第46話 モップ5
目覚めると自分は横になり膝枕をされる状態になっていた。
少し照れながら身を起す。そこから今後に付いて支配した魔物の方から方針を問われる。
そこで無計画であることを話すと、そうだろうと納得された。
「それで、一番に聞かせて欲しいのだけど、私の息子の名前はなんて言うのかしら。」
「あ、えっと町ではヘンゼルと名乗っていました。」
「変な言い方をするのね。真名が別にあるのかしら。」
「いえ、そうでなくて親になんて呼ばれていたのか覚えてなくて。僕の事を隠してたみたいだから呼ばれる事も少なくて。」
「そう、なら私が母として新しい名前をあげるわ。今から貴方はサニド。古い名前は忘れなさい。貴方はこれから新しい名前で私の息子として暮らすのだから。」
「はい、母さん」
「母さんの名前はルルイエよ。海の者達の遠き故郷という意味。よくある名前よ。貴方の名前は海の者達の古い物語に出てくる、賢い王の名前。この名にあやかって子供一人でこんな所に来るような無謀はもうしないでね。」
優しく言いながら頭を撫でてくれる魔物、ルルイエ。支配のスキルの影響なのか彼女は母として振る舞おうとしてれているのが解る。
これが何かの救いになるとは思わはないし、別の苦悩を呼ぶかもしれない。それでも今の自分にはこれが必要だったと思えるほどに心が安堵している。
暫く頭を撫でられてから、今後の事に関して話を進める。この船の墓場で母と暮らすのも悪くない気はするが、ルルイエの意見では俺は、人の子は人の領域で暮らすべきだという。
それに従い近隣の町か村に父をなくした親子という体で入りそこで仕事をしながらも人の社会に溶け込もうとという話だ。
こういう時に役立つ身分が冒険者だ。
冒険者。どんな職業かと聞かれると、している事は町中での何でも屋という感じだが、その実は未開の土地の開拓者という扱いだ。
前世と異なり魔物をという存在にがいる。これは野生動物よりも遭遇した時の危険度が高い。またダンジョンの様な物理法則に従わない過酷な自然環境も存在する。
人類の活動圏は前世と比べてかなり制限を受けている。勿論、前世に無い魔法やスキルと行った理外の能力で人類もそうした驚異に立ち向かい開拓して来た。しかし、広大な世界は未だに未開の地を多く残している。
そうした場所を開拓する為の先遣隊が本来の冒険者である。
転じて町の外で魔物を退治したり、突如とした現れる迷宮を攻略するのが優秀な冒険者の仕事となり、それを目指して町中の雑用等をこなしながら腕を磨き、信頼を得て外へ旅立つのも冒険者となる。
危険と隣り合わせで常に成手不足の仕事でもある。
「冒険者だった夫が帰らず、最後に向かうと言っていた街に親子で出てきた。そんな話で良いでしょう。」
雑な背景だ。しかし、それが通じる世の中でもある。特に子連れの女だ。
船の墓場のある入江から出る。ルルイエの身体能力は人類のそれを圧倒的に凌駕する。思えば物理攻撃の得意な魔物だ。子供一人抱えながらでも崖をひとっ飛びに超え、未開の森林で道無き道をものともしない。見た目は20を少し過ぎた程度の女性であるのに、凄いギャップだ。
森をあっという間に駆け抜けたが、マップ画面を見るととんでも無い距離を移動している。
服は難破船にあった古い服を纏っている。街道に出てからはボロを着た親子という様相。二人並んで手を繋いで歩いて行く。
目的地の街はいつくかの港町と内陸の農村の商品が集まり他の大きな街へ繋がると道が整備された場所だ。
人と物が集まる街である。ゲーム中も大きな街として描かれていた記憶がある。
街へ入るための列に並ぶ。
ルルイエの容姿をすれ違いざまにみて、目を奪われる者が見受けられる。やはり美しいのだろう。
やがて自分達の順番が回ってくる。ルルイエが予定通りの事を口にする。その時に何かのスキルを使ったのを感じた。
彼女の魔物としての情報を思い出す。セイレーン等の船乗りをまどわす海の魔物だ。物理攻撃が得意だが、人を操る歌声は種族らしくもっている。
後は船乗りが目印の無い大海原で星を見て居場所を確認するように、星に纏わる魔法が仕えた筈だ。魔力が低く、敵の時は使ってこないが、データとして持っている。
