第47話 モップ6
手早く調理場の掃除を済ませる。そしてこの場の調理器具や設備を確認する。この世界の調理場は洗い物をする時に何とかは見たことはあるが実際に自分で使うのは初めてだ。前世の様なガスコンロは無いが、かと言って薪で火を起こすところから始めることも無い。
その辺りは魔法による技術の発展により利便性が前世に少し劣る程度になっている。着火には火打ち石使うが燃焼は魔力を燃料にしたアルコールランプの様な感覚だ。
「大体わかったかな。」
鍋は大きな寸胴から小さなものまである。パスタ成形用の金型と思しきものも、ひき肉を作る手動ミンサーもある。生地や肉を入れてハンドルを回すタイプの奴。ここに少女一人しかいないというのが一層不自然だ。設備が整い過ぎている。
「じゃあ、買い物に行きましょうか。」
ルルイエに手を引かれ歩くと余計なことは考えなくなる。顔が綻んでいると自覚する。
宿がある道の合流地点である広場には他にも商店がある。そこでパスタ用の小麦と安い筋張った肉と野菜屑を購入。普段の夕食代の範囲で買い込んだ。
宿の調理場に戻り作業開始だ。ルルイエに塩水を出してもらい鍋で温める。その間に適度に切った野菜と肉をミンサーでひき肉にする。細切れの野菜も混じる。結構腕力が居る作業だがルルイエには軽作業だ。僕は小麦と水を混ぜて生地を作る水を少量ずつ足しながらそれっぽい手触りになるように捏ねていく。自宅でうどん作った時を思い出す。それより気持ち硬めに作る。生地を金型に入れてこちらも母の腕力に頼りハンドルを回して成形。これを煮立った塩水で茹でる。
野菜混じりのひき肉も小麦粉を繋ぎにしつつ円形にして真ん中を少し押し込み薄くして焼く。肉の焼ける匂いが漂い出す。
「あら、美味しそうじゃない。本当に料理出来たのね。」
「自分でも驚いてる。思ったよりうまく行ったよ。」
適当にお皿に盛り付けて、塩茹で素パスタとハンバーグもどきの完成だ。
「美味しいわ、サニドはお掃除だけでなく料理出来るようになったのね。母さん嬉しいわ。」
母の言葉に胸の奥が暖かくなるのを感じる。親というか、心を許した大人に面と向かって褒められたのは生まれ変わってから初めてかもしれない。
そしてハンバーグとパスタの味。今まで食べてきた食事が如何に味気なかったか、もしかするとストレスで味覚障害にでもなっていたのかもしれない。
そう感じる位に旨味を感じた。ままごとと笑わば笑え。それでも今を幸せに感じられる。
「何か良い匂いがするにゃ。しらにゃい人にゃ。カティア〜」
食事する親子の横をちいさな影が駆け抜けていく。俺より小柄な人の姿。ただ目を引いたのは短い髪の中から突き出す三角の耳。
「あら、獣人ね。人の街で見るのは珍しいはね。昔は魔物扱いされて敵対していたのに。」
カティアというのは最初に宿に居た少女だろうか。獣人の少女が名前を呼びながら奥へとかけていく。すると裏口の方からドアの開く音。
「カティア、食堂に知らにゃい人が居る。」
「チル、お帰りさない。今日はお客さんが来てるのよ。失礼な事を言っては駄目よ。」
「お客さん?デニーの仲間じゃないのかみゃ?隠れなくても良いのかみゃ。」
「あの人達は平気だと思うけど、一応庭か奥の部屋に居て。」
そんなやり取りが聞こえカティアと呼ばれていた少女が食堂に顔を見せた。
「ウチの者が失礼しました。」
「構わないわよ。元気があって可愛らしい子ね。」
母の言葉に少しホッとした様子だ。
「それよりうちの息子が美味しいは料理を作ったの。自慢したいから貴女達も食べてくれるかしら。調理場を借りたお礼も兼ねてね。」
母の誘いに少し迷った様子を見せたカティアだったが、笑顔で食事を進める母に絆されチルと呼ばれた少女を呼んで四人で食事を取る。
カティアとチルにも俺の料理は好評で少し良い気分になる。料理スキル、ポイント使って覚えちゃおうかな。
食事を終えて、洗い物を片付ける。その時に綺麗になった調理場に驚かれた。
使う前より綺麗に、物を借りる時の礼儀だな。その辺りは生まれ変わっても心がけていく。
洗い物も終えたら後は部屋で休むだけだ。
