしないで過ごすよ。」
「慣れない魔法を試した後だものね、ゆっくり休みなさい。」
母の言葉を背に受けながら部屋に戻り寝台に寝そべる。
光属性の中でも初歩的な魔法の筈だが消耗が激しい。こちらの世界の人間ではこの属性を扱える人は相当限られて来るだろう。
そもそも上級属性とされる物だ。初級ですから極められるのが一部の者だけなのだ。中級の更に上となると扱える存在は相応の魔力を持つだろう。
考えて、納得した所で、身体を覆う気怠さと眠気に身を委ねた。
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