第48話 モップ7
拠点を決めてからの数日。生活にはそれまでと比べて大きな変化は無かった。
基本的には親子で街中の仕事を受けて、宿に戻る。一度ルルイエがカティアの母がいる施療所、孤児院に挨拶に行ったくらいか。それにより宿の名前かアネモネ荘とわかったくらいか。
仕事に関しても、以前の町と同様に公衆浴場からの依頼が来た。それを皮切りにアネモネ荘近隣の水場を清掃の為に周る事になる。ルルイエ母さんは宿に残りカティアが行っている部屋の掃除や洗濯、そして食事の下準備や買い出しをしている。
仕事を終えて俺が戻ったら一緒に夕食と翌日の食事の用意をして洗い物を済ませる。
洗い物が済んだら俺の能力で食堂部分の清掃だ。モップの能力は力場の範囲内の物を洗浄、補修し新品の様にする。この補修能力を重点的に使用する。壁の亀裂や、恐らく非合法組織の下っ端等が暴れて空けたであろう壁の穴や足の折れた椅子。
破損の程度が激しい程、力場を収束させる必要があり、消耗もする。ただ、少しずつだが、荒れた宿内も整えられて来ている。
眠る前に少し親子の時間だ。他愛無い会話に心の癒やしを得る。
「眠る前にサニド、母で無く私の主としての貴方に聞きたい事があるのだけれど、貴方の使える魔法に回復魔法はあるかしら。出来れば水出なくて、光の魔法だと良いのだけれど。」
「いや、主な4系統の基礎魔法だけだ。」
「そう、貴方の支配下に居ると感じられる事だけど取得は出来るのよね。」
「薦める理由が知りたい。回復魔法は需要が高過ぎるし、公の組織から紐をつけられる事もある。特に光の属性は。」
「隠して置くことは出来ないの?その剣の魔物みたいに。」
外出時は常に身につけているが出番のあった事がない剣の魔物。ルルイエ以外から見れば背伸びした子供が鈍らを背負っているようにしか見えないだろう。
「カティアの母親、ピチカートさんはそんなに悪いのか?」
「違うわ。彼女は大丈夫よ片足でも何とか出来る人よ。治して上げたいのはカティアちゃんとチルちゃんよ。」
「あの二人を?」
二人が怪我をしている様にはを見えなかった。
「もう少し、母さん以外の身近な人も気にかけて欲しいなぁ。少し残念。」
「ちゃんと見るもん。カティアとチルが元気かどうかちゃんと見るもん。」
「お願いね、その上で判断は任せるわ。」
そんな話を聞かされた翌日、仕事を受けにチルとギルドに向かう。
謂われた通りに横目にチルをみる。怪我をしているというが、服の上から見える範囲に外傷はない。
僕の目線に気が付いたのかこちらにチルが目を向け支線が重なる。猫科の目だなあ。
「どうしたかにゃ?」
「いや、朝ご飯美味しかったかなと。」
「ルルままとサニドのご飯はいつもとっても美味しいみゃ。」
ルルままか、チルのルルイエの呼び方が頭に残る。
「カティアとチルじゃ同じ小麦を貰ってもあんなに上手くは出来なかったにゃ。」
「じゃあどうしてたの?」
「チルの仕事のお昼を持って帰って一緒に食べてたにゃ。後はチルの働いたお金で食べ物を買って帰るのにゃ。」
「そういえば、最初にあった時もそんなカンジだったね。」
「あの時は驚いたにゃ。それに温かい物を食べたのも久しぶりだったにゃ。カティアに頼んで宿代は安いままにしておくから、ずっとウチを使うと良いにゃ。」
「母さんはそのつもりだし、大丈夫だよ。」
僕の返事に満足度したのか、早足で前を行始める。大きく手を振るその姿をみて、ようやく彼女の身体の異常に気が付く。
右腕が肩より上に上がらない様だ。右利きのチルの左腕は大きく振ると肩より高く上げれているのに右が明らかに上がって居ない。それに左右の動きも悪い様だ、そんな腕を無意識にか僅かに庇うような動きも見えて来た。
普段の小さな動作からこれらを見抜いた母の頼もしさを感じる。