「それにしても、夜になっても誰も来ない。子供二人で、言っては悪いけど運営何てまるでで来ていない宿と食堂。」
「訳アリだろうね。ギルドできけるかな?」
「気になる?歳の近い女の子が二人だし。」
「そういうのじゃないって。」
「そうね、実際に宿代としては安いし、部屋も常に空いていそうだもの。事情を聞いて問題なさそうなら続けてここに泊まるのも悪くないわよね。」
そのまま特に問題もなく一泊して朝には部屋を出る。ギルドに向かおうとするとチル呼ばれていた少女もギルドに向かうらしく同行する。
チルは慣れた様子で仕事を選び受付を済ませると駆け足で出て行った。
その後ろに並んでいた母と俺はそれを見送り、受付の人に昨夜は彼女の宿に世話になったと告げると表情が硬くなる。
「宿代は安いし、部屋が汚い位ならウチとしては問題無いのだけれど子供を連れて泊まるのに不利な事情を抱えて居るなら避けたくてね。」
「あの子達、チルはギルドの孤児向けの奉仕依頼を受けに来るので私ども見ていられますが、カティアの方はあそこから出ようとせず、街の者を信用していませんので。ルルイエさんの事は、知らないと相手だからこそ声をかけてくれたのかと。」
そこからは場所を変えるように促され、個室で母だけ話を聞くことになった。
その間に僕は、先日まで仕事を受けた倉庫掃除の依頼主から能力判定を申請されていたようで、詳細な能力判定を受ける為にキルドの裏の訓練場に連れて行かれた。
そちらで使える魔法と保有魔力を調べられ、その結果に驚かれ、更にモップを出してその能力を示してより驚かれた。
「掃除や洗い物の仕事なら任せて下さい。」
得意げに言う俺に対する目線は、色々と含むものがありそうだった。奴隷商が僕の話を喧伝していた事もあるし、言わないだけで察している人もいるのかもしれない。
能力判定の後は母と合流して、ギルドの食堂や救護室での清掃を任される。この時間から受けられる仕事が少いという名目だが、能力判定に立ち会った救護係らしき女性の目が強めの圧を放っている。
手が回らず血や薬が付いたまま乾いた衣類や日用品等を桶に入れて新品かと思われる程に汚れを落とした頃には、その圧は大分弱まっていたが、それを見に来た食堂の清掃員から類似の圧が放たれており、中々気の休まらない時間だった。
まだ日が高い内に溜まっていた洗い物を含めて出された物は洗浄し、報酬を受け取る。
「それじゃあ、また昨日の宿に泊まりましょうか。」
「大丈夫なんだ。」
「そうね、寧ろ暫くはあそこを利用して欲しいと頼まれたわ。詳しくは夜にね。」
カティアという少女が居た宿に戻る。二階の窓からシーツらしいものが干されている。
入ると一休みしていたのか、昨日食事の為に掃除した椅子に腰掛けている少女がいた。
「また来たわよ。しばらくお世話になるつもりだからよろしくね。お代は取り敢えず今日と明日の分ね。」
母が今先払い出来るだけの額を渡す。そんな母に少女は少し緊張を和らげた様に見えた。
そこからは前日同様に小麦粉を買って来てパスタを作る。明日もここに泊まるの予定なので少し多めに買い、肉等は無しだ。
今回もカティアの分も用意するし途中でチルも加わる。素パスタだけなのに彼女たちは夢中で口に運ぶ。
食事と洗い物が済んで、後は部屋で眠るだけとなった時に母がギルドから聞いた彼女達の経緯を教わった。
先ずこの宿の建物の所有者はカティアで間違い無い。これは街の商人達が作る組合でも認められており宿の運営に関する許可も下りている。
姿を見せない両親だが父親は行方不明。母親は街の療養所で暮らしている。
この建物の自体は両親が冒険者として貯めた金と借金で造られ、それを期に冒険者業を引退する予定だったそうだ。
互いに根無し草だった二人はこの街で出逢い意気投合しカティアが産まれることがわかり、この街に腰を落ち着けるつもりだったらしい。
しかし、カティアが産まれて1年後に父親は蒸発。建物の完成を間近の事だ。以来、母親が女手一人に周囲の協力を得ながらも何とかは切り盛りするも、宿の運営は苦戦が続き、苦肉の策で収入を増やそうと冒険者稼業に復帰した矢先に大怪我を負った。