そんな声によって少し意識を誘導した様だ。特に事情を聞かれるでも無く街に入る事が出来た。
その足で冒険者ギルドを目指す。時刻は昼を過ぎて、夕刻に差し掛かる頃合い。
母と共にギルドの入口をくぐる。母子の親子連れは目を引く。母親の容姿が目立つものなら尚更だ。
受付に人の列は無く、直ぐに対応してもらえる。
ルルイエが主導し話を進める。この街にヘンゼルという魔法使いの冒険者は居ないか?自分の夫でありこの子の父親だと。この街に行くと行ったきり音沙汰が無い。子供が旅に出せる程度に育ったので追ってきた。
大体はそんな流れだ。
話の中でルルイエと俺のサニドの登録を申請する。
奴隷商の下でも受けた能力の判定。高い魔力を保有している事が確認された。ギフトの有無は確認されなかった。
その事から父親の能力が察せられて受け付けで応対してくれた女性の顔が暗くなる。
ルルイエもそれに合わせるように声を落とす。
周囲で聞き耳を立てる男達の下衆な囁きも聞こえる。それらは全てルルイエが誘導している考えだとは誰も気が付いて居ないだろう。
能力の高い冒険者が偽名を名乗り行きずりの関係を持った相手を置いて雲隠れする。時折耳にする話だ。
母はそうして置き去られたのだと思わせる。
「そんな事だろうとは思ったけど、こうして実感してみると堪えるわね。」
受付に絞り出すようにルルイエはもらす。それに明らかに苦い物を含む笑顔で受付は対応する。
「取り敢えず、子供と一緒にツケで泊めてくれる宿を紹介してくれないかしら?」
この頼みには良い返事は貰えなかった。
「仕方無いね、じゃあまた明日来るよ今度は仕事を受けにね。」
そう言い残し、僕の手を引きルルイエはギルドをあとにする。それを追うように何人かの男達がギルドから出てくる。
「母さん、俺、ああいう男達と寝泊まりはしたくないよ。」
「同感ね。まぁ、私の言葉に抵抗出来る意思力は無いみたいだし、適当にあしらうわ。」
追い付いて来た男達を言葉で操り、追い払う。ついでに街で近寄らない方が良い場所や治安の良い場所を聞き出す。
「今夜は宿は取れそうに無いけれど、明日は何か仕事を受けて軒先だけでも借りられる様にしましょう。」
得られた情報から出した結論はそんな所だ。後ろ盾も先立つ物も無い状態では順当な所だろう。
街の門の近くで身を寄せ合い夜を明かし、再度依頼を探しにギルドへ向かう。
幸いな事に文字の読み書きは習っているので、掲示される依頼の内容は解る。奴隷商の所にいた時は店主が依頼を受けて来たから、こうして自分で依頼を探すのは初めてだ。
「これとこれ。」
選んだのは倉庫の掃除。中の荷を出して掃除をして戻す作業だ。5日程かけての仕事で報酬は日払いだ。依頼を受ける制限もない。誰でも受けられる仕事だ。安い基本報酬と成果に応じた報酬だ。人気の出ない仕事ではある。
依頼を受けて指示された場所に向かうと、依頼の初日出はなかった様で既に荷は出されていた。俺は中の掃除を任される、母は外で食事等の用意を手伝う様に指示された。
今までの様にモップを出してホコリ塗れの倉庫内を掃除し始める。俺以外にも若い子が床を磨いているのが見える。任された場所を一気にモップで綺麗する。積み重なった汚れが層を成して張り付いて居るが、俺のモップの前には無力だった。指示された範囲の掃除を終えて手持ち無沙汰でいると仕事の監督役を務める職員が寄ってきた。
「床磨きはよく出来ているな。このあたりの汚れは落ちやすかったか。隣の区画を頼む。壁に沿ってやれるだけやってくれ。」
「わかりました。」
指示に従い壁沿いの区画を追加で磨いていく。区画に寄って汚れの種類が違うのを感じる。最初に任された範囲を一区画とするなら3区画を磨き終えた所でもう良いと声をかけられた。
倉庫の外で休憩中の作業者へ食事を配っているルルイエと合流する。
食器洗いの手伝いにまわる。洗い物をしながら料理の様子を見る。基本的には麦飯やパスタ、パンが主食。パンと言っても柔らかい物でなくフランスパンを更に硬くしたような物が出てくる。パスタはマカロニっぽい茹でた小麦を成形したショートパスタだ。前世でも小麦から作った事があるぞ。うどんとか粉から作ったりしてるからな。