そうなるとカティアも何かあるのだろう。ふと最初に出会った時の姿が思い浮かぶ。ぎこち無い手付きで洗い物をしていた後ろ姿。アレはぎこち無いのではなく、上手く体を動かせないが故か。
そこから食事の手付き等が気になりだす。気が付いてしまえば、カティアもチルめ解り易く不調を抱えて居る。これは母にがっかりもされるわけだ。
ギルドに着いてチル早々に何時もの依頼を受付に持っていく。
僕は街中の清掃関係の仕事を探す。浴場清掃の依頼増えたな。ただ、場所が浴室より排水設備に移っている。俺以外が受けたら苦労するぞ。
そんな事を考えながら今日の依頼を選んでいると誰かに肩を叩かれる。振り返ると高そうな服を来た初老の男性。人目でお偉いと判る出で立ち。
「サニド君だね?ちょっと良いかな。」
手を引かれ個室に連れ込まれる。そこには厳しい顔の男と、その護衛と思われる男が二人。物々しい雰囲気である。
「君と君の母親について確認したくてね。彼はこの街の奴隷の取り扱いを纏める者だ。」
部屋で待っていた男がこちらに目を向ける。何だろうな視線に触れられる感触があるように錯覚する。スキルが何かだろうか。
「どうです?」
「名前はサニドで間違いない。私のスキルなら仮名を名乗っても真名を隠せやしない。」
「そんなまさか、しかし同じ魔法適正にユニークスキルを持つ子供が他に居るとは思えません。」
「だが、私の目は彼の名をヘンゼルで無くサニドと示している。まさか古い名前が仮名とは言うまい。」
あ、それ仮名です。
「あ、それ仮名てしゅ。」
心の声が口に出て、噛んだ。
何とも言えない沈黙が部屋に広がる。
「取り敢えず座ってくれ。君の話を詳しく聞きたいし。私の質問にも答えて欲しい。」
そうして僕に対する取り調べというか身元の確認的な事が行われた。
先ずは現状の自分の立場だが、ヘンゼルの名前で捜索依頼が出ている。依頼主は僕を扱っていた奴隷商とその町の医局の連名だ。
「競売の目玉になると、あの町から情報が発信されていたから私も覚えてるよ。にわかに信じがたい程に優秀な孤児を拾ったという話だ。」
僕を開放した奴隷商の店主は僕が町中で仕事を得るだろうと考えていたらしい。しかし、働く素振りや働いた痕跡も無く町から居なくなった。
そして俺が奴隷から開放されたと知った町の医局が是非雇おうと動いていたらしい。しかし、探せども近隣の町や村でそれらしい子供が見つからない。せめて消息を知りたいと依頼が出たそうだ。
そしてこの街の現れたの子供。容姿や能力が特徴と一致する。しかし、名前も違うし何よりの母親を名乗る人物がそばにいる。
色々と大人は考えすぎて居るようだ。
簡単に自分の話をしていく。相手の知らなそうな所だけ掻い摘んで。
ヘンゼルは親に付けられた名前を覚えていないから名乗った仮名。
ルルイエは町を出てから出会った事。彼女は居なくなった婚約者を探してこの街に向かっていた事。ヘンゼルと名乗る僕の名前が婚約者と同じだった事が切っ掛けで知り合った。
自分を不憫に思い、そばにいてくれている事。
「名前も母さんがくれたんです。それからは本当に母の様に感じて、本当の母の事はよく覚えて無いけど、今はあの人が僕の母なんです。」
話を終える。護衛の一人が涙目で鼻を啜っている。
奴隷商の纏めて役の人も最初の厳しい顔から無表情になっている。
「お前、これアネモネ荘に住ませてるって本気か?」
最初に出たのは僕の後に立つ、ギルドのお偉いさんへの問いかけ。
「事実です。」
「まぁ、そのルルイエって女の気持ちもわからんでもないがな。子供の世話して気持ちを隠してるのか。」
暫し沈黙。
「取り敢えず依頼は終了で良いな。この街で保護され働いていると。」
「ハイ、依頼主には詳細は街へ来訪するようにと伝えます。」
「それが良い、後は今のところ母親も当人も問題行為はして無いな。取ってる宿も手続き上は問題無い。商業組合はこの件からは降りる。後はギルドや衛兵の仕事だ。」