「建物は家族の所有。将来は娘と働くつもりで、あの子も運営者として登録していたらしいは。だから名実共にあの子はこの宿の所有者であり店主で間違いないわね。」
カティアの年齢は僕と同じ。カティアが物心ついた頃には父親は居らず母親は大怪我を負っていた。
「彼女の母親、ピチカートさんはかなりひどい怪我だったらしいわ、聞いた話だと片足の欠損ね。生き残っただけ幸運だわ。」
怪我をした当時、金に困っての冒険者復帰であるから当然治療費は無い。止血等の応急処置以外は施されず、自身の治癒力に頼る状態だ。それ故、未だに施療院から戻れない。
「ただ、何時までも入院もさせておけないから、遠からず家に帰す見込みよ」
もうじき例え寝台から起きられない身でも退院を余儀なくされるそうだ。
「それで、あの子カティアちゃん何だけどね。お母さんが怪我してから一度は孤児院に引き取られたらしいのよ。面倒を見れる人が居なかったから。」
宿や、冒険者として1日2日預かってくれる相手は居ても、長期間預かれるとは限らない。そうした子供は路上で生きるか慈善事業に拾われる。
そこで母が退院するまで大人しくしていられれば今の状態にはならない。
「ここからは冒険者ギルドの失態でもあるみたいね。お母さんの入院中はギルドにあの宿を貸し出して運用して貰い、そのお金を入院費用に充てる話だったそうよ。でもギルドの担当者が売上を奪ったあげく、非合法組織に借金をして建物を明け渡したそうよ。」
建物の中が異様に荒れていた理由も解る。食堂等は手入れをされていないというより意図的に汚された様にも見えた。
「カティアちゃんが自分で異変に気が付いたのだけど、その頃にはそうした非合法な活動の拠点化しつつあったみたいで、ギルドの担当者も隠蔽しようとして、一悶着あったらしいのよ。」
その結果として、何とか建物の所有権は取り戻せたものの、少女はギルドを含めた周囲の大人を信用しなくなり、家を守る為にと孤児院を飛び出して来たらしい。
建物の権利は戻ったが同時にギルドと交わした貸借契約に関しても担当者が付く前の状態、つまり白紙となり、不信を抱いたカティアはギルドの助けを拒絶している。
チルはカティアが孤児院で過ごした時に出来た友人で、カティアを心配し付いて来たそうだ。ギルドととしては数少ないカティアの近況を知る窓口となっている。
宿が非合法な組織に使われていた頃に周囲の建物の住人は、立ち退かされてしまい、辛うじて井戸を貸してくれているのは、その井戸が長屋の共同使用物故に目溢しされているに過ぎない。
その状態で1年近く問題を抱えたまま放置されていたのだ。
破綻寸前の生活なのは誰の目にも明らかだ。遠からずこの建物の中で痩せた子供の死体が見つかるか、物乞いや盗みを働く少女が現れたろう。
「その非合法組織とかはもう平気なの?」
「そっちはギルドが威信をかけて排除したらしいし、生き残りが居ないか今も目を光らせているそうよ。」
「そっか。」
「ただ、寒い時期に浮浪者が入り込んで揉めた事もあったらしいわ。でもその辺は母さんに任せなさい。直ぐに追い払って上げる。」
「うん、母さん頼りになる。」
本気を出せば、魔物として力を振るえば非合法組織だろうと壊滅させられる戦闘力をルルイエは持っている。だが、あくまで街で暮らす人の範疇で対応するとなると制限はある。それでも数人の大人を纏めて外に放り出す位なら容易いだろう。
そして、話を聞いて一応この宿が安全である事は確認が取れた。周りを信用しないカティアが俺達親子を客として迎えたのは、本人も破綻仕掛けた現状に危機感を持っていたからかもしれない。
訳アリの度合いでいえばこちらの方が抱える問題は大きい。変に素性を勘繰られる事も無さそうだし、そうした点は好都合だ。
「母さんもギルドに頼まれたみたいだし、しばらくここで世話になろうか。」
「サニドが納得してくれるなら私は構わないわよ。話を知った以上、あの子達をそのままにするのも後味が悪いしね。」
こうして、少し前に紆余曲折あったという宿を拠点にする事をすんなりと決めたのだった。
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