そんな事を考えながら手を動かす。ルルイエは笑顔で食事を配って回る。その笑顔と一言二言かけられる労いの言葉でやる気を上げる作業員達。
日暮れ前にその日に配っていた硬めのパンと仕事の修了書を貰いギルドに報告。換金する。
明日もまだ同じ仕事があるので続けられるうちは同じ仕事をしようと話をした。
その日はギルドの紹介で一人部屋の宿を取った。親子二人なら寝る分には問題ないとのこと。
同じ寝台でルルイエの胸に抱かれて眠る。体が未熟なせいかエロい気分がわかない。というよりも前世で子供の頃に両親と川の字になっていた寝ていた頃の感覚だ。凄く安心する。
翌朝、日が昇る前に目が覚めた。昨夜は宿に入り直ぐに寝てしまったが、改めてモップを使い部屋を掃除する。昨日の仕事で貰ったパンを起きて来たルルイエと齧り、その日もギルド手仕事を受けた。
倉庫の仕事は三日目で終わり次の仕事を見繕う。収入は倉庫仕事より減るが夜中に街の掃除をしたり、食堂で臨時の店員を勤めたりと、街中の仕事に従事して、その日暮らしを続ける。食いつなぐのが精一杯で蓄えは中々出来ないが、ルルイエと、母と仕事をしながら二人で暮らす事が本当に幸せだった。一月も経つ頃にはそんな暮らしに慣れてきて、数回勤めた食堂等では顔を覚えられてきていた。
そんな頃、その日は偶々良い仕事も無く、不幸にも宿の空きも無かった。
「たまには休む日も必要ね。」
母の言葉に頷き二人で手を繋ぎながら街中を歩いて回る。仕事で幾度か通った道や景色も、見え方が変わってくる。ギルドの周囲だけでも見落としてきた施設がいくつもあった。
そんな中で少し気になる場所を見つけた。
道が交差する広場に面した一角にある建物。食堂の様だが繁盛している様には見えないというか廃屋に見える。しかし人通りのある場所で商売するには好立地と言える物件が使われる事無く放置されてるとかありえるのか?
近寄ると宿の看板もあり、食堂と民宿を兼ねた店舗だった様に見える。
「こんな所にも宿があるんだね。空いてるならここでも良かったのに。」
「そうね、看板に書かれてる値段も高くないし、潰れてなければ良かった。」
「潰れてないわよ。」
会話に割り込む声がした。気がつくと僕と年の変わらない感じの少女が開かれた窓から身を乗り出していた。
「お客さん?親子二人で一人部屋で良いなら、料金は1人分で良いですよ。食事は申し訳ないけど今は用意できないわ。」
「あら、それじゃあ今夜はここでお世話になろうかしら。サニドも良い?」
「うん、良いよ。」
話がきまり少女に案内されて建物の中へ。まず始め埃が凄い。一階の食堂はまるで掃除の手が行き届いて居ない。辛うじて歩けるスペースだけホコリが避けられている。何よりの少女以外の人が居ない。まさかと思うがこんな子供一人で切り盛りしている訳でも無いだろう。
安いので構わないが、金を取れる水準にも達していない気がする。大人は出払っているのだろうか。
食堂にある階段から二階に上がると客室が並ぶ廊下に出る。
通されたのは階段に最も近い二人部屋だ。大人一人、子供一人だと少し広い。
椅子などにも埃が積もっているが布団だけは綺麗に見えた。
「もう一度確認ですけど、食事はすいません。こちらでは用意出来ないので。その分宿泊費は安くなっております。」
「わかったわ、ありがとうね。」
優しく笑みで母が応じて、少女は満面の笑みで部屋を出ていった。
「妙ね、建物自体は少し古いけど、そこまで傷んでも居ない。子供に仕事を手伝わせているにしても、下の食堂の様子はあまりにもだわ。」
「そういえば、母さんは人の街で暮らした事があるの?普通に人の中に馴染んでるけど。」
「あの場所に囚われる前にね。私の様な姿の魔物を間者として送り込んでいた魔族が居たのよ。その頃から人の暮らしは変化が無いわね。」
それが何年前の事なのかは聞かないでおく。
「取り敢えず、食事は用意できないと言っていたけど、食堂の調理場を使えないか聞いてこようかな。」
「あらサニド、いつの間に料理なんて覚えたのかしら。」