そう言って護衛と共に男は部屋を出ていった。これで話は終わりの様だ。
「済まなかったね。今日はギルドの施設清掃を昼迄して帰ってくれ。依頼料は浴場の依頼の倍出す。」
仕事と報酬が貰えたのでヨシとしよう。あまり深く関わりたくもないし。
早い時間に多めの収入を得られたので昼には宿に戻る事が出来た。宿の裏庭で母がカティアの身体を無理矢理清めている場所に出くわし直ぐに中に戻る。時間も出来たので食堂の掃除と家具の修理をする。かなり汚れているだけでなく、相当乱暴な扱いを受けたようで傷んている箇所が多い。壁もよく見ると何か打ち付けたような凹みや亀裂がある。比較的新しい建物で経年による物では無いのは明らかだ。
「サニド、帰ってきてるのね。今日は早いのね。良い仕事は無かったかしら。」
「寧ろ良すぎる話があったよ。今日限りのね。」
「それはよかったわね。早く帰れたならサニドも一緒に来なさい。」
「どこへ?」
「カティアちゃんのお母さんがいる施療院よ。これからしばらくお世話になるし、ピチカートさんも退院したらあの宿に住むのだから先に挨拶に行くのよ。」
至極真っ当な理由だ。挨拶は大事だ。特に今後近い付き合いをする相手ともなれば尚更だ。
そのまま連れたって街外れの施療所に向かう。到着して直ぐに理解できたが、この場所は助かる見込みの無い患者が収容されている。入院ではなく収容だ。感染症等の隔離場所も兼ねている。治療など行われない。そういう施設だ。カティアの母が生きているのは、それだけで奇跡の様な事なのだろう。魔法に依る治療がある為に医学の発展は遅い。それよりも魔法やスキルの研究が進む世界だ。魔法による治療が受けられないなら中世未満の医術になる。欠損するような怪我は例え傷が塞がっても、その後長くは生きない。カティアの母、ピチカートもそう判断されているのだ。
母子の対面に立ち会う。
寝台の上で身を起こしたピチカートさんは右足が太ももの中程から先が無い。やつれた顔だ。しかしカティアを見ると嬉しそうな表情を浮かべる。カティアは最初に出会った時の仏頂面だ。
カティアが俺とルルイエを紹介してその後こちらも挨拶を交わす。
それからルルイエが社交辞令混じりの言葉を交わして面会は終わる。帰る前にカティアをピチカートさんが抱き締める。決して強い力には見えないが、カティアが顔をしかめたように見えた。
日暮れ前に宿に戻るとチルも戻っており、そのまま夕食を食べて夜を迎える。
「最後は娘の側でって事なんでしょうね。彼女の退院は。」
母の言葉に返事を返せない。それでも何とか言葉を捻り出す。
「母さんはこの世界の魔法の体系は解る?」
「人間のは詳しくないわ。魔物の物なら人間より詳しいわよ。身を持って知っているから。」
魔物には魔物の魔法やスキルの系統がある。
そう母は教えたくれた。それはこの世界に生まれた存在の視点故の解釈。実際の物とは違うが現象への理解として矛盾は無い。
俺が数値化しているポイント、資源という認識に立つと見える解釈と異なるだけだ。
人は生み出した資源を創造主に中抜きされ、その残滓を利用している。物を作り出す資源を魔法やスキルとして利用している。魔物は資源を中抜きされずすべて己の強化や保持に利用している。さらに資源とは異なる反物質的な存在も生み出す。これは人が魔力を使うことでも反作用的に発生する。魔物というのはその反物質、破壊の資源、負のポイント。そうした物を魔法やスキルとして利用できるのだ。その様に進化して来た。それが魔物特有の魔法でありスキルだ。そして人の使う資源の攻撃的な利用方もそれは再現できる。
人も負のポイントを扱えるなら魔物のスキルは従来の魔法やスキル同様に扱えるだろう。体系としては同じものだ。
その中で回復魔法というのはその性質上独特に見える。
魔法には基礎となり、習得の容易い初級とされる四属性に中級扱いの複合属性。そして上級とされる天属性。初級と中級の属性にもそれぞれ回復効果のある魔法は存在するが、それらは人の本来持つ再生力を高めたり、回復に必要なエネルギーや時間を削減する効果や、傷や疾患による身体への負担を軽減する物、そしてそれらを複数同時に行う物となる。
天属性は足り無い部分失われた部位を魔力で再構成して補填する者だ。
欠損や後遺症を治すには中級以下の魔法では魔法による治療と同時に外科的処置が必要となる。そして流石にそんな処置は例えポイントでスキルを得ても行える設備がこの世界には希少だ。一人の庶民を助けるために国や世界的にも最高峰の医療機関を使う必要があるだろう。
同様にポイントでそれを作ろうとしても時間がかかる。何より目立つ。今のように母とゆっくり夜を過ごす事は出来ない。
上級魔法、天属性の取得。これは魔法文明に生きるなら前述の医術よりもさらに目立つ。しかし、隠す事自体は出来る。今日ギルドであった鑑定能力等に対策すれば、後は使わなければバレるリスクは減らせる。それでも一度使うと、その後も使えてしまう。助けられる場面で他人を見捨てる事になる。出来ないなら出来ないほうが気持ちは楽なのだ。出来てしまうと最善を尽くそうとする。そうすれば露見する危険性は跳ね上がる。迷いが口をつまらせる。
「カティアちゃんね、あの子も長くは無いわよ。」
「どういう事?」
「話したでしょう。あの子、非合法組織の輩が占拠した宿を取り戻そうとしたの。つまり子供だけでそんな所に乗りこんだのよ。チルちゃんと一緒にね。当然無事には済んで無いわよ。」
「何でわかるの。」
「彼女の身体を洗おうとして脱がせたらね。痩せて骨が浮いてる身体だけど、明らかに変形した骨が幾つもあるのが見て取れたの。多分痛みも麻痺してるのね。彼女方こそ生きているのが不思議な位よ。」
目眩がする気分だ。頭を冷やしてくると言って部屋を出て庭に向かう井戸の水を飲もうと思って。暗い食堂に降りるとチルが裏口から入って来た。彼女も庭に居たのか。桶に水を入れる僕に気付かずカティアとの寝室に慌てた様子で入っていく。扉の向こうから苦しそうな息遣いが聞こえた。覗きはしないが耳を済ませる。
「カティにゃ、お水持ってきた。」
「ありがとうチル。」
無言、水を飲む音。
「我慢しなくちゃ。ママが安心出来ない。」
「カティにぁ、アレから全然治って無いにゃあ。チカママに抱き締められるのも痛かった筈にゃ。」
「痛くないよ。ママが抱き締めてくれて、胸の音が聞こえてママがいるって安心出来て、痛く」
言葉が途切れる。
「痛くないよ」
自分に言い聞かせるような声だ。普段の仏頂面もきごちない動きも痛みを堪えているだけか。もう麻痺して動かない所もあるのだろう。
本当に自分は周りが見えてない。
音を立てずに二階へ戻る。
「お帰り、もう寝ましょう。私の話は忘れてい良いから。」
優しく笑顔だ。仮初の母のでもこれだけの幸福なのだ。もう手放したくないし側に居て欲しい。なればこそ。
「天属性、光の魔法の習得は出来る。ただ隠したい。知られたら最悪、口を封じて街を出る。」
「それは知られたのがカティアちゃん達でも?」
「最悪の場合だよ。相手が隠すのに協力的なら何もしないよ。カティアもチルもそんな事にはならない。」
言い終わると抱き締められる。
「良い子ね。優しい息子で嬉しい。」
心を決めると気が抜けて眠気がくる。そのまま母に抱き上げられて寝台に運ばれる。眠りに落ちる前にポイントを使い必要な魔法を習得する。先の事はを考えないで置くきっと何とかなる。そんな気がする。
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