「調理場掃除の仕事中ずっと食器を洗いながら見てたからね。道具と材料があれば出来そうな気がするよ。」
「なら息子の手料理に期待しちゃおうかしら。」
「母さんにも手伝って貰うよ、一人だと手が回
らない所もあるだろうし。」
話をしながら手早く室内を掃除し、済んだら調理場を借りる為に一階の食堂に向かう。少女が見当たらないので調理場の方を探す。中々だな。大学で四年間寮室の掃除をしなかった知人の家の方がマシだな。
よく見ると床の埃が積もっていない場所が動線を示していた。調理場はあまり入らず、奥の裏口に向けて埃が少なくなっている。
裏口の戸を開けると庭があった。
井戸とその近くでぎこち無い手付きで何かを洗っている様子の少女。
井戸がある。しかも手動のポンプ付きだ。井戸水が水路を通りに庭の端の排水口に流れていく。どうやらこの街は上下水道が整備されている様だ。今まで全然気にした事無かったな。前に住んで居た町ではどうだったか覚えていない。
「あのすみません、調理場をお借りしても良いですか?」
声をかけると体を一瞬強張らせてからゆっくり振り返り。
「調理場は」
言葉の途中で口籠る。
というか、何か違和感あると思ったら、水使ってるのに井戸の付近が濡れてない。ポンプが使われた形跡が無い。
「壊れてるの?」
「えっとその、」
「あ、調理場じゃなくてそのポンプ。」
「うん、この棒の所を動かせば水が出る筈なのに何度やっても出なくて。」
そう言って、レバーを動かして見せる。僕と年齢の変らない少女の動かせる範囲は狭い。
ただ、ポンプの動きや音に問題があるようには見えなかった。というか手押しポンプって呼び水不要だっけ?
「呼び水はしないの?」
尋ねると少女は首を傾げる。
「この井戸から汲めないならその水はどこから?」
「この位なら魔法で何とか。でも朝と昼に出したらもうその日は無理。今日の分は悪いけどもう出せないわ。」
「それで足りるの?」
「足りないから隣の家から借りてるの。でも使いすぎると向こうも困るから、できるだけしたくない。」
彼女の話から大人の気配を感じない。たまに井戸を借りる隣人がようやく出てきた大人の気配だ。
「そっか、取り敢えずその井戸は壊れて無いと思うから使っても良いかな。」
僕の言葉にポカンと口を開ける少女。
魔法、奴隷商の所で基礎的な魔法の使い方は習っている。体内の魅力を直接加工したり、周囲の魔力を取り込みそれを加工するのがこの世界で一般的な魔法だ。その際にロスや何やら発生するのだが、その辺りは今は説明を省く。
水の塊を空中に生み出し手押しポンプの中に流し込む。水が溢れるの確認してレバーを動かせば、吐出口から水が流れ出す。
最初は少し汚れが混じっていたが、それも直ぐに無くなり透明な水が出てくる。
「何で、どうやったの?」
「呼び水って言って、最初に上から溢れるくらい水入れるんだよ。僕も初めて使ったときに知らなくて、ずっとレバー動かしてた。」
懐かしい前世の思い出た。今の身体と同じ年齢の頃に体験学習か何かでやらかした経験。呼び水なんて知らないとわからないって。
「それで調理場だけど借りても良い?」
「良いけど、その掃除出来てないから。」
「それは任せて。掃除は得意なんだ。」
話を終えて食堂に戻ると母が降りてきていた。
「使って良いって。」
「そう、でも何を作るの?材料も無いし。」
「この間、倉庫掃除の時のお昼ご飯の奴。」
「アレね、じゃあ小麦粉ね。」
「塩が有ればなあ。でも高そう。」
「塩水で良ければ母さん魔法で出せるわよ。」
何の気無しに言うが、こちらの世界だと内陸部では塩はかなり値上がりする。岩塩等も出回っているが前世程気軽に使えるものでも無い。中々凄い事だ。
この世界では小さな村で餓死などはありふれている。水で練り固めただけのパスタでも食事として成り立つのだ。そんな状況で塩の制限が無しか。貴族かな。
これから料理するに辺り、調理場を掃除しながら何を作るのか思いを巡らせるのだった。
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